葉桜と夏草 5

 辰紀となつが出会ったのは、辰紀がまだ小学生の頃だった。

 その頃、日本人とドイツ人のハーフでドイツから転校してきたなつは、ドイツ語の姓を名乗っていた。そのせいか、クラスの中で浮いてしまい、一人で行動することが多かった。そんな中、なつのことが気になってしょうがなかった辰紀は、なつを下校途中でよくからかっていた。なつがやめてと言ってもやめなかった。

 そんなある日、辰紀は近所の畑でとれた梨を二つ、もらってきたので、なつにあげた。その頃、まだ友達が一人もいなかった彼女にとって、その行動は救いだった。

 しばらくして辰紀はなつと仲良くなり、二人で並んで帰ることが多くなった。そんな折、ある丘の上で梨を食べながら、なつは辰紀にこう言った。

「たっちゃん、何か願い事、ある?」

 辰紀は、その頃から教師になるのが夢で、家で人知れず勉強を重ねていた。そんなこともあって、辰紀は、なつに、自分の願い事は教師になることだと告げた。

 すると、数日後から、なつは学校に来なくなってしまった。先生に理由を聞くと、なつは重い病気にかかってしまっているのだという。心配になった辰紀は、なつが入院している病院へ急いだ。しかし、面会はできないのだという。

 しょぼくれて帰っていく道すがら、辰紀は近所のおばあちゃんからある伝説を聞いた。それは、この町の、この地区にだけ伝わる伝説で、夏草の精の民話だった。

 夏草の精は、自分を好きになってくれた人、自分が好きになった人の願いを一つかなえてくれる。しかし、その夏草の精はひと夏の命。人の願いをかなえたら、夏の終わりとともにその命を終えてしまう。

 その伝説を聞いて、辰紀は数日前のことを思い出した。なつはあの時、確かに、辰紀の願いは何なのかと聞いていた。

 辰紀は急いで丘へと向かった。あの願い事をしたのはあの丘だ。あそこにならなつがいるかもしれない。そんな予感がした。しかし、行ってみてもなつはいなかった。代わりに、水色の着物を着たきれいな女性が立っていた。その女性に、辰紀は伝言を残した。

 もし、ここになつがくることがあったら伝えてほしい。オレは、自分の力で教師になる。だから、俺の本当の願いを聞いてくれ。それは、なつ、お前がこの先ずっと、人間として生きていくことだ、と。

 少し悲しい瞳をしたその女性は、辰紀の願いを聞いてくれた。そして、その場所にずっと佇んでいた。

 数日後、なつは元気な姿で学校にやってきた。辰紀の願いは聞き入れられたのだろうか。なつは本当に夏草の精だったのだろうか。

 真実は、彼女の口から語られた。

 自分はシリンという人種で、確かに、人の願いを聞き入れた後、自然に死んでいく運命にあった。夏草の精の伝説から生まれたシリンゆえの悲しい結末であり、先代のシリンも同じ運命をたどってきたからだ。しかし、辰紀は違った。自分の願い事よりもなつの命を取ってくれた。それがなつを生かすことにつながったのだと。

 そして、伝説にはもう一つの終わりがあることも辰紀は知った。

 夏草の精は、自分を本当に大切に思ってくれる人間と出会ったとき、人間として生きていくことができる、という。

 辰紀は、知らないうちにそのエンディングにたどり着いていたのだ。

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