■第17話 コスプレの理由

 目の前に突きつけられた、思いがけない真実。ここ最近はいろいろなことに驚かされてきたが、特に今回はその中でも別格だった。


 手が届かないと思っていた高嶺の花のような人の正体が、毎日顔を合わせる人物だと誰が想像出来るだろう。


 アニメや漫画の世界ではありがちな展開で、主人公てめぇ、なんで気付かないんだよ! といつも心の中ではツッコミを入れていた。見れば分かるだろう、雰囲気で気付くだろう、と。


 しかし、いざ自分がその立場になれば分かる。こんなの神の視点からでも見ない限り不可能に近い。


 主人公ゆえの鈍感さ? 観察眼の鈍さ? そんな理由で気が付けない筈がない。彼女をよく知る俺であれば、本来すぐに気が付ける自信はある。


 では、何故俺は彼女の正体に気が付くことが出来なかったか。


 顔や声は、正体を知ってさえいれば、いや疑いを持つことさえ出来れば確かに気が付ける部分かもしれない。しかし、顔はコスプレイヤーさながらの化粧で雰囲気が変わり、髪の色や髪型、服装までも本来の彼女とは全く異なっている。


 そして彼女はこういうイベントに自ら参加するような性格ではなく、ましてや主役の一人として出演するなどとは、楓以上にあり得ない。


 通常では考えられる範疇にない、想定外の事象については気付ける筈がないというわけだ。


 普段いつも一緒にいる俺にも思慮が及ばず、それでいながら今現実に目の前にいるサクラちゃんの正体。それは、俺が知らず知らずの内にサクラちゃんを通してその姿に面影を重ねていた幼馴染み、桜美奈だった。


 今になってやっと正体に気付いた俺は、美奈と知った瞬間から開いた口が塞がらず、倒れた状態のままでただ呆然としていた。


「お兄ちゃん? お兄ちゃーん?」


 楓が目の前で手を振りながら俺に呼びかけるが、その手や声に俺は全く気付けない。それほど目の前で繰り広げられた想定外の真実によって、呆気に取られてしまっていたらしい。


「お兄ちゃんってば!」


 痺れを切らし、楓は俺の体を揺らして大声で呼びかける。そこまでされて、俺はようやく楓に呼ばれていることに気が付いた。


「やーっと気が付いた。他の人達に注目される前に起き上がって、お兄ちゃん」


 楓に言われるがままに上体を起こし、そのまま立ち上がろうとした。しかし体に力が入らず、思うように立ち上がることが出来ない。


 どうやら、驚きのあまりに腰が抜けてしまったようだ。腰なんか抜かさないと意気込んだばかりなのに、なんと不甲斐ない……


「まさか本当に腰抜かすとは思わなかったよ……あーあ、言わんこっちゃない。ほら、あたしにつかまって」


 楓がしゃがみ込み、俺の腕を肩に回して俺を立ち上がらせる。大の男が小さい女の子の肩に掴まりながら立ち上がるなど、端から見ればカッコ悪いことこの上ない。


「よいしょっと。これでお兄ちゃんのほうは大丈夫かな。次は――」


 そんな不恰好丸出しの俺に対してサクラちゃん、いや、美奈の方はというと、こちらも落ち着きをなくし、そわそわし始めていた。


 俺と楓の様子がおかしいことにやっと気が付いたのだろう。胸元を隠していた手をゆっくり頭へと持っていきつつ、キョロキョロと辺りを見回し始めた。


 手の感触で髪の感触を確認すると同時、床に落ちている紫髪を見つけ、ウィッグがとれていることを確認した美奈。みるみるうちに顔が焼けてしまったかのように赤くなり、そしてまるで氷のように固まってしまった。


「美奈ちゃんまで!? もう、しょうがないなー」


 立ち上がらせた俺をおいて、楓は次に美奈に駆け寄った。そしてまだ他の人に見られていないこの隙に、楓は固まったままの美奈に紫髪のウィッグをかぶせて元の紫桜というキャラクターの外見へと戻す。


「ふーっ。あぶないあぶない」


 汗を拭う仕草をして事なきを得たかのように安堵する楓。ここまでを見れば、一人だけこの状況に柔軟に対応出来ている妹が今回の一件の黒幕であろうことは、火を見るよりも明らかだった。


「これは一体どういうことなんだ、楓!」


 状況が全く解せない俺は説明を求め、楓に向かって声を荒げた。楓は一瞬ぴくりとしたが、美奈の方を向いたままで何も言わない。


 その反応を見て、女の子を怖がらせてしまうような大声を出してしまったのではないかと感じた俺は、自分の言葉を取り繕いもう一度楓へと問いかける。


「わ、悪い。ちょっと大きい声を出しすぎた。怒ってるわけじゃないんだ。だから、この状況がいったいどういうことなのか教えてくれないか、楓」


 優しく言い直したつもりだが、なかなかこちらを向こうとしない。しかし少し経った後、楓は俺に背を向けながらゆっくりと立ち上がり、やっと俺に対して口を開いた。


「ここでばらす予定じゃなかったけど、こうなっちゃ仕方ない」


 楓は背を向けたまま、まるで推理アニメの真犯人のような意味深なセリフを吐いた。そして勢いよく俺の方へと振り返り、決めポーズを取った。


「何を隠そう、サクラちゃんとは美奈ちゃんがコスプレした姿だったのだー!」

「…………」

「…………」


 楓の暴露? に何も言えず、二人の間を沈黙が支配する。


 俺は呆れてものも言えない状態、楓はどうやらツッコミ待ちのようだ。さっきこいつに気をつかった俺は馬鹿だったと、この時正直思った。


「そんなことはもう分かってる!」

「へー。サクラちゃんの画像を何枚も集めて写真集まで作ってるのに、全く気付かなかったのはどこの誰だっけ?」

「ほ、本人目の前にしてそんなこと言わなくてもいいだろ! 俺が聞きたいのは、何で美奈がコスプレしてこんなところにいるのかってことだよ!」


 ツッコミ待ちでニヤニヤしている楓に耐えきれず、またしても俺は楓に大声で怒鳴った。


 さっきの大声の際も全く怖いなどとは思っておらず、ただ雰囲気を作りたかっただけなのだろう。今回は澄まし顔であっさりと説明を始める。


「それはね、美奈ちゃんがお兄ちゃんとのやく――」

「あー! あー! あー!」


 やっと事情を説明する気になったかと思いきや、今度は今まで固まっていた美奈が楓の口を慌てて塞ぎ、声を上げながら言葉を遮った。


「美奈?」


 美奈は未だに顔を赤くしたまま、いや、先程よりも顔を赤くし、楓の言葉を遮った言い訳を始める。


「こ、これはね? あのー、そのー……」


 いつもは冷静沈着な美奈が、明らかに動揺しながら一生懸命に言い訳を探しているのが分かる。普段見ることのない美奈の慌てる姿は、はっきり言って新鮮だ。


「やく? やくって何だ?」

「だから……そう! 役作りの練習なの!」


 それ、絶対今考えたよな? それだと、お兄ちゃんとの、っていう部分がおかしくなるだろ……将来的に二人で演劇をする予定でもあれば分かるが、もちろんそんなものはないし。


 それにしても、美奈が慌てるとここまで分かりやすくなるとは思わなかった。言いにくい理由なのかもしれないし、珍しく必死になって言い訳している美奈を、自分の都合だけで追求するのも悪い気がする。


 俺は仕方なく、嘘に気付かないふりをすることにして話を続けることにした。


「役作り?」

「美奈ちゃんはね、このジョイパラの店長にスカウトされたんだよ」


 あたふたとしている美奈の代わりに楓が答えた。コスプレの件にも楓が一枚かんでいるのかと少し不安に思いつつ、話の続きに耳を傾ける。


「そ、そうなのよ! ここの店長にスカウトされて、私ここで専属コスプレイヤーっていう体で働かせてもらってるの」


 ここで美奈がさらに嘘を言うとは思えないが、楓から始まった話にどうにもキナ臭さを感じ、疑わしげな表情で二人を見た。


「美奈ちゃん、こりゃ全然信じてない顔だよ」


 さすが楓。お前にはお兄ちゃんエスパーの称号を授けよう。


「ほんとよ柊! イベント告知の看板見たでしょ? 私、このお店の専属コスプレイヤーってなってたと思うんだけど」

「確かにそう書いてあったけど……美奈の性格的に、コスプレだとかゲームセンターだとかって、あまりピンとこないんだよな」


 楓がここにいる理由はなんとなく理解出来るが、普段からバイトやお見舞いで忙しい美奈がジョイパラに通っているとはどうしても思えない。


「それはね、主にあたしが理由かな」


 やはりお前が絡んでいるのか……本当に人騒がせな妹だ。


「女の子同士いろいろ付き合いがあるんだけどさ。あたしがここに来るようになって以降、美奈ちゃんと買い物ついでに寄った時の話ね」

「ふむふむ」

「ある日、あたしがセイントハートやってるところを美奈ちゃんが後ろで見てたんだけど、そこを偶然通りかかった店長が、美奈ちゃんのことを一目で気に入っちゃったの」


 なん……だと? もしかして、俺の美奈がいつの間にか知らない奴の毒牙にかかろうとしている?


「気に入ったって……男女の関係的な話か!? それはダメだ! なんせ美奈は俺の――」


 美奈を俺から奪おうとする奴がいるということに直情的になった俺は、話の腰を折って楓に食い掛かった。


「ちょっ……お兄ちゃん!?」

「何勘違いしてるの柊!? 私とここの店長さんじゃ歳の差がありすぎるし、そもそも私が初対面の人といきなりそんな関係になんかなるはずないわ!」


 すぐさま美奈が注釈を入れてきた。どうやら俺は、おもいっきり勘違いをしてしまったらしい。


「そうそう。ここの店長、もうすぐ定年くらいの人だしね」

「そ、そうなのか。すまん」


 よかった……美奈に彼氏が出来たかと思って本気で焦ってしまった。


 それにしても美奈に関する恋愛話でいきなり食い掛かるとか、俺が勝手に美奈の彼氏を気取ったみたいで、今になってすげー恥ずかしくなってきた。この俺の心理が美奈に気付かれていないといいが……


「で、お兄ちゃん。美奈は俺の――の先は?」

「う、うるせえ! 黙ってろ!」


 楓が小声でちょっかいをかけてくる。ほんと、この妹は余計なことばっかり目ざとい。


「それで? 結局役作りって何なんだよ?」

「そりゃ、コスプレのキャラの役作りだよ」


 美奈に聞いたつもりだったが、何故かまた楓が代わりに答えた。


「話を戻すと、美奈ちゃんが気に入られたのはセイントハートの人気キャラクター、紫桜(しおう)に似ていたからなの」

「紫桜って、そのコスチュームのキャラクターだよな?」

「そうそう。それで店長が美奈ちゃんを専属コスプレイヤーとして雇いたいってスカウトしたわけ」


 ゲームセンターでコスプレさせる目的で人を雇うとか、全然聞いたことないぞ? このゲームセンターがそれなりに儲かっていて余裕があるのか、それともただの店長の趣味なのか……


「私も生活のことを考えると、やっぱりGEGESAGOの収入だけじゃつらい部分もあったから。提示してくれた条件も良かったし、そのままOKしたの」


 桜家の事情を知っているだけに、生活を引き合いに出されるとさすがに何も言えない。


 まあ、美奈自身がいいって言うなら俺に止める権利はないが……それにしたって美奈が見世物のようになるのは、俺としてはいい気がしない。


「だから役作り。まだまだ紫桜のことが分かっていないし、こういうイベントに出て少しでも紫桜になりきる練習をしないと、お金もらってるのにただこの服着て立ってるだけじゃ申し訳なくて……」

「まったく、店長はコスプレしてただいてくれるだけでいいって言ってたのに。そういうところ、昔のおままごとやってた頃から変わってないね、美奈ちゃんは」


 サクラとして活動し始めたのは、俺の知るように本当に最近なのだろう。楓の言う通り、美奈の性格を考えたらコスプレを仕事と捉えて真面目に取り組むだろうし、今はこういう、本来コスプレをする必要のないイベントで、コスプレしながら働くのも仕方ないのかもしれない。


 こうなると何を言っても無駄だということは、俺がよく分かっている。美奈が俺以外の男の見世物になるのは癪だが、それなら俺は俺で出来ることをするしかない。


「分かったよ、美奈。でも、もし何か変なことがあったらすぐに呼んでくれ」

「変なこと?」

「ほらその、ストーカーとかナンパまがいのこととか……」

「何それお兄ちゃん。いきなり美奈ちゃんのナイト気取り?」

「う、うるせえ! そんなんじゃねえよ! 俺はたた美奈が心配になっただけで――」

「はいはい、ごちそうさま~」

 

 楓の奴、明らかに俺をからかって楽しんでやがる……


「ありがとう、柊。ないとは思うけれど、もしもの時は頼りにさせてもらうわ」

「美奈……」


 兄妹で茶化しあう雰囲気になっても、からかわずに真面目に言葉を受け取ってくれるなんて、美奈はなんて優しいんだろう。楓に美奈の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよまったく……


「美奈ちゃん、お兄ちゃんに襲われそうになったらあたしを呼んでね」

「楓! お前いい加減にしやがれ!」


 せっかく美奈といい雰囲気になれるかもと思ったのに、またしても楓に茶々を入れられ台無しになる。俺はとうとう怒りを抑えきれず、楓を追いかけ回した。


「待てこらー!」

「やだよーだ~」

「フフフ」


 笑いながら逃げ惑う楓を追いかける俺。それを見て笑っている美奈。


 美奈の父親が亡くなって以降に三人で楽しく遊ぶなんてことがなかったせいか、楓を追いかけ回している間に次第に怒りも忘れ、いつしか久々に三人で遊んでいるように感じた今がとても心地よく思えた。



「はあ……はあ……」

「それでお兄ちゃん、改めて大会の話なんだけど――」


 楓、お前なんでこれだけ走って息ひとつ切らしてないんだよ……化け物か?


「美奈ちゃんのこともあったから念のため確認なんだけど、あたしのイベントチームは、あたしと美奈ちゃんとお兄ちゃんの三人。大丈夫だよね?」

「あ、ああ。俺は構わないが、俺の実力なんてしょぼいもんだぞ? 美奈はそれでもいいのか?」

「私は別に構わないわ。私だって強くないし、お仕事としてここにいるだけで優勝目指したりとかもしてないから」

「いいのいいの! お兄ちゃんのその弱い力が欲しいんじゃなくて、三人チームの一人として参加してくれればいいだけだから!」


 弱いとか、思ってても本人の前で言うなよ……いくら俺でも傷つくハートぐらい持ってんだからな。


「先鋒が美奈ちゃん、中堅があたし、大将がお兄ちゃん。まあ、あたしと美奈ちゃんで全部勝つから安心していいよ」

「すげー自信だなお前。っていうか、もしかして美奈も結構上手かったりするのか?」

「さっきも言った通り、私はそんなに強くないわ。コスプレついでにプレイさせられることがあるくらいで、そんなに経験もあるわけじゃないから……」

「もー美奈ちゃんったら謙遜しちゃって。店長も筋がいいって言ってたよ? あたしの見込みでは、少なくともお兄ちゃんとは比べものにならないくらいに強いと思うんだけどなー」

「いちいち一言余計なんだよ!」


 昨日の失態の件もあって下手に出ているが、これ以上調子に乗るようなら家に帰って説教が必要だな。それよりも、美奈よりゲームが下手っていうのが地味にへこむぜ……


「本当は野良の人があぶれたら、その人にチームに入ってもらうつもりだったんだけど」

「野良?」

「野良っていうのは、チームじゃなくて個人だけで来てる人。ようするに知らない人だね」


 妹よ、少しは兄の気持ちも察してくれないだろうか。それだと知らない人についてくみたいで、お兄ちゃんちょっと心配だぞ?


「でも、私がさっき参加受付してた時にはチームからあぶれてしまう野良の人はいなかったし、柊がいなかったら参加すること自体難しかったかもしれないわね」

「いやー、保険でお兄ちゃん呼んでおいて正解だったね!」


 保険て言われ方は癪だが、これで昨日の失態がなかったことに出来るならまあ、安いものだと思うことにしよう。


「というわけで、さっきあたしが戻った時のついでにお兄ちゃんの分も既に登録してきたから」

「準備いいな、お前……」


 我が妹ながら本当に抜け目ない。是非そういう才能をもっと世の中や俺の為に発揮してほしいものだ。


「それで、はい。これチーム表ね」


 楓がチーム表とやらを差し出してきた。俺が大会に出ることはないらしいが、一応確認はしておくとしよう。


 えーとイベントチームはっと……あったあった。


 先鋒:サクラ 中堅:メープル 大将:エターナルカオス


「……へ?」

「お兄ちゃんの分の名前はエターナルカオスで登録しといたから」


 エターナルカオス。それは厨二病全盛期の時に俺が使っていた名前だ。


「お前ふざけんなよ! 昔の黒歴史を持ち出すんじゃねえ!」

「あれ? ファイナルイレイザーのほうが良かった?」


 ファイナルイレイザー。それは厨二病全盛期――以下略。


「良くねえよ!」

「プフッ」


 公の場で自分の兄にふざけた名前をつける妹と口論している中、美奈がいきなり吹き出した。


「ファイナルイレイザーって、それ直訳したら最終的な消しゴムじゃない」

「やーめーてーくーれー!」


 二人して俺の黒歴史をネタにするなんて酷すぎだろう。楓ならまだしも、美奈にまで言われると心にくるものがある。


「冗談はこのくらいにして、お兄ちゃんの分も登録しておいたのは本当だから、万が一の時はよろしくね」

「ああ……分かったよ」


 冗談だと言うなら、その登録されている名前だけはなんとかしてくれよ……


 まだ大会が始まってもいないというのに果てしなく疲れた。大会は俺の出る幕もないらしいから、その言葉をおおいに期待させてもらうとしよう。


「それじゃあそろそろ戻りましょうか。トーナメントのくじ引き抽選も始まるみたい」

「そうだね。ほらお兄ちゃん、行くよ!」

「へい……」


 既に疲弊しきった俺は、二人に引きずられるようにイベントスペースに戻る。参加登録と同時進行していた会場の設営も終わったようで、ゲーム筐体が2セット、計4台の筐体がイベントスペース中央に設置されていた。



 イベントスペースに戻り、楓はチーム代表としてトーナメントのくじ引きに向かった。今回のトーナメントに参加するチームは8チームの計24人。3回勝てば優勝となるようだ。


「ただいま~」


 楓がくじ引きから戻ってきた。俺としてはこのようなゲームの大会はもちろん初参加、見たこともないくらいだが、楓はずいぶん慣れた様子で立ち回っている。俺の知らないところで大会に何度も参加しているのかもしれない。


「あたし達は第1試合みたい。相手のチーム名はダークハートだって」

「何だそりゃ? セイントハートってゲームなのに、まるで真逆な名前だな」

「多分ダークサイドキャラを使うチームなんじゃないかな? ちなみにリーンやメープル、紫桜はセイントサイドのキャラだよ」


 聖と闇か。ゲームにはありがちな設定だけど、自分のチーム名にダークとかつけるのは俺だったらちょっと嫌かな。悪者みたいだからっていう理由なだけだけど。


「ところで美奈はどんなキャラを使うんだ?」

「私? 私はコスプレもしてるし、やっぱり紫桜ね」


 それもそうか。せっかくコスプレしているのに別のキャラを使うっていうのも変だもんな。


「紫桜はね、すごくカッコいいんだよ! キャラの中で1位2位を争うくらい人気もあるし。だからっていうのもあって、ここでの美奈ちゃんのコスプレもすごく人気あるんだよ!」


 なるほど、だからここの店長は紫桜に似た美奈をスカウトしたのかもしれない。人気ゲームの人気キャラのコスプレイヤーが店にいれば、それだけで人寄せになると踏んだのだろう。


 ただそんなスカウト聞いたこともないし、いくら人気があるといっても結局はひとつのゲームの中の一人のキャラクターでしかないわけで、それでも行動を起こしてコスプレイヤーを起用するジョイパラの店長は、なかなかに食えない奴なのかもしれない。


「確かに美奈のその格好、和風の衣装が映えて綺麗に見えるし、カッコよさも感じるよな。それになんと言っても可愛い」

「へ? ちょ、ちょっと!」


 いきなり紫桜の話とともにコスプレについて話し出したからか、美奈はまた恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「ゲームのキャラもこれくらいカッコいいなら、キャラの人気があるっていうのも頷ける。それに、俺みたいにネットでサクラちゃんを見てファンになった奴も結構いるだろうな」

「あとは簪をさせば、もう完全に紫桜って言っても過言じゃないよ! コスプレイヤーとしてだと、あたしなんかじゃ美奈ちゃんの足元にも及ばないし、美奈ちゃんのスタイルが本当に羨ましいよ」

「ち、ちょっと二人共誉めすぎ……あ! そろそろ私試合だから行かないと!」


 俺と楓による、美奈のコスプレへの讚美に美奈は真っ赤になり、逃げるようにイベントスペースの裏へと走って行ってしまった。


 ところで、簪をさせば完全に紫桜になるのなら何故ささないのだろう。ぜひ簪をさしているところも見てみたいのだが。


「あ、美奈ちゃんが逃げた!」

「美奈が恥ずかしくなるようなことをお前が言うからだぞ」

「いやそれはあたしじゃなくて、どっちかと言えばお兄ちゃんのほうだから」

「ははっ、まさか」


 美奈に限って、俺の言うことを真に受けて本気で恥ずかしがるわけがないだろう。そんなことは幼馴染みである俺が一番分かっている。


「じゃあお兄ちゃん、あたしも対戦の実況やりにイベントスペースに戻るから、とりあえず自由にしてていいよ」

「お前実況なんて出来るのか!?」

「出来るのかと言われると微妙だけど、今回あたしはコスプレじゃなくて実況メインでのイベントへの起用だから頑張らないとね」

「ふーん。楓のコスプレも十分可愛いくて綺麗だと思うけどな」

「な……何言ってんの!? お兄ちゃんのバカ!」


 楓は俺に大声でバカと吐き捨て、イベントスペースへと走って行った。


 俺、何か悪いこと言ったかな? 何で怒られたんだろう。

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