第十八話 真実を聞かされても尚

返璧たまがえしの里”…か。これもまた、名詮自性みょうせんじしょう(=名はそのものの本性を表すという意味と関係しているのかな…?

赤岩一角の亡霊から息子である角太郎の話を聞いた私達は、庚申山の麓に位置する返壁の里にあるという、彼らの草庵に到達していた。そこへ向かう途中、私はこの里の名称について考え事をしていたのである。

「しかし、現八殿とまたこうして相見える事となろうとは…」

私達は、角太郎の草庵に到達した。

どうやら、現八と彼が知り合いだったらしく、信乃も一緒になって3人で語り合っていた。私はというと―――――――

雛衣ひなきぬさん!…これをあちらへ持っていけばいいですか?」

「ええ…。お願い致します」

私は台所で、角太郎さんの妻・雛衣さんの手伝いをしていた。

彼女は妊娠している関係でお腹がいくらか膨れているため、家事がやりづらいだろうと考えての行動である。

 見たかんじ、私と大して年齢としが離れていなそうなのに…。雛衣さん、もう「お母さん」みたいな表情かおしているなぁ…

私は作業をする彼女を見て、そんな事を考えながら感心していた。

「狭子殿は何故、男子の格好で旅をされているのですか…?」

「へ…?」

料理の途中、手を動かしながら雛衣さんが私に話しかけてくる。

 何故…って言っても…

私はどう返答するべきか迷う。

「…女の一人旅は、何かと物騒だから…かな。それに、この格好の方が動きやすいからだと思います…」

「そうですか…」

私の返答を聞いた彼女は、少しの間だけ黙り込む。

「雛衣さん…?」

私が彼女の顔を覗き込もうとすると、考え事をしていたのかすぐに我に返る。

「…いえ。私はこの下野国を離れた事がない故に、外の世界は如何なる物が存在するのか…そのように考えていたんです」

私は、この時見せた表情を見て、少し落ち込んでいるような気がしてきた。

そのため、何か違う話題はないかと考え始める。

「そうそう!私は今、18なんですけど、雛衣さんはおいくつですか?見た所、私と大して差はないと見受けられますけど…」

私は慣れない昔の話し方で、彼女に問いかけてみる。

すると、彼女は20歳だとこっそり教えてくれた。

「…じゃあ、私よりも年長者なんですね!」

「ええ…まぁ…」

おそらく、雛衣さんは、なぜ私が自分の年齢を尋ねるのか不思議に思っていたに違いない。

現代では女性の年齢を聞くのはあまりよろしくないが、戦国時代ここではあまり関係ない。それもあって尋ねてみたのだが…

「だったら、私に対して敬語は不要ですよ!呼び方だって“狭”で良いですし…!」

私は満面の笑顔で、彼女にそう伝える。

 …元々、おとなしい性格なのかもしれないけど…。やっぱり、この気分が沈んでいる様子は、ストレスによるものなのかも…

この時、私は赤岩一角の亡霊が話していた言葉を思い出していた。

「…礼を申します。狭…殿」

考え事をしていた私の側で、雛衣さんはそっと呟く。

その時、いくらか安堵したような笑顔が顔に浮かんでいた。また、呼び捨てに慣れていないのか、最後の方でやはり“殿”をつけてしまう彼女に、私は微笑ましく感じながら作業を進めていった。


「…して、現八殿。わたしに話とは、一体…?」

台所での作業が終わり、私と雛衣さんが信乃達の元へ行くと―――――――大角が、話の本題に入ろうと切り出していた。

それに対して現八は、私や信乃を横目で少し見た後、再び大角の方を見て口を開く。

「角太郎…。心して聞いてほしい」

「何でしょう…?」

平然とした表情かおで答える大角を見た現八は、持っていた風呂敷をその場で広げ始める。

「これは…?」

首を傾げながら見つめる大角の視線の先には、髑髏しゃれこうべを含む、いくつかの骨がある。

これこそ、庚申山を下りる前に3人で拾ってきた赤岩一角の遺骨だ。

「これは、そなたの父上・一角殿じゃ」

「えっ…!!?」

現八の台詞ことばに対し、大角は目を見開いて驚く。

それがしと、現八…。そして、そこにおる狭が一角殿の亡霊とうたのじゃ」

「父上の…?」

大角の問いかけに、黙って頷く信乃。

私は、そんな彼らの会話を見守っていた。

「一角殿は、化け猫を討つために庚申山に入ったのは存じておるはずじゃ。しかし、その場で彼奴に食い殺されて亡くなられた…。今は、その化け猫が一角殿に成り代わり、里で暮らし始めた。…お人が変わられたのも、そのせいであろう…」

現八の話を聞いて、茫然としている大角。しかし…

「現八殿。私の父は、生きております…!何を根拠にそんな事…」

「…違う。そいつは、化け猫なのじゃ…!」

「…いくら現八殿とはいえ、冗談にしては度が過ぎますぞ…!!」

大角の台詞に対し、真剣な表情で話す現八。

そして、苛立ったのか、大角は立ち上がってから声を荒げる。

「お前さん…落ち着いてくださ…」

「お主は黙っていてくれ!!」

心配そうな表情で口を開いた雛衣さんを、一喝してしまう大角。

「雛衣さん…」

夫の威圧に押されて落ち込んでしまった彼女の側に、私は付き添う。

それを見た大角は、一呼吸ついてから口を開く。おそらく、怒りを自分で押さえつけようとしたのであろう。

「確かに、父上は変わられた…。娼婦のような後妻を迎え、わたしや雛衣への振る舞いも、大分違う…。でも、父が化け猫なんて…。喰われて死んだなんて…!!」

苦しそうな表情で言い放つ大角は、とても信じられないような瞳を宿していた。

 …この時代の人とて、亡霊が姿を現すなんて話を簡単には信じないよね…。それに、古今の書物に精通し、頭も良い大角このひとでは、余計に…

私は、いかにも現実主義的な考えを持つ大角を見つめながら、そんな事を考えていた。

「今いる一角は偽物だ」と言い張る現八と、「父は生きている」と言い張る大角。双方、譲る事なく埒が明かなくなっていたその時であった。

「角太郎!!!おるか?」

草庵の外から、中年男性の声が響いてくる。

「はいはい!今、出ます…!」

声に気が付いた雛衣さんが、戸の方へと歩き出していく。

そして、数分後――――――雛衣さんが複雑そうな表情かおをしながら連れてきたのは、大角の父・赤岩一角と、その妻・船虫ふなむしであった。一角の左目には、眼帯の代わりとして、布がまかれていた。

 左目に怪我をしている…。あれが現八の射た矢によるものだとしたら、やはりこのおじさんは…

私は、偽一角の左目を見つめながら、この中年男性が化け猫である事を確信する。これはおそらく、信乃や現八も同じことを考えたであろう。一方、原作では数々の悪事を働く女性・船虫は、いかにも悪役のような厚めな化粧と妖しげな雰囲気を持ち、雅な小袖を身に着けている。それを見て、“贅沢好き”という言葉が浮かんできた狭子であった。



「父上…。目を如何されたのですか…?」

左目の怪我が気になった大角は、心配そうな表情で父親を見つめる。

「弓の稽古をしておったのだが…下手くそな矢が当たったのじゃ!」

それに対し、一角の姿をした化け猫は現八の顔を横目で一瞥してから、嫌味っぽい口調で言い放つ。

私はこの時、現八の眉が少しだけ動いたのを横目で垣間見ていた。

 この言い方…絶対、本物と違って性格悪いよ…!!

一角の鼻につくような言い回しに、私も少しだけ苛立ちを感じていた。


その後、彼ら4人で話があるらしく、私・信乃・現八の3人は一旦外に退散していた。

「どうすれば、信じてもらえるのかなぁ…」

大角の草庵を出てから、私は思わず呟く。

「…信じたくはないのであろう」

「現八…?」

私の呟きに答える現八。

「わしらの話を信じたら、父を永遠に失ってしまう…。故に、事実を受け入れられないのであろうな」

「親を失う事は…つらい事だからな…」

そう呟く現八や信乃は、どこか遠くの方を見つめていた。

「……ごめん」

この時、私は何だか申し訳ないような気分に陥る。

一方で、信乃や現八は私の第一声に驚いていた。

「狭…?」

「2人も、親を早くに亡くしているんだもんね…。なのに、私…すごい無神経だったかも…」

私が知る限り、信乃は大塚村で父・番作の最期を看取り、現八は天涯孤独の身である。

それを知っていたのに、つらい過去を思い出させた私は、自分が恥ずかしかった。

恥ずかしさの余り、俯いてしまう狭子。そんな私を見かねた現八が、私の頭を優しく撫でる。

「…現八?」

私は、不思議そうな表情かおをしながら、彼を見上げる。

普段は堅い表情ばかりの現八が、この時は少し柔らかく優しげになっているような気がした。

「狭が気に病む事はない。…それだけ、お主は恵まれた時代で生まれ育ったという事じゃ…」

「うん…」

彼の思いがけない優しさに、私の瞳は潤む。

鼻で息を吸い、鼻水を止める。そして、いつもの雰囲気に戻った直後――――私は、ふと雛衣さんの顔が思い浮かぶ。

「あ…!!!」

この時、私の表情が見る見る青ざめる。

 妊娠した雛衣さん…。船虫を連れた、偽物の一角…。そうだ…!!!

大事な事を思いだした私は、大角の草庵へ戻ろうとする。

「落ち着け、狭!!…如何した!?」

一人で突っ走りそうだった私の腕を掴み、引き止める信乃。

私は、息を荒げながら口を開く。

「“一家だけで話がある”っていう一角さんの言葉で思い出したの!!このままでは…このままでは、雛衣さんの命が危ない…!!」

「何だって!!?」

私の台詞を聞いて、2人の表情が一変する。

その後、信乃の腕から逃れた私は走り出し…その後を信乃や現八も追う事となる。



「雛衣さん…!!!」

先陣を切って走っていた私は、ノックもせずに草庵の戸を開く。

「なっ…!!?」

私がその場に乱入してきた事で、偽物の一角と妻の船虫。そして、大角が目を見開いて驚いていた。

そして、その床では、二の腕から血を流している雛衣さんの姿がある。

「雛衣さん!!大丈夫…!?」

私は、一角達に目も暮れず、雛衣さんの側へ走り寄る。

そして、立ちふさがるようにして、彼女の前に座り込む。

「お主…何者じゃ?」

物凄い形相で私を睨む船虫。

顔は笑っていたが、その表情は狂気に満ちていた。また、彼女の右手には血のついた小太刀がある。

そんな私達の様子を、茫然としながら見つめる大角。

「一角さんだっけ…?貴方、自分の目を治すために…雛衣さんの心臓と、腹の中にいる赤子の肝を繰り出せと申したのでしょう!!?」

「…何故、それを…!?」

鋭い視線で私に睨みつけられた上に、真実を言い当てられた偽一角は、少しだけひるんでいた。

「狭…!!!」

その後、私の後を追ってきた信乃と現八が乱入してくる。

茫然している大角や、床に座り込んでいる雛衣さんの状態を見た彼らは、目を見開いて驚く。

「これは…!」

彼ら2人の存在を確認した私は、大角の方を見つめる。

「…角太郎さん。いくら己の目を治すためとはいえ…息子の妻が持つ心臓や、孫となる赤子の肝を繰り出せなんて言う親が、どこにいると思います…!?」

私の叫びに、大角はうつむいているため、何も答えない。

この時、私の視界からは見えなかったが、その事実を知って驚く信乃の姿があった。

状況を察した現八は、骨が入った風呂敷を持ち出して大角の側へ駆け寄る。

「角太郎。この残骸をわしらに託したのは、紛れもない赤岩殿の亡霊…。そなたの父は、死んだ今でもお前を案じ…涙を流されておったのじゃ…!」

静かに語る現八だが、そこには強い想いが込められているのが伝わってくる。

「戯けた事を申すな…!」

人を小馬鹿にするような口調で、偽の一角は言い放つ。

「角太郎さん…。目を覚まして…!」

そんな化け猫に目も暮れず、私は“真実を見極めて”と心の中で叫ぶ。

「なるほど…。これは確かに、人間のする所業ではないな…!」

ようやく、状況を理解した信乃の声が周囲に響き渡る。

そして、彼の指は偽一角の方へ向く。

「狭の申す通りならば、間違いない。こいつは化け猫じゃ…!!!」

偽一角を指さしながら、信乃が断言する。

その口調に、偽一角が憤りを感じたのは言うまでもない。彼の台詞に反応した角太郎は、ようやく身を起こし、父親を正面から見つめる。

「父上を……喰ったのか…!?」

大角は、真っ直ぐなで偽一角を見つめる。

そのを見た化け猫は、次第に余裕の笑みが消えていく。

「お前が…父上を…!?」

少し緊張した声で、大角は問いかける。

その後、数秒ほどの沈黙が私達の間で流れる。しかし、真実を見抜かれ諦めたのか――――――――――偽一角の表情が一変する。

「そうよ…!そこの餓鬼がきが申す通り…」

「!!!」

偽一角は、私を顎で指しながら話を続ける。

また、この第一声を聞いた大角が物凄く驚いていた。

「年寄の肉は不味かったが…骨の隅々まで、食らいつくしてやったわ!!!!」

「っ…!!?」

狂気に満ちた表情かおで、化け猫は言い放つ。

真実を知らされた大角は、言葉を失っていた。そして、私達3人も無念そうな表情でうつむいていたのである。

その直後、鞘から刀を抜く音を聞いた私は、我に返る。気が付くと、刀を抜いた偽一角が、大角に襲いかかろうとした瞬間ときであった。

「大角さ…!!」

その状態に私は気が付いたが、身体が思うように対応できず、動きに遅れが出てしまう。

それは信乃や現八も同様で、彼らも偽一角がそのような暴挙に出るとは予想だにしていなかったであろう。しかし――――――

「あああっ!!!!」

気が付くと、大角と偽一角の間に、雛衣さんが割って入っていた。

夫の危機にいち早く気が付き、偽一角に背を向ける形で立ちふさがる雛衣さん。それと同時に、刀が人を斬る鈍い音が草庵中に響き渡る。

背中を斬られた雛衣さんは、床に崩れ落ちる。それと同時に…彼女の身体から、蒼い水晶玉が飛び出すのであった―――――――――

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