葉桜と夏草 2

 ミシェル・スミス先生は、輝や町子たちより早く空港に来ていた。行きがけに、現地の気候や標高などをちゃんと加味して準備をしてきたかと聞かれた。輝たちは、初夏ではあるが、避暑地軽井沢のことだからまだ肌寒いだろうと踏んで、一枚羽織るものを用意していた。先生は、そのこと以外は特に何も言ってこなかった。行き先が、輝たちの慣れ親しんだ日本だったからかもしれない。

 飛行機に乗ると、妙な緊張感が三人の間に走った。

 いや、正確には、緊張していたのは輝と町子だけだった。ミシェル先生は堂々としていて、エコノミークラスの真中の席にもかかわらず愚痴ひとつ言わずに座っていた。

 その迫力に気圧されて、二人は黙ったままだった。

 気まずい。何か言われた時が怖い。そう感じていると、先生のほうから声がかかった。

「高橋くん、森高さん、良いのですよ、緊張しなくても」

 そんなこと言われても、緊張するものは緊張する。まだ黙ったままの二人に、ミシェル先生は笑いかけてくれた。

「勉強が遅れるわ。ここでやってしまいましょう」

 そう言って、ミシェル先生はカバンの中から教科書を取り出した。二人の生徒の前でそれを開くと、前回やった場所から続けて話をしだした。

 ミシェル先生の飛行機内の授業は分かりやすく、楽しかった。そういう部分では町子も輝もとても恵まれていると言っていい。二人は、ミシェル先生といるのがだんだん楽しくなってきた。日本に着くころには、大体の授業を終えて、すっかり三人は打ち解けていた。

 空港を降りて様々な交通機関を駆使して軽井沢駅まで着くと、ミシェル先生はタクシーを呼んだ。アウトレットや旧軽井沢のような観光地からは外れて、そのタクシーはずいぶんと田舎にある一本の桜の木の下で止まった。もう葉桜になっているので見る場所などないと思ったのだが、そうでもなかった。

 そこに、一人の女性が佇んでいたからだ。

 その女性は、桜の葉が揺れる先に見える空を、じっと見つめていた。

 輝たちがその女性のいる桜の木のもとへ近づくと、女性はこちらに気づいて、礼をした。そして、着ている水色の着物の袖からハンカチを出すと、涙をぬぐう仕草をした、

 その女性は、泣いていたのだろうか。

 なぜ、泣いていたのか、輝や町子たちには分からなかったが、なんとなく物悲しく、線が細くて消えてしまいそうなその女性からは、悲しみが感じられた。

 輝と町子は、ミシェル先生についてその女性のほうへと歩いていった。女性は、輝たちが目の前に来ると、にこりと笑って迎えてくれた。

「ようこそ、軽井沢へ。お疲れでしょう。どうぞ、わが家へ寄っていって、お茶でもどうぞ」


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