第2話 青い薔薇

二、青い薔薇



 広大な草原に一人、女性がたたずんでいた。

 彼女の肌は黒く、瞳も髪の毛も真っ黒だった。しかし、その瞳に秘めた強い意志は草原をどこまでも見つめ、黒い髪は太陽に照り付けられて輝いていた。手織りの鮮やかな色の布を体に巻き、ワンピースのように着こなしているその体はずいぶんと細いのに、美しかった。野生の中にあって文明を失わないその姿は高貴で、どんな穢れも打ち消す存在だった。彼女は広い草原を支配する王である動物たちと心を通わせていた。肉食獣も草食獣も、すべてが彼女のもとにあって、その姿を見ると親しげに寄り添っていた。彼女のもとでは肉食も草食もなく、食うものも食われるものも関係なく、憩いの時間を過ごすこととなった。

 その草原には雨季と乾季があった。雨季には川が氾濫し、乾季にはすべてのものが乾きに飢えた。彼女の住む村でも雨季と乾季の変わり目には生活を変えるための入念な準備がされていた。そのための祭りも執り行われた。

 村の人間のうち、若い者のほとんどが草原から都市へと移り住んでいった。草原には学校もなければ便利な市場もない。生きるためには動物を狩り、植物から実を得るしかなかったからだ。水もきれいとは言えないし、生活環境は衛生面でかなり問題があった。常に野生動物に襲われる危険もあった。生きるためのリスクが大きい村からは、若者が出ていくのは当然だった。しかし、彼女は違った。

 この村の誰よりも高貴で品格のあるその女性は、胸にいつも一輪の青い薔薇を挿していた。その薔薇はその色ゆえに希少で、このような辺境の村ではどう転んでも手に入ることはなかった。しかし、彼女は常に新しい薔薇を胸に挿していたのだ。

 だからこそであろうか。彼女は常に何かを警戒していた。野生動物を狩るもの、村の人間以外で許可なく狩っていくもの。つまり密猟者。彼らによって村の猟場は荒らされ、命を軽んじる人間によって草原は欲の拠り所となってしまった。物欲と金に支配された草原に、彼女は絶望した。そして、村の人間以外のすべての人間から心を閉ざしてしまった。

 青い、一輪の薔薇は、その時、凍った。

 灼熱の草原にあって、硬い氷に包まれて凍ってしまったのだ。その氷は解けることもなく、また、割れることもなかった。そして、その薔薇は現地の村の人間によって悲しみの青い薔薇と称されて、祀られることになった。薔薇を胸に挿していた女性はどこかへ消え、消息は分からなくなってしまった。ただ、悲しみを現す青い薔薇だけが、その地に眠っていた。

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