■第16話 コスプレイヤーサクラ

 いきなりサクラちゃんを紹介され戸惑う俺。明らかに挙動不審となり冷静さを欠いてしまったのは言うまでもない。


「どう? 生のサクラちゃん、可愛いでしょ」


 楓が得意気な表情でこそこそと俺に耳打ちをしてきた。あからさまに俺の出方を見て面白がろうとしているのが見てとれる。


「お前、どういうつもりだよ!」

「あれ? お兄ちゃん、サクラちゃんのファンなんじゃなかったの?」

「いや、それはそうだけどこんないきなり――」

「嫌だった?」

「ばかやろう! グッジョブだ!」


 サクラちゃんのファンであると楓に直接話したことはない。金庫のオリジナル写真集を見られた時点でファンだということはばれていると思っていたが、いきなりこういう展開を家族である妹にお膳立てされるというのは、ものすごく気恥ずかしいものだ。


 言葉の上では楓に文句を言っているが、やはりサクラちゃんが手の届く距離にいるというのは、それだけで嬉しく感じる。俺は説教時のようなテンションのまま、サクラちゃんから見えないように、楓の前で右手の親指を立てた。


「あのー」


 兄妹でこそこそしているやりとりが気になったのか、サクラちゃんが訝しげに話しかけてきた。


「は、はい!」


 後ろからいきなりサクラちゃんに話しかけられ、驚きのあまりにまたしても声が裏返ってしまった。そのありさまを見て、隣で必死に笑いをこらえている楓に腹が立って仕方がない。


「もしかして、私の顔に何かついてたりしますか?」


 やりとりとは全く関係のないことを、はてな顔で聞いてくるサクラちゃん。無垢なその表情が可愛いすぎて、俺は直視出来ずに目をそらす。


「ううん、気にしないで。お兄ちゃんがサクラちゃんを前に緊張しまくってるだけだから」

「楓! 余計なこと言うなよ!」


 誰のせいでこうなってるんだと怒鳴りちらす俺と、それを受けても全く悪びれもせずに飄々とした態度の楓。そんな俺達を端から見ていたサクラちゃんは、とても楽しそうに笑っていた。


 くそぅ、第一印象くらいもっと格好よくしたかったのに……


「じゃあお兄ちゃん、あたしはサクラちゃんの代わりに受付やってくるから頑張ってねー」

「え? お、おいちょっと待て!」


 今もなおこの状況に困惑している俺をよそに、突然楓はイベントスペースへと戻っていってしまった。るんるんとご機嫌の様子で戻っていったし、きっと俺が慌てふためくさまを見れたのが満足だったのだろう。


 もしかすると、この罰ゲームのような状況が約束の真の目的だったのだろうか。そうなのであれば、楓にはしてやられたと言わざるを得ない。


 まったく。よく出来た妹だぜ……


 そうして残された俺とサクラちゃんの二人。突然の二人きりの状況に戸惑いを隠せず、俺は恥ずかしそうに俯くことしか出来なかった。


「仲がいいんですね」


 俯いているところを不意に話しかけられ、あたふたとしながら返答を探す。明らかに慌てているのがバレていそうで、サクラちゃんからの視線がちょっと痛い。


「ま、まああいつとは二人だけで暮らしてますからそれなりに……」

「ああ、なるほど。私は一人っ子ですから、仲の良い二人を見てちょっと羨ましくなりました」


 きっと二人暮らしだということを楓から聞いて知っていたのだろう。中学生と高校生が二人暮らしというところにはサクラちゃんは驚かなかった。


 それにしても、あのやりとりで仲が良いというの感想はいかがなものか。俺にとってはただ妹にいじられている残念な兄にしか見えないと思うのだが、一人っ子から見れば違うのだろうか。


「そういえばメープルちゃんから聞きましたが、私のファンというのは本当ですか? ええと--」

「あ、すみません。俺は柊、能見柊といいます」


 サクラちゃんが呼び名に困っているのを見て、今さらながらに自己紹介していなかったことに気付いた。ずっと緊張しっぱなしで、せっかく二人きりとなれた絶好のチャンスをふいにしてしまっている自分に悲しくなる。


 それにしてもあいつ、俺が話したこともないのに余計なこと言いやがって……


「柊さんですね。よろしくお願いします」

「こ、こちらこそよろしく……」


 俺とはうってかわって、サクラちゃんはずっと落ち着いた態度だ。その凛とした雰囲気は、和風のコスプレ衣装と相まって一国の姫のようにも感じられる。


 緊張のあまりに俺はしばらく沈黙を続けてしまったが、かけられた話題を無視するわけにもいかず、なんとか口を開いた。


「最近、ネットでサクラちゃんを見かけてからファンになったんです」

「――そうだったんですね。ありがとうございます」


 言葉の返しに少し間があったが、すぐにサクラちゃんが屈託のない笑顔で礼を言ってくる。営業スマイルであろうことは言うまでもないが、それでも俺に向けられたその笑顔に心を奪われた。


「ちなみに、どんなところを好きになってくれたんですか?」


 好き、という言葉に反応してしまい顔が赤くなっていくのが分かる。恋愛の意味での好きではないと頭では分かっていても、恋人に同じ問いかけをされたような気分だ。恋人なんていたことないけど……


 だが、そんなのは決まっている。年頃の男が女性のアイドルや有名人などのファンになる理由はほぼ下心だ。


 コスプレイヤーであれば見た目が特殊な分、さらにそういう下心を持ったファンは多いかもしれない。だからと言って、ファンになった理由を本人に直接下心ですと打ち明ける馬鹿はいないだろう。


「そう、ですね……もちろんその、可愛いところとか」


 何とか下心がばれないようにと、ありきたりな言葉で俺は答えた。もう少し言いようがあるだろうとは自分でも思うが、実際可愛いというのは下心なしにも第一に出てきた感想だ。


 可愛い、と言ったところでサクラちゃんは少し赤くなった。最近活動し始めたばかりだろうし、もしかすると、ファンと直接こういう話をすることは初めてなのかもしれない。


「あとそのコスプレ、うまく言えないけど本当に綺麗だなって」


 肩が露出した、ちょっと過激にも感じる桜色の和服。おそらくはこれもセイントハートにいるキャラクターのコスプレなんだろうが、俺にとってはそんなキャラクターの設定は関係なく、ただサクラちゃん自身にこの格好が似合い、その姿が綺麗で美しいと心から思う。


「あ、ありがとう……」


 やはり、直接外見についての感想を言われることに慣れていないのかもしれない。サクラちゃんも恥ずかしくなったのか、俺から視線を外しながらお礼の言葉を口にした。


 お互いに緊張したような雰囲気となって沈黙しあい、ゲームセンターさながらのノイズに包まれる。何か話題をふらなければと考えている最中、俺よりも先にサクラちゃんが口を開いた。


「私、この衣装には特別な思い入れがあるんです」


 ふとサクラちゃんが口にしたその言葉には、俺にも少し思うところがあった。コスプレイヤーを名乗っているわりには毎回この衣装のコスプレばかりで、俺の秘蔵の写真集にもだいたいこの衣装が映っている。


 俺はてっきりこのキャラクター専属のコスプレイヤーか何かだと思っていたのだが、今の言葉からすると、また別の理由があるのかもしれない。


「この格好は今日の大会のゲームにいる、紫桜(しおう)ってキャラクターのコスプレなんですけど、私にとってはそれだけではないんです」


 それはサクラちゃんにとって、そのキャラクターになりきるという目的以外にコスプレをする理由があるということだろうか。


「私はこういう格好が似合うようになりたい。いや、似合うようにならないといけないんです。でないと――」


 真剣な表情で語るサクラちゃん。ただの趣味からコスプレをしているコスプレイヤーとは、違う何かがあると感じさせるような表情だった。


「そんなこと言わなくても、十分似合ってると思うけどなあ」


 これだけ似合っているのに何が不満なのか。


 俺はサクラちゃんが喋っているにもかかわらず、思っていたことをつい口に出してしまった。


「え!?」


 俺の発した言葉に、何故か驚いた様子のサクラちゃん。何かおかしいことでも言ったか俺?


「ほ、本当!?」


 何やら尋常ではない雰囲気と、いかにも嬉しそうな笑顔で俺を問いただしてくる。よく分からないその勢いに圧倒され、俺は唖然としてしまい言葉が出ない。


「ねえ! 本当にこの格好似合ってる!?」


 俺の肩を掴んで揺らしながら、もう一度と言わんばかりに似合うという言葉を求めてくる。今までのおしとやかな感じからは想像も出来なかったほどの熱心に、俺は戸惑いを隠せない。


「ちょ、そんなに揺らしたら危ない――」

「え? きゃっ!」


 おもいきり肩を揺らされた反動で、俺は体勢を崩した。サクラちゃんがそれに気付かずに肩を揺らし続けたため、俺は背中から床へと倒れこむ。


 肩を掴んでいたサクラちゃんも俺に覆いかぶさるような形となり、とうとう俺達は大きな音を立てながら倒れこんでしまった。


 俺はサクラちゃんに怪我をさせていないか心配になり、すぐさま起き上がって様子を確認する。


「いてて……サクラちゃんだいじょう――」


 俺の上に倒れたサクラちゃんに目を向けると、意図せずコスプレ衣装から胸の谷間が俺の目に飛び込んできたため慌てて目をそらす。だが、目をそらした先には胸の谷間よりも衝撃的なものがあり俺は絶句した。


「ちょっとー、だいじょーぶー? なんか大きい音したけどー」


 大声を出しながら、楓がこちらへと向かってくる。しかし、俺はそんなことにも気付くことが出来ず、ただ目の前の人物に視線を注いでいた。


「うーん……ごめんなさい柊さん」

「ちょっと! 何とか言って――」


 サクラちゃんが謝りながら起き上がっているところに楓が叫びながら到着したが、到着すると同時に楓は言葉を失った。ただ、俺の絶句とは違い、あちゃーという仕草をしながら俺達を見ている。


「えっと……どうしたの? 二人とも変な顔しちゃって――ってきゃっ!」


 サクラちゃんは、はっと気付いて咄嗟に自分の胸元を腕で隠した。女の子の反応としては間違ってはいないが、今はそっちが問題ではない。


「お、お前……」


 そこにはサクラちゃんが着用していた紫髪のウィッグがとれ、その中から見覚えのあるような桜色の長い髪が姿を現していた。

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