真夜中のラジオ 12

事件のあった次の日、学校は休校になった。

 なぜか火事のあった家に町の人間がすべて集まっていて、気が付いたら目の前にある家が燃えていた。そこで皆協力して消火活動をしていたのだが、それ以前の記憶はみんなにはなかった。集団放火事件なのだろうが、家に火をつけたのが誰なのかは分からなかった。松明を持っていた人間は多数いたからだ。

 この事件について、警察は沈黙を続けていた。警察官でさえ、何人も集団放火に加わっていたからだ。なにより、捜査をするにしても、家が燃えたこと以外何も情報がなかった。家が燃えた時、家主の内山牧師家族は出かけていて、誰もいなかった。空っぽの家に火をつけていったいだれが何の得をしていたのだろう。何もかもが分からないまま、警察は捜査を打ち切ってしまった。しかし、学校での生徒たちの反応はそうはいかなかった。自分たちがなぜ、あんなところにいたのか。しかも人を殺めることのできる武器を持って。内山牧師という人には全く面識がない。それどころか名前を聞いたことのある人間のほうが少なかった。わずかに、隣町の教会に毎週礼拝に通っているプロテスタントの生徒が何人か知っていたくらいだ。しかし彼らにも殺意はなく、むしろいつもお世話になっている牧師さんの家に火をつけることなどありえないと大きく首を横に振っていた。

 学校の休校は一日で終わり、その翌日からは普段通りの授業が始まった。森高町子はその三日後に登校した。

 煙をかなり吸い込んではいたが、命までは取られなかった。二、三日休んで学校に来られる程度で済んだのだ。輝は内心ほっとした。あの時、何が起こったのかは分からなかったが、輝や町子を助けた人間すべてに感謝をしなければ、そう思った。

 テン、と呼ばれた少女は、自分を助けようとしてくれた町子や輝にありがとうと言って、しばらく町子の家にいた。彼女が回復して学校に来られるまで、そばにいたいのだという。しかし、町子が学校に来る段になると、今度は自分も学校に行くと言って聞かなくなった。自分は座敷童で、シリンや輝、町子以外には見えないから大丈夫だと、そう言って聞かなかった。しかし彼女の姿は、町子の母である夏美にも見えていたようで、町子が家を出るときに叱られていた。

 どうして夏美にもテンが見えたのか、それは今の輝には分からなかった。あの、空を翔ける町子の母だ。きっと何かがあるのだろう。そういえば、高校生の娘を持つ母親にしては、夏美は若い。二十代あたりに見える。不思議なものだ。フォーラが若いのはなぜか納得できた。町子の伯父が、いい年をしているにもかかわらず若い嫁を貰ったと考えればいい。あの魅惑的なフォーラにつられない男性などいないだろう。

 森高は、学校に登校すると、ふとすれ違った輝を見て少し笑った。学校では輝と町子はまだ出会っていないことになっている。二人で、そうしようと決めたのだ。しかし、その約束もすぐに破られることになってしまった。

 テンが、学校に来てしまったのだ。皆からは確かに見えないのだろう、だれもテンの存在に気付く者はいなかった。彼女が堂々と廊下を歩いていても、誰一人気付く者はいなかった。そんなテンは、放課後にサッカーをやっている輝のところに町子を連れて行った。そこで、輝がゴールキーパーとして練習に参加をしているところを見せた。

「輝は、ゴールキーパーだったんだね、マチコ」

 テンが嬉しそうに言うと、町子は照れて、頭を抱えた。

「こういうこと、何で知らなかったかなあ」

 そう言って空を見上げる。町子は空が好きだった。自分が宙を翔けることができると知ったその時、うれしかった。自分が憧れる空を自由に翔けることができると。しかし、それもつかの間だった。空を翔けることは、普通の人間にはできない。そんなことができるとわかれば、誰かが必ず町子を研究対象としてみるだろう。それに、現実に、そんな姿を見られるわけにもいかない。スカートで飛んだ日にはパンツが丸見えだ。

 町子は、自分の力を存分には出せなかった。それが悔しかった。しかし、輝を見ていると、どうだろう。

 今の自分よりずっと輝いている、少なくとも町子にはそう見えた。

 空を見上げながらそんなことを考えていると、後ろから二人の女子生徒が駆けてきた。一人は眼鏡をかけていて、黒く長い髪を風になびかせてきた。もう一人は、ジャージ姿で、短いポニーテールを揺らしてやってきた。どちらも、町子の友人だった。

「町子、こんなところにいた。探したんだよ」

 黒髪長髪の女子が息を切らせて言った。一方、ポニーテールの女子は、まったく息が切れていない。運動部だろうか。走り回ることは慣れているのだろう。

「町子」

 ポニーテールの女子は、こう言った。

「そろそろ紹介してよ。あの、キーパーの高橋輝君でしょ、あなたが探していたの」


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