異世界転生小説は難しい
「の、伸びなかった……」
なろう作家、飯塚智樹渾身のファンタジー小説は、わずかブックマーク2つのまま最終話が投稿された。
彼が書いていたのは全137話に及ぶ、剣と魔法の本格派ハイファンタジーであった。
50話ほど書き溜めた上で投稿をはじめ、ランキングに乗りやすいと言われている手法である最初に10話位を一気に投稿してその後は毎日投稿するを実践したが、その効果はまったく見えていない。
投稿前に誤字脱字は入念に見直し、読みやすいようレイアウトにもこだわってみたものの、何の成果も出なかった。
智樹は最後にブックマークをくれた2人が同時に評価10を付けてくれる事に最後の望みをかけた。連載終了日に10点を貰い小躍りしたが、丸一日経っても別の人からの評価はなく、ハイファンタジーカテゴリーの日間ランキングに上がる事はなかった。
その後一ヵ月間、作品のポイントの動向を観察したが、最終的にはブックマーク6人に、貰えた評価が27点。それも全く別の日につけられたためランキングをかする事もなく、ユニークアクセスは1000人を超えぬまま小説墓場へと埋葬された。
「くそう、やっぱりこれじゃあ駄目なのかよ……」
智樹はパソコンの前でひとり呟いて、そして舐めていた飴をガリガリとかみ砕く。
本気で書いた小説の散々な結果に嘆くだけでなく、心のどこかではこの結果を予期していた自分にも腹が立っていた。
彼の小説は、いくつもの挑戦が含まれていた。
彼は自分の小説に、エルフもドワーフも、獣人さえも出さなかった。エルフとドワーフはどちらも北欧神話に期限を持つ種族だが、それがどんなファンタジー世界にも出てくる事に違和感を持った智樹はあえて使わなかったのだ。
現在流行っているエルフとドワーフは、原作北欧神話におけるアールヴとドヴォルグとはほとんど別種である。現代のエルフとドワーフは一人の小説家がそれらを元に再度キャラ設定を作り、それにいくつかのゲーム等が乗っかる形で生み出されたまったく新しい種族と言える存在であった。
智樹はその流れに乗る事を忌避し、かつて実在した類人猿を元に、作った背が低く斥候向きの「フローレス族」やムキムキの戦士職「ネアンデール族」、寿命が短いが魔法が得意な「クロマーニ族」という新しい種族を活躍させる小説を書いた。
同様に、モンスターにもこだわった。
智樹は設定厨と言ってもいいだろう。スライムやワイバーン、ゴブリンといったよくある魔物に頼らずに、一から見た目や属性、体長と体重に至るまでこだわって作ったオリジナルモンスターを生み出した。
火属性の虫型モンスター、雷属性のクラゲ型魔族に、美女でありながらプラナリアのような再生能力を誇る不死身の魔王ミンティアナ。生み出した個性豊かなモンスター達は、アニメ化されても見劣りしないくらいに完成された存在だと自負していた。
おこがましくも、彼は第二のラブクラ○トやトール○ンという称号さえ狙っていたのである。
そういったあくなき挑戦の結果、彼の小説はなろう読者たちには受け入れられず、日の目を見ることなくその小説生を閉じたのだった。
「やっぱり、『異世界』じゃないと駄目なのか……」
かつて読んでみたなろうエッセイは、どれも書かれている事は決まっていた。
『異世界転生を書きなさい。異世界転移を書きなさい。それが一番の近道だ』
そんなエッセイが大半を占めていた。
智樹も異世界ものの面白さは理解している。自身も総合ランキング上位のなろう小説は大体読んでいるし、その面白さや素晴らしさを疑うつもりはないし、異世界ものを書く人間を非難するつもりもない。
ただし、異世界ものが一番なのだと謳われると、それはどうしても受け入れられなかった。そんな事はない、主人公が現代日本人でなくてもいい小説は書けるはずだと信じているのだ。
更には『エルフとドワーフを出しなさい』『ハーレムこそ正義』『ヒロインといちゃつくべし』『チートの勧め』『パロディネタは受けるよ』といった、智樹の作品を全否定するようなエッセイが多かった。
そんな何の参考にもならないと思っていたエッセイ達が、智樹を取り囲んでそれみたことかと笑っていた。
――はずだった。
「あれ? ない? なして?」
智樹は小説を書き始めてから独り言がだいぶ増えていたが、問題はそこではない。
連載終了後、次なる小説に悩んでいた智樹は忌避していたなろうエッセイを受け入れて、攻略の糸口を探そうと考えたのだ。
そしてある違和感を持つ。
かつてエッセイに多かった「異世界転生/転移推奨エッセイ」がなりを潜め、代わりに否定的なエッセイばかりが増えてきていたのである。
おそらくは最近おこったランキングへのテコ入れが原因だろう。異世界ものが個別ランキングから排除されたことによって、エッセイのトレンドも変わってきているのだ。
「だったら逆に書いてやる……」
そして、単純に。
智樹はひねくれ者なだけだった。
異世界転生が推奨されもてはやされていた時代は絶対に書こうとしなかったが、否定的なエッセイばかりを見れば逆に盛り上げていきたくなる。
「書いてやるぞ異世界転生いいいいい!」
彼は新規小説作成ボタンをクリックし、タイトルにはとりあえず『あqwせdrftgyふじこlp』と入れ、気のむくままに異世界転生のプロットを書き始めた。
* * * * *
主人公はタンクローリーに撥ねられて死んだ。うりー。
何か適当に理由をつけて、神様にチートを貰った。
* * * * *
「……チートってなんだ?」
プロットを書き始めて僅か10秒。
智樹はいきなり最初の壁にぶち当たっていた。
チートと言われて智樹が真っ先に思いついたのは『無限の魔力』だ。
同時にそれは絶対に与えてはならないチートだと、智樹は今までに読んできたなろう小説で直感する。
なろうのトレンドは『一見すると役に立たなそうな能力』が、それこそ『無限の魔力』のようなチートを凌駕していく類の話である。
最初から強すぎるチートを持たせて成功した小説も少なくはないが、その場合はもっと過激なチートをうまく持たせた上で、プロットを綿密に練らないとすぐに飽きられる。神様に『無限の魔力』を貰いました、で上手くいくとは思えない。
次に思いついたのが人外転生だった。
この場合は転生先こそがチートそのものであるが、それも魔人やドラゴンといった強者転生もあれば、スライムのような弱小モンスターや無機物への転生ものもある。某自動販売機転生ものの完成度の高さには脱帽させられたものだ。
それらとは一線を画すものとして『ダンジョンマスター』も存在する。
他には自分は弱いものの強い従魔をテイムしたり、場合によっては神様そのものを連れて行くパターンもある。
「鍛冶チート……はありふれてるし、アイテムボックス……もなんか違うなぁ。転生するにしてもゴブリンだのは大体だれかやってるし……。もういっそエルフ転生でいいか?」
智樹は悩んだ末、最終的には人外転生を選んだ。人外転生には神様や召喚者云々を登場させなくてもチートが与えられるメリットがある。
転生先はエルフ――の住んでる森の主の子供という、何だかよくわからない生き物である。
その見た目が鹿になったのは某国民的アニメ映画の影響か、あるいは某FOEの影響だろう。
* * * * *
森の主(鹿)の子供に異世界転生した日本人。
前世は奈良公園で鹿煎餅をつくってた。(この設定はあとで考えなおす)
母鹿は結構強い。故に主人公も強い。
エルフの住む森なんだし、ゴブリンに襲われてるエルフを助けても不思議ではない。
男の妄想が膨らみやすい展開だと思う。
ゴブリンの返り血で、血でジカ。(ゴブリンよりアナログマ?)
最初はゴブリンに襲われてる幼女エルフ助けて、
そっから森に踏み込んでくる人間とか魔族とか倒して、
人化してエルフハーレム作って、獣人やドワーフを保護して、
森に亜人王国作って大団円。
最初のステータスは――
* * * * *
「ステータス……ステータスか」
ステータス管理。
それは異世界小説において一度始めると決して逃げられない、呪われた装備と言えよう。上手く管理すれば読者を満足させる最大の見せ場になるが、失敗すれば読者は一瞬で冷めてしまう。ステータス管理が綺麗になされている作品は、それだけで芸術的作品なのだ。
気の向くままに数字を増やして成功する作者がいる一方で、プロット段階でしっかりと定めていたのに失敗扱いされてしまう作者もいる。もちろん導入しない小説も多い。
・主人公(鹿の子)
レベル 12
体力 320
攻撃力 44
防御力 25
素早さ 80
魔力 24
特記:森の主の子供。
「……いいのか、これで?」
智樹はひとまず某ゲームのFOEを参考に初期ステータスを入れてみるが、急に不安に襲われた。
これを主人公の初期ステータスとして、人間やエルフのステータスはどうなるのか?
そもそもステータスに最大値はあるのか?
魔王のステータスは?
主人公の物語終盤のステータスは?
ステータスを書いた瞬間に、決めねばならない事が大量に生み出された。
そしてここまで書いて、主人公を進化させなければならない事にも気づいた。
最終的には奈良のマスコットの様な姿にでもなってくれないと、エルフとイチャイチャできないのだ。
「誰だよ、異世界転生が簡単とかのたもーた奴は」
さすがに一昔前でも簡単だと言い切ってしまうような極論的なエッセイはなかったのだが(あるいはあるかもしれないが、智樹は読んだことがない)ここに来て智樹はやる気をなくし、ふて寝する事にした。
一度パソコンを閉じ、布団に潜る。
そして鹿の第二形態や第三形態を考えながら眠れぬ夜を過ごすのだった。
* * * * *
第一形態:鹿の子
レベル 12
体力 320
攻撃力 44
防御力 25
素早さ 80
魔力 24
特記:森の主の子供。お菓子じゃないよ。
第二形態:親鹿
レベル 1(に戻る)
体力 1192
攻撃力 99
防御力 77
素早さ 205
魔力 60
特記:森の主。首を切り落とすと……
第三形態:魔鹿マギカ
レベル 1
体力 1856
攻撃力 255
防御力 177
素早さ 550
魔力 495
特記:なんかこう、魔石的な何かを取り込んで進化しました、みたいな?
最終形態:せ○と君
レベル 1
体力 2010
攻撃力 710
防御力 710
素早さ1300
魔力 794
特記:きもかわいい
* * * * *
智樹は力尽きていた。
それはもう、全身が真っ白になるほど力尽きていた。
この作品は間違いなくエタる。そう確信させる何かがあった。
なろうテンプレとはかくも難しいものだったのか。
なぜ、こんな難しい異世界転生というジャンルに挑戦するもの達を否定できるのか。
「……うん、やめよう。僕には無理だ」
智樹は最後にそう呟くと、そっと削除ボタンを押した。
智樹は今日も小説家になろうをチェックする。
彼のブックマークには、ランキング上位にいる異世界転生・異世界転移ものの小説が多数入っている。
月に一回くらいしか投稿しなくなってしまったが、それでもエタる事無く書き続けている異世界ものの作者達の努力に思いをはせながら、彼はこのサイトを楽しんでいる。
コメディ、その他短編集 芍薬甘草 @syakkan
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