ほこり
秋川さんの前には、冷たい銀色の箱がありました。ドリームボックスです。
秋川さんの目には、涙が浮かんでいました。
秋川さんは、名札入れから、わたしを出しました。
「魔法の葉っぱさん。世間では、ドリームボックスって言われているこの処分機を、ここから、消してくださいな」
そう言って、秋川さんは、虫食いの穴をのぞきました。
わたしも、できるなら、この冷たい金属の箱を消してしまいたいと思いました。でも、悲しいことに、わたしはただの落ち葉であって、魔法の葉っぱではないのです。
秋川さんは、深く、ため息をつきました。そして、小さな声で、言いました。
「処分機のスイッチを押したことのある手はね、どれだけ洗っても、もう、手の汚れは落ちないのよ」
秋川さんのほおを、大粒の涙が伝いました。
「助かる命と助からない命を選ぶなんて、そんなことできる資格なんて、誰にもないのにね。それなのに、私は選ばなければならないの。センターで受け入れることのできる動物の数は、限りがある。そうなると、里親さんが見つからない子から、この箱に入れなければならなくなる。そういう子は、どこにも行く場所がなくて、センターでしか生きていけないのに……。その子たちをここで守ってあげたいのに……。私は、動物が好きで、動物の命を助けたくて、獣医師になったのにね、それなのに……」
「アキちゃん、だから、がんばりましょうよ!」診察室から出てきた白崎さんが、秋川さんの肩をポンとたたきました。「今年は、これ、一度しか動かしてないんだもの!わたしたち、がんばっている!魔法なんてあてにならないものにたよらず、わたしたちで、この処分機をなくすのよ!」
ドリームボックスの上には、
秋川さんは、首を横に振りました。
「数じゃないわ。一つ一つの命は、かけがえのないそれぞれの命。消えた命は、もう、戻ってこない」
「だから、これ以上、命を犠牲にしないために、頑張らなきゃ! メソメソしてるヒマがあるんなら、まず赤ちゃん猫たちのお世話よ! まだ目のあかない子たちが、今日もまた六頭、やってくるらしいから! 生きようとしている子たちの命を、何としてでも、救うのよ! おセンチなお姫様なんて、けっとばしちゃいなさい!」
秋川さんは、涙をぬぐいながら、ちょっと、笑いました。
「シーちゃん、だんだん、課長の言い方に似てきたわね」
「やーだ、やめてよ、アキちゃん!」
「何がイヤなんだ、白崎さん。わたしに似てきたのなら、喜ばしいことなんじゃないのかい」
「キャッ、課長!」
秋川さんと白崎さんの後ろには、いつの間にか二人の上司の職員さんが、赤ちゃん猫を両手に4頭かかえて立っていました。
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