わたしは、それからずっと、秋川さんの名札入れの中から、センターの仕事を見ていました。

 

 センターでは、犬や猫の新しい飼い主さんを探しています。

 ボランティアさんがセンターから引き取って、飼い主さんを探してくれたりもしています。

 それが譲渡じょうとボランティアさんです。


 職員さんたちも他のボランティアさんたちも、命を守り、命をつなごうと、みんな、いっしょうけんめいに、がんばってくれていました。


 秋川さんと白崎さんは育児ノイローゼになるくらい、赤ちゃん猫たちのお世話をしていました。

 赤ちゃん猫が健康な子猫に育って、飼い主さんをさがすことができるように、命を守ることができるようにと、他の職員さんやボランティアさん、みんなと力を合わせてがんばっていました。


 わたしのおとうさんとおかあさんは、保健所や動物愛護センターのことを誤解していたのです。

 昔はそうだったのかもしれませんが、職員さんたちの努力、ボランティアさんたちの協力で、少しづつ、でも確実に変わってきているのです。それぞれの地域で、成果にはまだ差はありはするものの、みんながんばっていると、わたしは思います。

 だから、山の中に置き去りにすることより、わたしのおとうさんやおかあさんも、まずは、地元のセンターや保健所に相談した方が良かったのです。


 でも、だからと言って、じゃあ、引っ越しするから、赤ちゃんができたから、世話がやけるから、病気になったからと、簡単にセンターに押し付けるなんてことをしたら、職員さんたちが困ってしまいます。

 だって、センターは大きな建物ではありません。人出だって、ボランティアさんを含めたって、そんなにたくさんあるわけではありません。当たり前のことですが、限られた数の動物たちしか、お世話できないのです。

 重い病気やひどい怪我けがをしている動物、歳をとって体が不自由になった動物は、新しい飼い主さんを見つけることができず、カラスの言う通りドリームボックスに入れられることだってあるのです。


 その時は、動物だけじゃなくて、秋川さんみたいに職員さんたちだって苦しんでいるのです。

 殺処分ゼロを一番願っている人たちの中には、センターの職員さんたちもいます。


 秋川さんは、3歳の子どものおかあさんです。小さな子どもを抱く同じその手で、動物たちの命をうばうドリームボックスのスイッチを入れなくてはならないのです。


 カラスがわたしに言った通りでした。動物のことだから、人間とは違うからとしたことの帳尻ちょうじりの埋め合わせは、別の人間がすることになるだけなのです。


 そして、動物を捨てるのも人間ならば、その動物たちを何とかして救おうとしてくれるのも人間でした。


 秋川さんが、ドリームボックスの前で流した涙が、落ち葉のわたしから、小犬だった時のわたしの恨みつらみを洗い流してくれました。

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