パレスチナの月 3

『ジブリールの聖地』

 そう呼ばれている地区がある。

 それは、このパレスチナに来て初めて耳に入った大きな噂だった。聖地と呼ばれるほどのものなら、何かがありそうだと思い、そこへ行こうとしていた。フォーラの目的も一緒だった。その矢先に青年の口から出てきたのは『パレスチナの月』だった。

 青年は、ジブリールの聖地から来たという。名はマフディ。きれいな金色の瞳が印象的な青年だった。彼は、ジブリールの聖地が聖地となった顛末を全て知っていた。そして、その上で輝たちにこう言ったのだ。

「あの地区が聖地になってしまったおかげで、パレスチナの月は失われてしまった。どうか、それを取り戻してほしい」

「取り戻せって言ってもなあ」

 シリウスは、ちらりとマフディを見た。この金色の瞳、どこかで見覚えがある。さらにシリンの気配すらするのに、それを必死で抑え込んでいるような感じだ。

 フォーラも同じことを感じたのか、シリウスに目配せをして合図をした。そして、フォーラのほうが口を開いた。

「そうね、あなたがその正体を明かしてくれたら、考えましょうか」

「正体?」

 町子が訊いたので、フォーラは頷いてから、マフディのところへと寄っていった。そして、マフディの手を取ると、自分の胸に当てて、彼をじっとみつめた。

「何をするんです、はしたない」

 マフディは、そう言ってフォーラの手を振り払った。

「あら、何も感じないの? おかしいわね」

 きょとんとした表情を見せるフォーラの後ろで、シリウスが激しく噴き出した。

「お前、それ天然にもほどがあるぜ!」

「天然?」

 マフディは、その言葉の意味を理解できずに、ただ、笑われたことに対して不愉快な表情を見せた。自分の手を見て、自分の今の行動を振り返る。

 なんの間違いも犯していない。

 そう思った。だが、彼がやってしまったのは間違いでも犯罪でもなかった。

「どんなに禁欲を決め込んだ坊さんでも、こんなでかい胸の女の胸の谷間に手を入れられたら、少なくとも赤面くらいはするぜ。普通の男ならうろたえるだろうな。それを、顔色一つ変えずに、はしたない、なんてな。自分の正体バラしているようなもんだぜ」

 シリウスの言葉に、マフディは落胆して地面に膝をついた。

 やってしまった。

 シリンとして生まれ、長い間人間の中にいて、人間のことをよく理解したつもりでいた。しかし、ツメが甘かった。

「分かりました。それでは、場所を変えましょう。ここで正体を明かすには人が多すぎる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る