粉挽き小屋 6

 輝たちが庇っているルフィナを守るために、クチャナとセインは二人でパン屋の玄関先に立ちはだかった。得物は何もない。ただ、少しくらい強い人間には軽く勝てるほどの技量は持っていた。二人とも、だてに千年生きているわけではない。

「我々は地球のシリンによって定められた風の刻印の所持者」

 近づいてくる人間たちに笑いかけるように、クチャナは呟いた。そして、その言葉をつなぐように、セインが口を開き、宙に手をかざした。

「地球に一対の巫女と長老。私たちに与えられたのはひとつがいの猛禽類と一振りの槍」

 その言葉が終わると同時に、セインの肩には雌の鷹が、クチャナの肩には雄のコンドルが舞い降りてきた。その猛禽類たちの登場とともに、セインの正面には黒鉄の槍が、そして、クチャナの正面には黄金の槍が姿を現した。二人はそれを手に取ると、鏃を後ろにして構えた。

 そのあいだに、五人の人間たちはこちらに近づいてきていた。そのうちに、それは、四人の黒ずくめのボディーガードを連れたアントニオであることが分かってきた。

「どうやら、僕がこのパン屋に来ることはお見通しだったみたいだね」

 セインとクチャナを確認すると、アントニオは不敵に笑った。そして、四人のボディーガードの後ろに回った。

「先っちょを後ろに槍を構えて待つなんて、僕もなめられたものだ。鬱陶しい鳥までいる。これは、撃ってくれと言っているようなものだね」

 アントニオの声が聞こえた、それだけで、パン屋の中にいたルフィナは震えた。

「あの人は私を見下しているわ。結婚して自分のものにしようって。お父様のいないところで、私に無理やりキスを迫ったり体を触ってきたりもした。声を聴くだけでも寒気がするの」

「ルフィナ、ひどい目にあったのよね。あたしも見ていたよ」

 ルフィナの肩に座ってその長い金の髪をなでて、ティーナがささやいた。ルフィナは静かな声で泣いた。

 その姿を見て、マルコは自分の中で何かが変わっていくのを感じた。ルフィナが嫌がるようなことをしたアントニオが許せなかった。彼女を守ってやることができなかった自分自身にいらだちも感じた。しかし、それ以上に、マルコの中でマルコ自身が冷静になるきっかけが出来上がった。

 今の自分を客観的に見てどうなっているか。

 自分を見る、もうひとりの自分がどこかにいた。

 マルコは立ち上がって、外に出るために立ち上がった。

「何をしているの、マルコ! そんなことしたら、ルフィナがここにいるってバレるわよ!」

 町子が、そう言ってマルコの服の裾を引っ張ってマルコを止めようとした。しかし彼はそれを振り切ってパン屋の入り口に向かい、ドアノブに手を翔けた。

「ルフィナ」

 そのとき、マルコは怯えているルフィナに向き直って、こう言った。

「僕は弱いよ。アントニオやほかの人たちには到底かなわないかもしれない。でも、ここで戦わないといけないよ、やっぱり。愛する人を守るときには、時には戦わなきゃならないときがある。それが恋人同士ってものだと思うから」

 そう言って、マルコは扉を開け、外に躍り出た。

 マルコが行ってしまうと、町子たちはしばらく無言であっけにとられていた。しかし、ついに町子が我慢できなくなって、勢いよく立ちあがった。

「ルフィナさん!」

 町子は、まだあっけにとられているルフィナに向かって手を差し出した。

「立って、私たちも行きましょ、ルフィナさん。あなたも戦わなきゃ。ここで怯えて守られているだけじゃ何も変わらない。強いボディーガードはセインさんとクチャナさんがどうにかしてくれる。向き合うべき敵には向き合わなきゃ。さあ」

 町子のその言葉に、ルフィナは力強く頷いた。

 マルコだけをさらし者にはしない。アントニオと戦わなければならないのはマルコだけじゃない。ルフィナは、はっきり言わなければならないことがあった。マルコにも、アントニオにも、そして、自分の父・バルトロにも。

 立ち上がって入り口に歩いていく女性たちを見て、輝は呆気に取られていた。

「何しているのよ」

 呆然としている輝に向き直った町子があきれたものを見る様子でため息をついた。

「輝、あんたも行くのよ」

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