学校 4
町子を救う方法は、そう簡単ではなかった。地球のシリンが介入することによって、輝と町子の夢をリンクさせることはできる。しかし、そこで輝は町子を説得しなければならなかった。しかも、両方の脳にかかる負荷のことを考えると、その時間は五分しかなかった。これに失敗したら、あと三日は脳を休ませてからチャレンジしなければならない。
町子がすでにこのような行動を起こしてしまった以上、三日間待つことはまず不可能だった。他の人間はその説明をフォーラから聞いて、驚愕した。
しかし、誰一人異論を唱える人間はいなかった。
そこで、町子を救う準備が行われた。輝は町子の部屋のソファーに横になって、睡眠導入剤を飲んで眠る。そして、アースが遠隔操作で二人の夢をつなぐ。あとは、五分後に二人が、もしくは輝だけが目覚めてくるのを待つだけだ。
カリーヌが、五分にタイマーをセットした。輝の入眠が確認できると、タイマーのボタンを押した。
同時に、輝と町子の夢が、リンクした。
輝は、何もない白い部屋の中にいた。輝のほかには誰もいない。町子がいるはずだが、どこをどう探してもいなかった。そのとき、頭上から一枚の葉が舞い降りてきた。その葉は、風に流されるように部屋の壁に向かい、そこをすり抜けていってしまった。輝が、それについていくと、葉っぱが消えた。そして、そこには同じ白い部屋の中にいる町子がいた。輝は、手で顔を覆いながら座っている町子のそばに近寄っていった。そして、町子に触れようとすると、その手を勢いよく振り払われてしまった。
「触らないで」
町子は、そう言うと、震える声で泣きだした。
「私は輝を侮辱したんだよ。こんな醜い私なんか忘れて」
「俺は町子に侮辱されたことなんてない。それに、醜くもないさ」
「ウソ!」
ああ、そうだ。
輝がついているのは嘘かもしれない。少なくとも、輝を侮辱したという事実は彼女の中では真実なのだ。それを否定してはいけない。
「町子、君がもし、あの時、ドロシーと一緒に俺を侮辱したとしてさ」
泣いたままの町子に、輝はもう一度手を触れようとしてひっこめた。しかし、振り払おうとする町子の手が伸びてこなかったので、そのまま触れた。
冷たい。しかし、柔らかかった。
「俺が、お前たちを責めるとでも?」
町子は、頷いた。
「責めると思った。私なら責めているよ」
「うん」
輝は、町子の気持ちがよく分かった。自分がこうだから相手もこうだ。そう教わってきた。しかし、それはすべてが真実ではないのだ。
「そうだな。でも、俺は責めない。町子とは、違う人間だから」
「違う、人間。そうよね。違う人間だもの。分かり合えるわけがないわ。私の心は、私にしか分からない」
「そうかもしれない。だけど、違う人間だからこそ、分かり合えた時に、嬉しいんじゃないか」
輝は、そう言って町子の正面に立った。そして、町子の視線に合わせるように座ると、町子の肩に手を置いた。先程の木の葉が二枚、ひらりと落ちてきた。おそらく二分経過したのだろう。
「町子、俺、君が君自身と戦っていた時、何も気づけていなかった。本当か偽物かわからない自分と戦うことは辛かったはずだ。ごめん、町子」
すると、町子はゆっくりと首を横に振って、輝を見た。
「輝、じゃあ、私の言いたいことを、聞いてくれる?」
輝は、頷いた。
その時だった。
輝の目の前、町子の後ろに、大きな影が現れたのだ。その影は野太い声で笑い、町子を包み込んだ。
「愚かな輝! 私の気持ちなんてこれっぽっちも知らないくせに! 私がそのことをドロシーに突かれて、どれだけ苦しんだと思う? そんなことも知らない奴が、知ったような口きかないでよ!」
ああ、これが、町子の、もう一つの真実。
そして、惑星間渡航者が残していった力によって別れた町子の、もう一つの思考。
「ならば聞くけど」
輝は、そう言ってうずくまる町子を抱き寄せた。そして、影から守るように、町子の上に覆いかぶさった。
「君は、俺にどうしてほしかったんだ?」
すると、影が言葉を失って黙った。輝は続ける。
「好きだと言ってほしかったのか? そうすれば、君の心は満足できたのか?」
輝の力は強かった。町子を守るその背中から放たれた光が、影を消し去っていく。
自分の思考に抱えられた矛盾。
町子はその矛盾に苦しんでいた。人を好きになるということ、そこに見返りを求めてはいけなかったのだ。それが、ただ見返りを求めるだけの心が生じてしまったから苦しくなった。
輝は、うずくまったままの町子を見た。
「もう大丈夫だ。少し、スッキリしただろ」
町子は、輝の言葉に頷いた。しかし、少し悲しそうにして、輝を見上げた。木の葉が三枚落ちてきた。三分が経過している。輝は少しずつ焦りだした。
「さあ、町子、行こう」
輝は、そう言って町子の手を取った。しかし、町子は悲しそうに首を横に振った。そして、頭を垂れると声を震わせた。
「立てないの」
そう言って、両方の足を輝に見せた。
その両足には、足かせがかけられていた。つながれた鎖は短く、すぐそこで止まっていた。これでは立ち上がって歩くことができない。
町子のその姿を見て、輝は戦慄した。
木の葉が四枚、ひらひらと舞い落ちてきた。時間がない。この足かせを取る方法はどこかにないのか?
輝が焦ってそこらじゅうを探し回っていると、町子は困ったような顔をした。
「輝、いいたいこと、聞いてくれる?」
ああ、先程町子が言ったセリフだ。そうだ、それを聞いていなかった。輝は、鍵を探すのをやめて、町子のところに戻った。
「なんだ、町子?」
すると、町子は、何故かものすごくすっきりした顔で、輝を見た。
「私、輝のことが好きだよ。世界中の誰よりも好き。あの時、私を守ってくれたこと、すごく嬉しかった。輝のために焼いたパイ、すごく心を込めたんだ。作っている時が一番幸せだったよ。もう、輝が私をどう思っているかなんてどうでもいい。私が輝を好きな気持ち、それに嘘がないから、今私は幸せなんだ」
町子は、そう言って一筋の涙を流した。そして、にっこりと笑うと、消えてしまった。足かせは、取れていた。
木の葉が五枚、ひらひらと舞った。
輝は、目を覚ました。
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