■第14話 桜の約束

 ジョイパラダイス二階、ビデオゲームコーナー一角のイベントスペースには、セイントハートのキャラクター、メープルのコスプレをした楓の声が響き渡っていた。


 突然の事態に、呆然とイベントスペースをギャラリーの後ろから見つめる。何故楓がイベントの進行などをやっているのか、何故楓がコスプレをして人前に出ているのかという疑問が頭の中をぐるぐると回る。


 考えても答えなど出るはずもなく、歓声の上がる人ごみの中でただ一人立ち尽くす。


「みんなー! 今日は来てくれてありがとー!」


 イベントの出だしから大声での挨拶を始め、その大きい声に呼応してギャラリーが沸き上がる。しかしそんな中、イベントスペースのメープルに向かっていやらしい声を上げる輩もいた。


「メープルちゃーん! 今日も可愛いよー!」

「うひょー! パンツ見えそー!」


 な……こいつら――


 楓のことを思うと、自分の妹に対していやらしい感情をむき出しにしているこいつらを無性に殴りたくなるが、公の場でもちろんそんなことは出来ない。ならば――


「おっとごめんよ!」


 俺は藪から棒にこいつらの前に出るようにして楓への視線を塞いだ。当然のように前に立ち塞がったことに文句や罵声を浴びせられるが、周りの人達が俺に味方し、おかげで事無きを得た。


 それにしても楓のやつ、今自分のやっていることがどういうことか分かっているのだろうか?


 進行役やコスプレしていることをどうこう言うわけではないが、楓はまだ中学生。こんな時間にこんな場所でこんな格好をしていたら、ただでさえ可愛い俺の楓が羊の皮をかぶった狼達に襲われるのは必定、時間の問題だ。


 楓のこんな可愛い姿を見ていい男は俺だけのはず――いや、兄として妹が男達に言い寄られるのを見過ごすわけにはいかない。こんなことはやめさせないと、俺の心配が尽きない。色んな意味で。


 イベントが終わったら楓に強く言い聞かせよう。そう俺は心に決め、今は兄として楓を見守ることにした。


「今日はこれからセイントハートの3on3大会が始まります! 大会に参加する方も見学する方も、皆さんぜひ楽しんでいってねー!」


 メープル、もとい楓の開会宣言にギャラリーが拍手し、そのままイベントが始まっていく。大会参加選手らしき人達は意気揚々と吼え、コスプレイヤーの女の子達は黄色い声援を上げた。


「そしてそして皆様お待ちかね! 今日はこの方にも来てもらっています。サクラさんどうぞ!」


 そうだった! 楓のことで頭がいっぱいで、俺としたことがサクラちゃんのことをすっかり忘れていた。憧れの人物が今目の前にやって来るかと改めて思うと、次第に俺の心臓も高鳴っていくのが分かる。


 そして相間みえる運命の瞬間。イベントスペースの奥から俺の女神、サクラちゃんが満を持して登場した。


「皆さんこんばんは! サクラです。よろしくお願いします」


 まじだ――本物のサクラちゃんだ! すげー綺麗……


 薄紫色のウィッグをかぶり、肌の露出が多い和風の衣装を身に纏っての登場で、場内が沸き拍手も湧いた。俺もギャラリー達と同じく、サクラちゃんの登場と共に声を上げたのは言うまでもない。


 ギャラリー内のカメラ小僧達も、ここぞとばかりにカメラやスマートフォンを構える。撮影禁止だと言われているにもかかわらず行動してしまうのはどうかと思うが、その気持ちは俺にも痛いほど分かる。


「おっと、そこのカメラ持った方達! サクラちゃんの撮影はNGでお願いしまーす。我慢しないと追い出しちゃうぞー?」


 メープルが可愛くカメラ小僧達を注意すると、カメラ小僧達は素直にカメラやスマートフォンを片付けた。見た感じ、素直というより従順という感じで、両者共に場慣れしている雰囲気が感じ取れる。


 もしかすると、こういうイベントは何度も行われているのかもしれない。カメラ小僧達も注意されて喜んでいるのか、メープルに話しかけられる為にわざとカメラを構えるふりをしたような雰囲気すら感じる。


「うむ、よろしい! ここからはサクラさんに大会の説明をお願いしたいと思います。それではサクラさん、よろしくお願いします!」


 メープルがサクラちゃんにイベントの進行役を渡し、サクラちゃんがカンペを見ながら説明を始めた。


「はい、それではここからは私サクラが進行を務めさせていただきます。本大会は格闘ゲーム、セイントハートの3on3大会となります。3on3とは、3人チームでのチーム対抗戦という方式です」


 ただ立って喋っているだけなのに、その美しい姿に俺は見惚れていた。肩が出ていて色っぽく、コスプレなのに本当にキャラが画面の中から出てきたかのように似合っているその姿は、俺だけではなくギャラリー全てを魅了していた。

 

 サクラちゃんの説明は、場慣れしているのかとても流暢な話し方で、ギャラリー達も静かに聞き入っている。俺も同じくサクラちゃんの声に聞き入っていたが、生のサクラちゃんを見ながら声を聞いていると、ふと昔の記憶が甦ってきた。


 幼稚園や初等部の最初の頃、美奈や楓達と遊んだ記憶――


 女の割合が多いせいか、その頃の遊ぶ内容はおままごとが多かった。


 幼馴染の中でも美奈はいつも着せ替え人形的な役回りで、みんなで服を家の中から持ってきてはいろいろな服を美奈に着せて遊んだ。美奈自身も様々な服を着るのが好きだったようで、しまいには俺達が着せ替えるまでもなく、自分から着替えていたことも多かった。


 サクラちゃんを見て思い出したのは、そんなおままごとをしていたとある日の光景――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 桜舞い散る春の日溜まりの中、俺達はいつものように桜家の庭に集まっていた。


「いつみてもりっぱだよなー。おれもこの木のようにおおきくなれるかな?」


 庭にある大きな桜の木。一軒家の庭に似つかないその桜が俺は大好きで、美奈の家へと遊びにくる度に見上げていた。


「なれるよぜったい! だってあたしのおにいちゃんだし!」


 この頃の楓は、今のように俺を上から見下すような性格ではなく、根っからのお兄ちゃんっ子でいつも俺の後ろをついて回っていた。


「ところで美奈は?」

「いつもどおりなんかさがしてるー」


 美奈の家では恒例となった、いつものおままごと。


 何事にも真剣に取り組む美奈は遊びにも本気で、この頃の美奈はおままごとが始まる度に家の中の箪笥をひっくり返す勢いで好みの服を探した。そしてその時の気分にあった服を着ては、その役になりきっておままごとに臨んでいた。


「おまたせー! じゃじゃーん!」


 噂をすればなんとやら。美奈が家の中から庭へと戻ってきて、楽しそうに大の字のポーズで衣装のお披露目をしてきた。


「美奈ー、それなんだ?」


 一段と変な格好をしている美奈をまじまじと見るが、今日は何の役をしているのかが全く分からない。恭子さんの和服を引っ張り出してきたのか、美奈には明らかにサイズが合っておらずに肩もはみ出してしまっていた。


「およめさん!」


 ――どうも今日の美奈はお嫁さんの格好をしているらしい。しかし、着崩れどころではないその酷い姿はとてもお嫁さんとは言い難かった。


「おかあさんは、これを着ておとうさんといっしょになったんだって。だからわたしもこれを着れば柊といっしょになれるかなって」


 小さい頃の美奈も楓と同じく、俺について回るような女の子だった。ただ、ことあるごとこんな風に縋ってきては、楓以上に俺を困らせていた。


「だからね、きょうはわたしと柊のけっこんしき! そしたらこれからもわたしたちはずっといっしょだよね!」


 天真爛漫だったあの頃の美奈。今思えば随分と可愛らしく思えるが、昔の俺にとっては鬱陶しくてしょうがなかった。だからこそ、このような言い方をしてしまったのかもしれない。


「ばかいうな。だれがそんなみっともない格好のやつといっしょになんかなるもんか」


 俺は確かそう答えた。あまりに服のサイズが合っておらず、まともな格好ではないその姿から出てしまった言葉だった。


「え……」


 俺の心無い言葉を受け、目に涙を浮かべて泣きそうになる美奈。そしてそのやり取りを一部始終隣で見ていた楓が怒りを露にして口を出す。


「なんてこというのおにいちゃん! 美奈ちゃんがかわいそうだよ!」

「だって、こんなださい格好のやつといつもいっしょだったら学園のやつらにわらわれちまう!」


 この頃の俺は、周りを意識し始めていたんだと思う。周りに舐められたくない、周りのやつらより強くならなきゃいけないと、云わば男の子らしい考えを持っていた。


「う、う……うえーん!」

「だ、だいじょうぶ!? 美奈ちゃん!」


 ださい格好という言葉が引き金となったのか、美奈はとうとう泣き出してしまった。楓は美奈に寄り添い慰めながら、美奈を泣かせた俺を睨んだ。


「な、なんだよ楓」

「おにいちゃん、美奈ちゃんにあやまって」

「だ、だって――」

「あやまって!」


 子供でしかも俺よりも年下の楓が頬を膨らませながら俺を怒った。いつもは俺に甘えてくるばかりなだだっ子妹とはうってかわり、冗談の通じない雰囲気がピリピリ伝わってくる。


「あやまらないなら、もうおにいちゃんとはぜっこうだからね!」

「そんな……」


 クラスではガキ大将やってたほどの俺が楓相手に頭が上がらなくなったのも、考えてみればこの時からかもしれない。それまで見たことのなかった妹の剣幕にびびった俺は、楓に言われるまま美奈に謝る。


「わ、わるかった美奈。ちょっといいすぎた」


 謝ったおかげか、美奈が少しずつ泣き止んできた。しかし、まだしゃっくりをしているかのような横隔膜が痙攣している状態が続いている。


「ひっく……ひっく……」


 謝ったはいいが、ここからどう慰めればいいものかと俺は悩んだ。そしてガキだった俺にはこんな言葉くらいしか考え付かなかった。


「じゃあ、その格好がもしにあうようになったらかんがえてやる」


 恥ずかし気にそっぽを向きながら、美奈に向かって言葉を投げた。この時の俺にとっては言いたくなかった言葉だが、二人と仲直りするには謝るだけでは足りないと感じ、しょうがなく口にした言葉だった。


「ぐすっ……ほんと?」


 まだ目と顔を赤くしている美奈が顔を上げて聞き返してくる。男に二言はないとかいうようなフレーズを心情としていたこの頃の俺は、恥ずかしい気持ちも合わさって意地を張った返答をする。


「ああ。ただしおれや美奈が大きくなって、そのうえそのふくが似合うようになったらだぞ」

「うん!」


 俺の言葉を聞いて嬉しかったのか、美奈は泣き止んだのも束の間、桜の木の下にいた俺に抱きついてきた。そして未だに和服から肩をはみ出した不恰好な姿で、俺に右手の小指を突き出してくる。


「じゃあ、やくそく」

「え?」

「いいから、てーだして」


 言われるがままに手を差し出す。すると美奈は、俺の小指と美奈の小指を絡めて伝統的な子供の約束の儀式を始めた。


「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらわーたしーとけっこーんすーるのー! ゆーびきったー!」


 桜が舞い散る木の下で、勝手に針千本の部分を言い替えた指切りの約束を誓わせられた。


「おま……それうそついてもつかなくても結果がいっしょじゃねーか!」

「えへへー」

「えへへじゃねえよ!」


 すっかり機嫌をよくした美奈は、先程まで泣いていたのが嘘のように笑っていた。対して俺はと言うと、何度も結婚という言葉を聞いたせいか、顔はおろか耳まで真っ赤にしながら恥ずかしい気持ちを誤魔化すのに必死になっていた。


「じゃああたしもやくそく! ほら、おにいちゃん!」

「え……」

「あー、みんなずるい! 柊くん、わたしもわたしもー」

「――ちゃんまで!?」

「柊! うわきはだめなんだからね?」

「あー! どうすりゃいいんだよー!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 女共にいいようにもて遊ばれていたあの頃の俺。そういえば美奈や楓以外にももう一人おとなしい女の子がいたような気がするが……だめだ、思い出せない。


 兎にも角にも今目の前にいるサクラちゃんは、あの頃の美奈が大きくなったらこうなっているだろうという姿に近い気がする。だからこそ美奈に対して好意を持つ俺が、サクラちゃんのファンとなったのは必然だったのかもしれない。


 今の美奈はこんなコスプレなどしないし、だからあの桜の木の下で交わした指切りの約束はきっと果たされない。そもそも美奈がこんな約束を覚えていないだろうし、覚えていたとしても子供の約束だとはぐらかすと思う。


 サクラちゃんは、俺にとっては約束の中にいた理想の美奈なのだろう。もしいつかあんな姿でいる美奈と会えることがあったなら、その時はきっとあの約束を果たせるのかもしれない。


 がしかし、やはりサクラちゃんはサクラちゃんで、綺麗で可愛い女の子だということには変わりない。美奈や楓には悪いが、せっかくの機会だし後で声をかけてみようかな。


 もしかしたら仲良くなれるかも……? ぐへへ。


 おっといけない。昨日今日と失態続きで反省した筈なのにもかかわらず、俺はまたしてもいかがわしいことを考えてしまっていた。反省反省っと。


 俺は昔の約束やいかがわしい妄想から意識を切り替え、現実のサクラちゃんのマイクに耳をかたむけ直した。

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