第十九話 仇討ちと女同士の戦い
「
「雛衣っ!!!」
床に崩れ落ちた雛衣さんを見た私と大角は、彼女の側へ駆けつける。
私が彼女を抱き起こし、その側で大角が物凄く青ざめた
「雛衣…!!大事ないか!!?」
「ふん!小娘が邪魔をしおって…」
涙ながらに叫ぶ大角。
一方で、斬りつけてきた偽一角は、私達を見下ろしながら舌打ちをしていた。
「兎に角…兎に角、止血しなきゃ…!!」
血を見て気が動転し始めた私は、何とか応急処置をしようとその辺りにある紙を傷口にあて、止血しようとしていた。
幸い、傷は急所には届いていないため、命に別状はなさそうだ。
あれ…?この玉…
雛衣さんを落ち着かせた私は、床に転がっている水晶玉を発見する。
「おのれ…。よくも、妻を…!」
偽一角の本性を目の当たりにし、ようやく目の前にいるのが父親ではないと確信した大角。
彼は、部屋の隅にたてかけてあった脇差を、鞘から抜いて構える。
「正体を見せろ、化け物…!!」
「…ふん!!仮にも、そなたの父であるこのわしに…刃を向けるというのか?」
「黙れっ!!!これ以上、父上を侮辱すると許さんぞ…!!」
刀を構えたまま、大角は偽の父親を睨みつける。
しかし、口先とは裏腹に、腕がわずかに震えているのがよくわかる。相手が化け猫とはいえ、流石の大角も父の姿をした“それ”に刃を向けるのには、いくらかためらいがあるように見られる。信乃や現八も刀を構え、両者が緊張状態になっていた時だった。
「さっさと…さっさと、あんたが正体を見せなさいよ…!!」
そう叫んだ私は、床に転がっていた蒼い水晶玉を、偽一角に目がけて投げる。
この玉が、私の知る“あれ”ならば、きっと…!
願うような気持ちで、玉を投げつける狭子。私の手から放たれた瞬間、水晶玉は蒼き光を放ち始めていた。
「ぐっ!!?」
私が投げた玉は、偽一角のおでこに激突する。
「く…ぐぁぁぁぁっ!!!」
刀をその場に落とした偽一角は、おでこを抑えながらうめき声をあげる。
その後に痛みで暴れだし、周囲に積みあがっている書物を片っ端から倒していた。声と動きからして、今の一撃は相当痛かったのだろう。苦しむ偽一角を見て、私は投げつけた玉が犬士の証である水晶玉だと確信する。
そうして偽一角は、床に倒れた後…その場で這いつくばりながら、こちらを睨みつけてくる。
「この…
その視線と殺気は、完全に私の方を向いていた。
すると、壁が壊れるような音が周囲に響く。
「…!!!」
偽一角の顔色が肌色から黒に変貌し、化け猫は正体を現したのである。
その様子を見ていた大角は言葉を失っていた。しかし、その表情はすぐに真剣なものへと変化する。
「物の怪め…許せぬ…。よくも父上を…!」
そう言い放った大角は、刀を振り上げる。
化け猫は威嚇するかのように一声鳴く。現八に左目を射抜かれているため、片方の瞳が大角を捉える。そうして、彼が刀を振り下ろそうとしたその瞬間…
「うっ…!!!」
化け猫が大角目がけて突進したため、その勢いに押されて彼は壁の方に飛ばされる。
そして、物凄い音と共に、側にあった書物などが床に次々と落ちる。その後、現八や信乃が、目にも止まらぬ速さで刀を振るうが…その攻撃を見事に避け、化け猫は天井に逃げる。
「雛衣さん…しっかりして…!」
犬士達が化け猫と対峙していた頃、私は負傷した雛衣さんをおぶって台所に移動していた。
「!!!」
彼女を床に下した後、私が上を見上げると…そこには偽一角の後妻・
その
「…さっさと、その女の心臓と子供の肝を頂戴な」
「なんですって!!?」
私達を見下ろす船虫。
その台詞が癪に障った私は、鋭い目線で睨みつける。
「貴女は、普通の人間でしょ!!?何故、あんな化け猫に従っているの!!?」
私は雛衣さんの前に立ちふさがる形で座り込み、船虫を睨みつける。
平成の世で育った私にとって、この
「…ふん。夫が何者であろうが、私には関わりのないこと。…ただ、その女の心臓と息子の肝を差し出せば…またきらびやかな衣を身に着けられ、美味しい飯を食べさせてくれる…。それを叶えたいだけさ…!」
そんな事のために…!!?
私はこの時、心底そう思えた。生きるためなら致し方ないと言っているように聞こえるが、だからと言って無関係な人間の命を奪っていいはずなんてない――――――私はそんな想いを胸に、立ち上がる。
「来るなら来なさい、阿婆擦れ!!その性根の腐った根性…叩き直してあげるわ…!!!」
この時、私は不思議と力がみなぎってくるような感覚がした。
…今まで、人間離れした相手ばかりだったけど…女性であるこの人なら…!
小太刀を持っているとはいえ、この
「くっ!!」
すると、あちらは何も言わずに小太刀を振り回してきた。
それを両手で受け止める狭子。小太刀の刃先は少しずつ私へと迫り、狭子の目と鼻の先に見られる。あと一押しで刺さってしまうくらいに――――
「舐めんじゃ…ないわよっ!!!」
矛先が瞳のすぐ近くまで迫る中で私は右足を上げ、足の裏を使って船虫を蹴り飛ばす。
「ぐあっ…!」
私の蹴りが強かったのか、それとも彼女の身体が軽かったせいかは解らないが、私の脚で腹部に一撃が加わった船虫は、壁の方まで吹っ飛んでしまう。
…もしや、あばらにヒビ入っちゃったかも…?
思いのほか吹っ飛んでしまった敵を見て、私は少しやりすぎたかなと考えていた。
その後、近くにあった布で船虫の腕を縛って口も同じようにして塞いだ後、草庵の入口付近にある柱にしばりつけた。
ホッと一息ついた私は、すぐさま犬士達の様子を見に行く。すると―――――
「あ…!」
私が彼らの元へたどり着いたのとほぼ同時に、刀で何かが斬れる音が響き渡ってくる。
気が付くと、彼らの中心には大角が存在し…彼の周りには黒い塵のようなモノが舞っていた。
「もしかして…」
私がポツリと呟くや否や…大角は自分が進みだしてきた方角へと向き直り、真二つになったそれを見つめていた。
その華麗な出で立ちは、幼少より武芸を習っていた大角ならではのものである。そして、真二つになった塵のようなものが、猫の形に見えた事から…私は化け猫を倒したのだと確信する。しかし―――――――――
「父上…」
化け猫を倒した大角は、脇差をその場に落とした直後、現八が持ってきた骨の近くへ歩み寄り、その場に座り込む。
彼は震える手で、その骨をすくいあげる。
「どんなに…どんなに…無念であった事か…!!」
父親の骨を握りしめながら呟く大角の瞳には、大粒の涙が流れていた。
大角さん…
そのあまりにせつなそうな表情を見た私は、自分の事のように目頭が熱くなった。しかし、「人前で泣きたくない」と思っていたのか、歯を食いしばって涙を流さないようにしている自分の姿があった。
「うぅ…ぅ…」
一方で大角は、小さなうめき声をあげながら泣いていた。
しかし、ひとしきり泣いた後――――――私や信乃達の方を向き直して口を開く。
「…疑ったりして、申し訳なかった…!!許していただきたい!!!」
なんと、大角は私達に向かって土下座をしたのである。
それを見た信乃や現八は、刀を鞘に納めながら苦い表情を見せる。
「…頭をあげろ、角太郎」
「しかし…!!!」
頭を上げるよう促す現八に対し、大角は土下座の体勢を崩さない。
それを見かねた信乃が、床に転がっている蒼い水晶玉を拾って、彼の元へ行く。
「角太郎殿には、俺たち兄弟がついている…。これが、その証じゃ…」
静かな口調で語る信乃は、大角に「礼」の文字が浮き出た水晶玉を渡す。
その直後、自身の懐から「孝」の字が出る玉を取り出して、彼に見せた。
「これは…」
玉を受け取った大角は、両手にそれを持ちながら、まじまじと見つめる。
「それは…雛衣さんの身体から出てきた玉です…」
信乃が発した言葉の補足をするような形で、私は大角に向かって口を開く。
そうして、私は彼の目の前まで歩いてきた後、その場でしゃがみこむ。
「大角さん…。謝罪したいという想いは、どうか奥さんに…。それと、身を挺して夫をかばうなんて、誰でもできる事ではないと思います。だから…雛衣さんの事、誰よりも大切にしてあげてください…!」
恋愛経験の薄い私が言えるような台詞ではないかもしれないが――――「愛されたい」と思う女性心理は、少なくとも信乃達よりはわかっているはず…
そんな想いを胸に抱きながら、私は大角さんを諭す。すると、彼の視線は台所付近で眠りについている雛衣さんの方へ向く。
「…かたじけない」
顔が涙で濡れていた大角さんは、何とか無事だった妻の表情を見て安堵と感謝の気持ちを抱いた笑顔をしていたのである。
こうして、大角は父親の敵を討つ事に成功し…私にとって最も長いと思われた一日が、終わろうとしているのであった―――――――――
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