粉挽き小屋 7
マルコが外に出ると、そこにはもう四人のボディーガードが倒れていて、残るはアントニオだけになっていた。四人ボディーガードを連れて行けば、よほどのことがない限り自分が傷つくことはないだろう、そう踏んでいた。
誤算だった。
まさか、こんなにあっさりやられてしまうとは。
しかし、誤算という逆風もマルコの登場によって収まっていった。むしろ、追い風が吹いたと言っていい。
「マルコ!」
そう言って、アントニオは笑った。
「愚か者め! 自分の好きな女性一人守れないで、こんなところで強ーい人たちに守ってもらっていたんだな! 恥を知れ、この田舎者!」
セインとクチャナは、ゆっくりとアントニオの前に出てきたマルコに道を開けた。
「いいのか、マルコ?」
クチャナの問いに、マルコは頷いた。クチャナはなぜか少しうれしそうだ。
「私たちはもう、君を守ることはできないが」
セインの言葉に、マルコはもう一度頷いた。そんなマルコを見て、セインも少しうれしそうな表情をした。
「戦います」
そう言ってマルコは笑い、セインとクチャナの間を抜けてアントニオと対峙した。
「お前もとことん哀れだよな。変な噂は流れるし、粉屋の爺さんには見捨てられるし。まあ、あんな田舎者のじいさんの作った粉なんぞ、使うに値しないけどな。俺はルフィナが手に入ればそれでいい。さあ、ルフィナを出せ。いるんだろ?」
アントニオは、そう言ってマルコを挑発した。しかし彼はそれには乗らなかった。今のマルコは冷静だった。どこまでアントニオを憐れむことができるか。どこまで彼の挑発に乗らずに怒りを制御できるか。それが勝敗を分ける鍵だった。
「アントニオ」
いったん深く深呼吸してから、マルコは静かに話し出した。
「僕はパン屋だ。だから、パンのことしかわからない。君のように世界中を飛び回る富豪でもないしお金もない。田舎者というなら言えばいい。だけど、だからこそ分かることがある。
ルフィナのお父さんの粉が仕入れられなくなってから、他のあらゆる粉を試してパンを焼いてみたが、納得いくものはできなかったよ。中には町で仕入れたものもあったし、友人のつてで輸入したものをブレンドして使ってみたりもした。だけど、ルフィナのお父さんが挽く粉以上に、僕の作るパンに合った粉はなかった。
ぼくにとって、あの粉は特別なんだ。あれ以上に素晴らしい粉はないよ。だから、ルフィナのお父さんに怒られて、当然のことなんだと思った。もし、他の人があの粉が良くないものだといったとしても、今度は、僕があの粉の良さをパンで証明する番だと思っている。君があの粉挽き小屋を、そんな理由で壊そうとしていたとしたら、僕は今までで最高のパンを焼いて人々に配り、それを阻止してみせよう。
それと、残念だが、ここにルフィナはいない。僕ひとりだ」
「フン」
マルコの言ったことが気に入らなかったのか、自分の挑発に乗ってこなかったのが悔しかったのか、アントニオはマルコが話している途中から、嫌悪感をあらわにしていた。
「君とはやはりそりが合わないな。だけど、ルフィナを手に入れるのは僕だ。お前みたいな田舎者に付きまとわれているより、僕のものになって世界中を飛び回ったほうがはるかにいい」
アントニオがそこまで語ったその時。
凛とした声が、彼の言葉を遮った。
「私は誰のものでもないわ、アントニオ!」
ルフィナだった。
「アントニオ、何を考えているのか、あなたの頭の中は丸見えよ。あなたは私を宝石のように扱い、自分の思い通りにしようと考えているのね。そんな小さい男のところには私は決してなびかない。そして、人は誰しも、誰のものでもない。だから私はアントニオのものにもならないし、マルコのものにもならない。そうでしょ、マルコ」
ルフィナはそう言ってマルコを見た。その様子を、輝と町子は固唾をのんで見守っていた。
マルコは、ルフィナこの言葉に頷いた。
「ルフィナは、僕のものではないよ」
すると、今度はアントニオが高笑いをした。
腹を抱えて涙まで出して笑い転げていた。
「馬鹿な奴らだ!」
笑いの合間に、アントニオは言葉を口にした。
「女は、所有者が俺のものだっていえばそうなるんだよ! きれいごとを並べたところでそれが現実ってもんなんだ。この土地はいずれ俺たちのものになる。そうしたら、あのボロい粉挽き小屋などぶち壊して更地にしてやる!」
アントニオはマルコを指さしてなおも笑っていた。
すると、そのアントニオの足を勢いよく踏む者がいた。
バルトロだった。
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