異世界転生プランナー
■
転生先からの苦情は一切受け付けません
「いらっしゃいませー」
「なあ……ここ、異世界転生屋?」
「はい、そうですよー。転生先をお探しですか?」
「うぃ」
「では、こちらにおかけになって希望書をご記入ください」
「うぃ」
お客様がやってきた。
ちょっと個性的なお客様が。
具体的には頭頂部に黒い地毛が見えてる金髪のお兄さん。遠目にはカラメル乗せたプリンのように見える。
肌は浅黒いようで地は色白らしく、女性用水着を着た跡が残っている。
腕にシルバーとか巻いちゃってるパッと見はチャラそうなお兄さんだけど、お客様には違いないだろうから、営業スマイル浮かべて対応しなくては。
希望書を書いてもらっている間にお客様のためにコーヒーを入れる。ウチは小さい異世界転生屋なので当然インスタント。
コーヒーとミルクと砂糖を持って戻ってくると、お客様はずり落ちそうな体勢で椅子に座っていた。
希望書を開いて見ると、名前ぐらいしか書いてない。
仕方ないので、話を聞きつつ私が埋めることにした。
「えー、田中様。私、異世界転生プランナーの綾辻と申します。本日は転生先をお探しのようですが、ご希望の転生プランはもう考えて来ていただいた形でしょうか?」
「別に。どんなのがあんの?」
「そうですね。例えば、救国勇者プランはいかがでしょうか?」
「救国勇者プラン?」
「何らかの要因で苦しめられている世界に強力な勇者として転生し、最終的には世界と民衆を救って大英雄として祭り上げられる事も多分可能であるプランです」
「なかなか、ご機嫌なプランじゃん」
田中様が腕のシルバーを鳴らしつつ、指をペロリと舐める。
実際、救国勇者プランは中々にご機嫌なプランです。
王道過ぎるという批判もありますが、他人が転生するならともかく本人が転生するとなると自分の将来と命がかかってくるので、王道――というか派手かつ無難なプランが人気なのです。
皆さん、「うおおお!」とか叫んで無双してチヤホヤされるのが好きなのです。わかりますよ。私もソシャゲでチヤホヤされたくてガンガン課金してますから。
「転生後の基礎スペックはこちらの書類通りの内容になります。オプションで色々と追加する事も可能ですよ。綺麗なお姫様がいる王宮からスタートとか、最初から好感度カンストしてる義理の妹がいるオプションなどが人気で――」
「カンストってなに?」
「加算出来る数値が上限に達している事ですよ。要は一番の状態」
「ふぅん。女に転生とかもできんの?」
「もちろん可能です。人間以外になる事も可能ですよ。王族や謎の力が秘められた血筋でスタートする事も出来ますが、救国勇者プランは基礎スペック十分に高いので、そこまでしなくても大して困らないと思います」
「ふぅん」
「あ、でも自動蘇生機構オプションはオススメですよ」
救国勇者プランは「勇者」という呼称に恥じないぐらい強い身体と能力を持って転生出来るものの、精神――慢心に関しては本人次第で保証の対象外になる。
そのため、万が一事故死した場合でも、離れた場所で自動的に蘇生されるのが自動蘇生機構オプションだ。これは他社と提携してるので、私もちょっとマージンもらえるという意味でもオススメ。
ただ、田中様は自動蘇生機構には「ふぅん」と大して興味なさげ。
性転換(TS)の説明の方へ熱い視線を注いでいる。あ、ちなみに性転換だけではなく、容姿の変更もオプションになるのであしからず。
悪役令嬢系であれば最初からメーカー側が作ったボディあるので割安になるので、価格に難色示されるようならそっち勧めておこうかしら。
「ま……いいんじゃない? キープ」
「ありがとうございます」
「他には何か面白いのある?」
「そうですねぇ……恋愛マシマシプランはいかがでしょうか?」
「恋愛マシマシプラン」
これも救国勇者プランと同じく人気のプランです。
要は武力ではなく、恋愛力――モテ力で無双するタイプの転生で、女や男に囲まれてチヤホヤキャー! してもらえる承認欲求も満たされる恋愛系王道プラン。
自分以外の人達は恋愛脳の多めで美形美人が多い世界に転生出来るので、スペック高い転生者なら容易に異性の取り巻きを作る事も理論上は可能なのです。
ご希望いただければ、おピンク頭脳(ブレイン)のインモラルな世界にも転生でき、転生即ハメしたい欲望に素直な人は選択してくれたりします。
転生前の記憶が戻るのをある程度大人になってからにしないと、こっちは赤ちゃんとという倫理的に「ヤベエ!!!」状態になるので注意が必要です。
まあ、体面あるのかモテたくても救国勇者プランスタートの人がどちらかというと多いですけどね。ちなみに救国勇者と恋愛マシマシは両立可能です。
「へぇ……女になって、乙女ゲーっぽい事も出来るんだ……」
「お気に召していただけましたか?」
「いいじゃん」
あ、当然ながらこっちも性転換はオプションで、性別変わった後の容姿もオプションでカスタマイズしないと元々の顔から女体化するだけになるんでご注意を。
容姿関係なく楽にモテるオプションあるので、そっち紹介しよ。オプションは大抵のものが追加してもらえるとマージンあるし、私のガチャ代のために。
私はオプション紹介用のチラシを取り出した。
「なにそれ」
「催眠・魅了系のオプションに関して紹介したチラシです」
「いいじゃん」
「容姿はオプションで設定可能ですが、人それぞれ好みもあるので万人に受ける容姿になるのは不可能なんですよね」
「そりゃね」
「ですが、この催眠・魅了系のオプションを使えば相手の自由意志を塗り替え、強制的に自分の事を永遠に好きと誤認していただく事が可能になります」
「いいじゃん」
「魅了フェロモン出すのとか皆さん最初は食いつくんですけど、これは無差別過ぎて痴情のもつれでナイフグサーッ! って事件に発展しやすいので……」
まあ、痴情のもつれ対策は鉄の腹筋、チタン助骨オプションも使っていただければ大抵何とかなりますけどね。
それはさておき、
「魅了系なら、私個人はこの二つがオススメですね」
「ふぅん……ナデナデ魅了と、壁ドン魅了?」
「どっちも魅了能力発動が限定的なので、相手を選り好み出来ます」
「ふぅん……」
壁ドン――対象を壁際まで追い詰めて壁をドン! と叩いて魅了効果を脳みそに叩き込むオプションの方が安価ですが、壁が必須になるので使いどころがやや難しいです。
まあ、荒野でも相手を地面に倒し、片腕立て伏せの要領で地面ドン! すれば魅了が入った事例もあるんですけどね。
ナデナデ魅了は単に魅了するだけではなく、対象の頭を連続でナデナデし続ければ性的興奮にまで至らせるので、お持ち帰りも容易くなります。
ツンツンしたお嬢様も一度頭を撫で始めれば最初は弱々しく抵抗するだけだったのが、1分ほどでヨダレ垂らして白目むき始めますからね。
やり過ぎると相手の脳が溶解しますが、これを暗殺の術(すべ)に転用し、暗殺者性活を満喫されている方もいらっしゃるようです。
「オレ、撫でられる方が好きなんだけど」
「であれば、ナデラレ魅了オプションもございます。好意を抱いている相手に頭部を晒しているだけで、相手はその頭を撫でたくてたまらなくなるのです」
「ふぅん」
「禁断症状に耐え切れず、頭を撫で始めると相手の手のひらに髪の毛が刺さります。殆ど認識出来ないほどの痛みです。で、その刺さった髪の毛から相手の脳を作り変える薬品が投与される仕組みでしてー」
「いいじゃん。非人道的な感じが好み」
これに限らず、転生屋の仕事全般が非人道的と批判を浴びています。
特に転生先の異世界から批判が多く届いていますね。まあ、向こうとしてはバカみたいに強い外来種が現住のメスもオスも食い散らかして、一つの世界が壊れていっちゃうわけですから当然の批判です。
まあ、異世界干渉技術を確立しているのはこの世界だけですので、余所の世界なんて知ったこっちゃないんですね。
それが例え元転生者が築き上げた世界でもバリバリ侵略しちゃいます。だって契約書にもちゃんと書いてるじゃないですかー、読まんやつが悪いんですよ。保証期間内でもムーリー。
「ちなみにさ」
「あ、はい」
「恋愛マシマシ、ナデラレ、性転換でいくらになんの?」
「他のオプションや転生先の世界も選べますが――」
「とりあえず、そんだけだといくら?」
「概算でよろしいですか?」
「うぃ」
「ええっと、ざっと2億ですね」
「う…………うぃ?」
「ざっと2億ですね」
田中様が冷めた目で私を見つめてくる。
いや、そんな静かに凄まれても知りませんよ。ちょっと海外へ旅行に行くのとはワケが違うんですから、諸々の手続きや改造や保証やウチの利益含めると2億は貰わないと。
最近は「来世で会おう!」のCMでお馴染みの異世界転生が流行りに流行っているので、各異世界転生屋も価格競争激しいんです。これでも安くした方。
そのおかげで安いプランならサラリーマンの生涯年収で狙えるようになってきたため、居酒屋で「上司ムカつくけど、オレ、あと500万溜まったら異世界転生するんだ」という微笑ましい会話も聞こえるようになってきました。私はガチャで使い込んでるからムリですけどね。あの世で会おう!
「2億とか、高すぎ。もっと安くして?」
「あの、ちなみにご予算は?」
田中様が取り出した財布を逆さにする。
ええっと、ひーふーみー……108円しか無いんですが。
「コレ、オレの全財産……」
「ええっ……」
これじゃネズミに転生する事すら出来ませんよ。
カエッテ!
「申し訳ございません、お客様。弊社が対応出来る転生プランで一番安いものでも10万円プラス消費税分は必要になってくるのですが」
「値段、勉強して?」
「申し訳ございません」
「企業努力、して?」
「申し訳ございません」
田中様の舌打ちと共に、私のスーツに何かかかった。
ギエッ……! 田中(コイツ)、コーヒーかけてきやがった!
クリーニングから戻ってきたばっかなのに! 一回のクリーニング代でガチャ何回まわせると思ってんだ、コラッ! 二回やぞ、二回!!
「申し訳ございません」
「チッ……使えねえヤツ」
使えねえのはお前だよ!! と言いたいけどムリ。
一応、店頭まで来てくれた客ですし、ここでボロクソ言って追い出しても最近はネットとかで色々書かれますからね……グギギ。
あ、待てよ?
田中(コイツ)にピッタリのプランがあるじゃん。
「あ、あの田中様?」
「んだよ」
「保証無し、遺体下取りにて無料転生も可能ですが」
「マジ? やるじゃん」
「先ほど希望されていた内容に、どれだけオプションをマシマシしていただいても全て無料にさせていただきます」
田中がご機嫌そうに笑う。
そうそう、お客様の笑顔が第一って建前でやってきてますからね。
「じゃあ、それでやるわ。何か書類書けばいいの?」
「こちらの契約書に署名捺印いただくだけで結構です」
「ナツインって何?」
「田中様のハンコを押していただく事ですよ~」
ハンコとか持ってきてないようなので、100円ショップで買ってきたハンコ達の中から「田中」を探して渡し、押してもらう。
ハイオッケー! これで保障無し遺体下取りいけますよ!
全て終わった後はもう、本人からクレーム来る事もありません。
「オプションとか、希望書かなくていいの?」
「最近はハイテクなので、田中様の頭でこういう世界でこういう自分になりたい~と大雑把~に考えていただくだけで結構です~」
「やるじゃん」
「あ、専務ー! 転生者さん一名入りましたー! 保障なーし」
「はいはい、転生ボックス持ってくるねー」
持ってきていただいた転生ボックスに田中を詰める。
ようは棺桶ですがね!
狭いけど、直ぐ楽になれるので安心して死ね。
「それでは良い人生(たび)をー!」
「いってらっしゃいませー!」
「うぃ」
田中の首筋に注射器ぶっさして毒注入。
はい、死体が一つ出来上がりましたよ。
あとは出荷するだけですが、もう接客おーわり!
「綾辻さん大丈夫? 火傷してない?」
「ええ、ぬるいの出したので火傷は無いんですが、スーツが」
「可哀想に。遺体はボクが出荷しとくから、今日はもう帰っていいよ」
「あ、会社のWi-fi使ってソシャゲーしていいですか?」
「クリーニング代あげるから帰りなさい」
「はぁい」
「ガチャに使っちゃダメだよ?」
「…………」
「返事」
「へーい」
「遺体から取る臓器のマージンは明後日には渡せると思うからー」
「やったじぇ」
んじゃ、帰ってソシャゲしながらテレビでも見よ。
おウチ帰って来てソシャゲ中でーす。
いやぁ、今日は田中の所為でスーツ酷い事になって、田中のおかげで臨時報酬が手に入って総合的に見れば良い一日でしたよ。
『本日はいま人気の異世界転生特集です!』
テレビでウチの業界取り上げられてるじゃん。見よ。
私は異世界転生流行り始めてから異世界転生プランナーの資格取ったけど、最近はどこも「来世で会おう!」なんだよね。おかげで直ぐに転職出来た。
転生目的で人が死にすぎて、法律で色々規制される動きもあるけどね。しゃーなし。大好きなソシャゲ作ってる人達に死なれても困るし。
『最近は悪どい異世界転生屋が増えているのですよ』
『マジですか!?』
『ええ、実質0円を謳(うた)い、保障無しで契約結んで不要になった遺体――身体から臓器抜き取って、売り払って稼ぐのです』
『遺体の下取りは基本じゃないんです? あ、まさか』
『ええ、実際は転生などさせず、臓器目的でただ殺すだけ0円プランなんです』
おいおいバラすなよ。
いいじゃん、本人からクレームも届かないんだからさ。
ね? 御客(タナカ)様?
異世界転生プランナー ■ @yamadayarou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。