葉桜と夏草 6

 夏草の精は、夏草のシリンだった。

 瞳は、おそらく辰紀に誠一を重ねていたのだろう。愛する人を必死で守ろうとしている辰紀と、瞳に最後まで寄り添ってくれていた誠一。その姿が重なったから辰紀を拒まなかった。

「瞳さんが、なつさんと辰紀さんに心を許した理由、今ならわかる気がします」

 町子が、ふと、輝を見た。町子が自分の気持ちと素直に向き合っている。喧嘩をしないで受け入れている。それが、輝には嬉しかった。

「自分に与えられた悲しい運命を乗り越えていった二人を見ていて、勇気づけられた。瞳も、常にふさぎ込んでいるわけではないのですよ」

 ミシェル先生が、そう言って、二杯めのお茶を飲み始めた。瞳が、照れたように頬を赤らめた。

「ここに来て、どんな事件があるのかと思ったでしょう」

 ミシェル先生は、そう言って輝と町子を見据えた。

 確かに、今までどこへ行っても事件や物騒なことばかりで、平和な時間を持つことができなかった。正直この日本でもまた何か起きるかもしれないと思うと、気持ちも上向きにはならなかった。

 しかし、先程までの話を聞いていると、シリンというのはなにも物騒なことにばかり関わるものではないということが分かってきた。

 考えてみると、シリンで戦士や兵士だという人間はめったにいない気がする。クローディアやアイリーンは旅芸人、カリムはもともと町の人間に食料や医療を提供するNGOの人間だ。カリーヌはパン好きの漢方医で、ソラートはFBI捜査官。アースやフォーラ、ナギは医者だ。シリウスは猟師、マルスの職業はよくわからないが、各地を転々としているから冒険家か何かだろう。クチャナとクエナはもともと農民だし、セインとアイラは大学教授だ。戦うことを職業としている人間は一人もいない。

「ああ、そういうことか」

ミシェル先生の言葉に、輝は相槌を打った。

「長い地球の歴史の中で、人と自然のかかわりを持って生まれたシリンが、何を求めているか。そして、どのように生きているか。それは、普通に生まれた人間と何も変わらない。普通に恋愛し、時には心を壊して悲しみに暮れ、時には若い人に勇気づけられて立ち上がる。強さも、弱さも、シリンでない人と同じ。どんなに大きな力を持っていても、それは変わらないんだ。それは、シリンも人だから」

「そう、だから私もこの世界に絶望しないでいられるのですよ。シリンとして」

 輝の出した答えに満足したのか、ミシェル先生が目を閉じて笑った。そして、席を立つと、ゆっくりと深呼吸して皆を見た。

「ここでこの姿を見せるのは初めてですね」

 そう言って、手を組んだ。すると、ミシェル先生の体からまばゆい光が出てきて、全員、目を開けていることができなくなった。光が収まって目を開けると、そこには一体の天使がいた。

「我が名はミカエル。熾天使の一にして四大天使の長である」

 ミカエルは、そう言って優しく微笑んだ。

「人の子よ、真実の一端を見たのなら、やるべきことは分かりますね」

 輝と町子は、頷いた。

 そして、ミカエルの手から一通の手紙を受け取った。

 その手紙を読んだのは、町子だった。


『瞳さんへ

 この手紙を読んでいるということは、君はとても寂しくて、張り裂けそうな気持を抑え込んでいるのだと思う。

 この先、この国がどのような道を進んでいくかはわからない。君と僕がどのようなことになるのかもわからない。しかしこれだけは言える。

 僕は、どこにいようとも、どんな時だろうとも、ずっと君を想っている。

 君は、桜なんだね。なんとなくわかっていた。あの桜の木は君によく似ているし、なにより、君が笑えば桜も喜び、君が悲しめば桜も元気をなくすからだ。

 僕は、君を愛している。

 この気持ちに偽りはない。そして、この気持ちを込めたこの手紙にすべてを託そうと思う。君が笑ってくれたら、僕も笑おう。君が悲しい時は、僕も泣こう。

だから、僕を信じてくれ。君の前から突然いなくなることもあると思う。しかし、その時は君のことを嫌いになったわけじゃない。僕が年を取って死んでしまっても、この想いは残ってゆく。君の中にずっと。そう信じている。もし、君が僕を嫌いでなかったら、こんなに強い思いを吐露している僕を嫌いにならないでいてくれたなら、お願いだ。

 この手紙を、桜の下に埋めてくれ。

それはいつになってもいい。君がこの手紙を手放せるほどに、僕を信じることができてくれていたなら。

 この手紙は、僕自身だ。

 だけど、僕の分身でしかない。君が信じる僕がどこにいるか、確かめてからでもいい。でも分かってくれ、どんなことがあっても、僕は、君に会いに行くよ』

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