聖女様に振り回される魔王様

サキバ

聖女に振り回される魔王様

おかしい、おかしいぞ。

俺の目の前には厨房で飯を作っている女が一人。


「あれ、どうしました?ご飯はまだ出来ていませんよ」

「そ、そうか」


違う、そうじゃない。そうじゃないはずだ。

どうしてこの女は当然のようにここで料理なんかしている。しかも、鼻歌なんかを歌いながら。


「おい、女」

「セイラと呼んでください」

「なんで、そんなめんど「セイラ」……分かった」


あれー?なんで、俺はこうも押されてるんだ?

俺の威厳どこにいった。顔を見られただけで赤子にすら泣かれると言うのが俺だったはずなのに、目の前の女はずっとニコニコとしている。

くそ、全く調子が狂う。

こんなはずじゃなかった、そのはずなんだ。

それが、なんで。


「そこで立ってるだけなら味見してください」

「むぐっ」


口の中にこいつが手に持っていたスプーンを俺の口に突っ込んできた。

こいつ自分の立場分かってんのか?

ここは一つ脅かしておくべきか。そう、口を開こうとすれば先にセイラの方から話しかけてきた。


「どうでした?」


それは味の感想を求めているのか?

上目づかいでなんて見やがって。俺がそれで揺らぐとでも思ってるのか。


「もしかして口に合いませんでした?」

「……いや、美味い」

「それは良かった」


いや、違うぞ。別に悲しそうな顔してたからとかじゃなく本当に美味かったからだ。飯に罪はない。よって美味いという事に何ら問題はないはずだ。

断じて、流されたわけではない。本当だからな?


だから、だからな、そんな嬉しそうな顔はしないで欲しい。

お前はずっと嫌悪で俺を見ていなければいけない。

だから立場はハッキリさせておいた方が良い。


「なあ、確認だ」

「なんですか?」


セイラが首は傾げた。


「お前は聖女だな」

「ええ、確かに周りからはそう言われてますね」


セイラは聖女と呼ばれ崇められている。

回復魔術を治療費を払えない貧乏人に無償でかけていたのなら、そう呼ばれるものだろう。

しかも、勇者と共に魔王討伐の旅に出ているというのだから崇められない方が不思議だろう。


「それで、俺は」

「魔王ですね」


俺が発言する前にセイラが先にそう言った。

俺はセイラが倒すべきだった魔王だ。

遮られたことで少しだけ、どもったが話を進めることにする。


「で、今のお前は人質だ」


そう、セイラは人質だ。しかも、とても大事で重要な。

俺はこいつで人間側に降伏を促している。

しかしセイラは少しだけキョトンとしたような顔をして、納得したように首を縦に振る。


「ああ、そうなってるんでしたっけ」

「そうなってるって……」


まさか、忘れてたのかこいつ。

俺はこいつからしたら人間の敵の王なんだ。そんな奴から連れ去られたというのに平然と暮らしているどころか我が物顔で歩いているというのに、そもそも前提から忘れているとは。


「俺はお前の敵で、お前は俺の敵だ」

「ええ、そうですね」


微笑んで頷くな。

全く調子が狂う。


「お前本当に理解しているか」

「ええ、もちろん。バルザーク様は可愛いですね」

「お前やっぱり何も聞いてなかったな」

「いえいえ聞いてましたよ」


ちなみにバルザークというのは俺の名前だ。

そんな俺に会話の脈絡もなく可愛いなんて馬鹿じゃないだろうか、本当に。


「……もういい」

「そんな向きになるところも可愛いと思いますよ」

「うるさい!」


男としては可愛いより格好いいの方が言われて嬉しいんだよ。って、そうじゃない。

おかしい。主導権があちらに握られてしまっている。

立場的のも能力的にもこちらの方が有利なはずなのに。


はあ、しょうがない。今日は諦めよう。

いつか、俺の方が優位に立ってやる。……努力のベクトルが間違えているような気がしないでもないが。


まあ、飯を楽しみにしておこう。

だから、まあ。


「怪我はするなよ」

「えっ」


セイラは俺の言葉に驚いたような様子を見せた。

どうしてそうも驚く。


「バルザーク様が素直に私を心配するなんて思っていなかったものですから」


ああ、そう言う事か。

というか、セイラがそんなことを言うから自分の発言が恥ずかしい物に聞こえてきた。


「か、勘違いするなよ。お前は大事な人質だからな。怪我なんてされたら困るんだよ」

「……そうですか」


セイラは表情がもとに戻り、先ほどのニコニコとした顔になっている。いや、少しだけ頬が緩んでいる。

そして、口でもごもごと何かを言っていたが聞き取ることはできなかった。

若干の静寂が流れた。そんな空気に居たたまれなくなって、俺は厨房から背を向ける。

扉を開ける直前にセイラが声をかけた。


「もうすぐ、ご飯できますからね」

「そうか」


俺は扉を閉じた。

あー、なんか疲れた。というか恥ずかしい。

あいつと話しているといつもこんな気持ちになる。

どうしてだろうか。


そんなことを考えながら城の中を周ることにした。魔王は基本的に暇なのだ。デスクワークなんてほとんどしたことがない。俺よりも優秀な奴がたくさんいるからそいつらに基本任せている。

つまり、俺は仕事?なにそれ?というような状態なのだ。いやはや、情けない。

しかし、まあ、優秀な部下を持ったことは喜ぶべきことだ。


という事で修練場に顔を出す。


「よう、やってるな」

「お、バルザーク様じゃないか」


筋肉隆々のこの男は四天王の内の一人、セイリオスだ。


「また、自分の部下と訓練してるのかよ。実力差大きいだろ、流石に」


自分よりも強い上司と戦わせられる部下が可哀想だ。だって触れもできずに瞬殺だぜ?気が付いてたら終わるんだぜ?悲しいだろ、それは。

見たところ自分からは動いていないようだが攻撃を指一本で防いでいる。見ていて哀れですらある。

しかし息が上がっているセイリオスの部下の男は笑っている。同じくセイリオスも笑っている。

こいつらは基本戦闘狂なのだ。


「だけど、バルザーク様なら俺も似たような風に出来るだろ」


それには思わず苦笑を漏らしてしまう。


「今はな」


俺は体術関連は全てこいつから学んだのだ。

そして、今のこいつの部下と同じような扱いを受けた。あの頃はまあ、若かったな。

俺が魔王の息子だって言うのに容赦なく殴りに来たこともあった。まあ、そう言うところに好感が持てたんだが。……そこに至るまでの痛みが半端なかったが。


「で、何の用で?」

「いや、ただ見回りに来ただけだ」

「見回りですか?仕事ちゃんとしてくださいよ」

「悪いがその仕事がないんだ」


分かってるくせに意地が悪い。


「いやいや、あるじゃないですか。大事な仕事が」

「仕事?」

「聖女様のお世話係」


よし、俺がどんな認識をされているかは大体分かった。


「俺はあいつのお世話係じゃない」

「え、でもいつも一緒に居るじゃないですか?」


本気で驚くな。むしろ、お前上司を何だと思ってるんだ。お世話係って普通下っ端の役割だろうが。俺だって好きであいつの相手をしているわけじゃない。何故か、あいつが俺のところに来るんだ。


「はあ。おい、俺も久しぶりに体を動かしたくなった。セイリオス、相手頼む」

「ホントですか!いや、本当に久しぶりですね」


そんな嬉しそうな顔をするなセイリオス。これから行うのは理不尽な八つ当たりだ。

だから、今日は飯を食えなくなっても文句は言うなよ。その分は俺が貰ってやるから。






「ふう」


よし、セイリオスをぼこぼこに出来たぞ。何がよしなのか自分で言っても分からなかったが。

でも、おかげですっきりとした。いい爽快感だ。後で礼を言っておこう。あいつなら恨み言をいう事もないだろうし。むしろ喜々として再戦を申し込まれそうだ。


さて、そろそろ飯も出来ているだろう。

部屋に戻らないとな。あいつがうるさそうだ。


「なんで一人で笑ってるの~?」


幼い声音の声が聞こえてきた。

こいつも四天王の内の一人のガキサキュバスのフェリスだ。ロリではない、ガキなのだ。

何と言うか性的に興奮しない。多分、世間一般にいうロリコンという人種からも似たような反応をもらうだろう。それはサキュバスとしては致命的だとは思うが、その実力は四天王というところから察してほしい。


「笑ってないさ」

「いや、笑ってたよバルザークは」

「だから呼び捨てにするな。様をつけろ様を」

「やだ~」


あはは、と快活にフェリスが笑う。

何がおかしいのやら。

見た目が子供なだけでそれなりに歳は取っているはずなのにこいつは何も変わらない。


「これからどこに行くの~?」

「部屋に戻るんだよ」

「じゃあ、セッちゃんと会うんだね」

「セッちゃん?」

「うん、セッちゃん」


しばらく考えてそれがセイラの事だと思い当たる。

あいつもこいつもいつの間にか仲良くなっているらしい。ご苦労なことだ。


「じゃあ、僕も行っていい?」

「ん?ああ、別にい」

「ダメです」


いぞ、と言いかけたときに手に飯を乗せたトレイを持ったセイラがいきなり横からそう言ってきた。

柔らかな物言いだが強い意志を感じさせる。いきなり横から現れたからその分の驚きも多少はあるかもしれないが、フェリスも少しだけビクついているのを見ると今のセイラは恐ろしく感じるらしい。


「また、後でにしましょう。フェリスちゃん」

「う、うん」


気圧されたように珍しくフェリスが苦笑いで踵を返してどこかへと走り去って帰っていった。

セイラはというと俺の手を引いて、部屋まで連れて行こうとする。


「歩ける・歩けるから手を離してくれ」

「嫌です」


笑顔で俺の提案が拒絶された。しかも、いつものニコニコ顔で。

その顔を見るとなぜか胸が高鳴った。なぜだ。ああ、そうか、あれだ。胸が当たってるからだ。

意外とセリアはあるからな、きっとそうだ。俺だって男だからな。

しかし、そんな心音がセイラに伝わらないかが心配だ。


「じゃあ、食べましょうか」


いつの間にか部屋にまでに着いてしまっていた。考えながら歩いていたせいで初めてそれに気付いた。くそ、未だにテンパってやがる。

こいつが来てからの俺は本当におかしい。


「どうしました?」


俺の様子に疑問に思ったらしいセイラが俺の顔を覗き込んできた。

セイラの金の双眸が俺の目と合いつい逸らしてしまった。

しかし、なぜかセイラが俺の顔を見るために近付きながら移動してくる。

近い、近い、近いって!

どうして俺の顔を見ようとするんだお前は。

そして、俺の顔はその小さくて冷たい手で包まれた。


「捕まえた」

「手を離せ。後、さっきから何なんだよ」


しかし、俺がそう言っても手は離そうとしないし顔はさらに近づけてくる。もう、額と額がぶつかりそうな程近い。顔が熱くなってくる。こんな顔を見られるとは屈辱だ。見てみるとセイラの顔もほんのりと赤い。

だが、そんな顔を見ても何も言えない。

思わず目を閉じるとその小さな手が俺の顔から離れた。


「ふふふ」


そして、そんな風に笑った。


「どうした」

「いや、やっぱりバルザーク様は可愛いなと思って」

「馬鹿じゃねえの」


なんで俺はこいつから何度も可愛いと言われなければならないんだ。

もしかして、俺のことを人形か何かとでも思ってるのか。


「それに優しい」


セイラがそう言った時俺の思考は少しの間止まった。

優しい?俺がか?

きっと俺は呆けた顔になっていただろう。


「あなたは優しいですよ。ほら」


セイラは俺の頬に再び触れた。

その手がどうしてか温かく感じる。先ほどは冷たいだなんて思ったはずなのに。


「ほら、あなたは私がこうしても拒絶しない」

「そんなんで俺のことなんて分かるわけがない」


声が掠れた。何故か、泣きたい気分だ。

優しい。そんな言葉が俺の中で反芻される。


「分かりますよ」


セイラは諭すように優し気にそう言った。

それに嘘だと、分かるはずがないとそう言ってしまっても良かった。実際、心の中ではそう思っている。

しかし、それを言葉にすることが出来ない。セイラの目を見るとどうしても何も言えない。


「ご飯にしましょうか」


いつの間にか俺から離れていたセイラが笑いながらそう言った。

俺はナイフとフォークを取り、食事に手をつける。

会話が無く、静かな空間。ただ、向かい合いながら黙々と。

考えてみればセイラが来る前にそうやって食事をとることは無かった。


「美味いな」

「ありがとうございます」


そう言えば、セイラがそんな風に返してくれる。

そんな空間も悪くはないと、そう思った。

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