■第13話 メープルサプライズ
外はすっかり日が陰り、夕闇が急速に濃さを増してきていた。
約束の時間は午後7時。のんびり歩いていては、約束の時間に遅れてしまうのは明白だ。
「そろそろ日が暮れちまうな。急がないと」
愛音先生に頼まれた空き教室の整理を終わらせ、楓との約束を果たすためにジョイパラへと向かう。足を急がせてはいるが、結局ジョイパラで何をさせられのかを知ることは叶わず、心持ち足取りは重い。
芸泉駅前にある大型ゲームセンター「ジョイパラダイス」、通称ジョイパラは、学園から家に帰るまでの道から少し離れた位置にある。初等部の頃、なけなしのお小遣いをはたいて美奈や楓とよく遊びにきたものだが、美奈の父親が亡くなった後、美奈と遊ぶことがなくなり俺も来ることはなくなった。
ちなみにジョイパラダイスだからと言って、女医がいっぱいいるわけではないのであしからず。
「うわ! 大分変わったな、ここも」
ジョイパラに辿り着き、急いだおかげで滲み出た汗を拭いながら数年ぶりにその建物を見上げる。外壁の色から装飾まで昔とは桁違いに派手なその建物は、駅前の中でも群を抜いて目立っていた。
子供の頃とはまるで違うその外観に、これが時代の変化かと驚き立ちすくむ。こんなことを思っていると、歳をとったおじさんっぽくて学生の俺としてはちょっとどうかとも思う。
視線の先を外観から入り口に移し、辺りを見回すも楓の姿は見当たらない。よくよく考えれば、ジョイパラダイスに7時という言葉以外何の情報も持っておらず、楓とどこで待ち合わせするのかすら決めていなかったことに今更気付いた。
「どんだけ抜けているんだ、俺は……とりあえず楓に連絡を――っとあれ?」
合流する為に楓と連絡を取ろうと、ポケットの中にあるはずのスマートフォンを手探りで探す。しかし、ポケットの中には使い古した小銭入れくらいしか入っておらず、ここにきてスマートフォンを失くしてしまった事実に気付いた。
「まじかよ……」
個人情報が詰まった端末を失くしたままというのも心配だが、今の俺には楓との約束をすっぽかすほうが問題だった。失くしたスマートフォンへの不安、そして未だに約束の内容が分からないことに臆している自分を制し、俺は意を決して店内へと入っていった。
久々に入った店内も昔とは打って変わっていた。入り口近くにある、景品を掴み取るプライズゲームは昔とはあまり変わっていない。その奥は大体ビデオゲーム機が並んでいるイメージだったが、今では音楽に合わせて遊ぶリズムゲームや、ネット麻雀ゲーム、カードゲームやレースゲーム等様々な種類のゲーム機が並んでいた。
「見たことないゲームだらけだな。来ないうちにゲームも進化したもんだ」
店内の雰囲気も昔とは違い、客の年齢層は十代から三十代前半くらいまでの人ばかりで、その大半が男である。昔はカップルや家族連れが一般的な客層だったような気がするが、見た感じが激しいゲームが多く、女性や大人達はなかなかついていけないのかもしれない。
かろうじてプライズゲームにはカップルや子供連れが見受けられるが、その他はゲーム好きそうな男達しか見当たらない。派手すぎる外観のせいもあるかもしれないが、これも時代の流れということだろう。
女の子がいそうなプライズゲームのスペースで楓を探すが、やはりそう簡単には見つからない。なんと言っても芸泉市最大の大型ゲームセンターであり、一階から三階まで全てがだだっ広い。こんな建物が駅前にあるってだけで、歓楽街かと勘違いされそうで心配になるってもんだ。
とりあえず一階をぐるりと探し回ったが、楓の姿は見当たらない。次にビデオゲームやメダルコーナーがある二階へとやってきたが、こちらもやはり広大なフロアになっており、一目でフロアを見渡すことも難しい。
そうこうしているうちに午後7時まで残り10分。このままでは埒が明かない為、カウンターにいる店員さんに尋ねてみることにした。
「すいませーん」
「いらっしゃいませー」
「ちょっと知り合いを探しているんですが、中高生くらいの女の子を見かけませんでしたか?」
「女の子? うちは結構女性のお客様も多いので一概に言われても難しいですね」
さっきゲームセンターの客は大半が男だと思ったばかりだが、よく見るとビデオゲームのコーナーには女の子がちらほらいるのが見えた。もしかすると、女の子に人気のあるゲームがここにはあるのかもしれない。
「えーっと、身長は低くて髪型が――あ、こんな感じの」
店員さんに説明している途中、楓と対戦したセイントハートのイベント告知の看板を見つけ、その中からメープルを指差す。
「あー、その方ならきっとあそこですね」
メープルで分かったのか、店員さんはビデオゲームのコーナーにある一角を指差す。その一角はちょっとしたイベントスペースになっているようだが、楓の姿は見当たらない。
「10分後、あのスペースに来ていただければお会い出来ると思いますよ」
「10分後? あそこで何かあるんですか?」
「先程お客様が指差した、その看板に記載されているイベントがあるんですよ」
灯台下暗し……自分で指差しておいて恥ずかしい。で、なになに?
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当店ジョイパラダイスにおける有名プレイヤー「メープル」さんと、コスプレイヤー「サクラ」さんをお招きして開催!
セイントハート3on3大会 ジョイパラダイス杯
5月11日火曜日 午後7時から<聖戦>開始!
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ゲーム大会ね――って何ィ!
告知内容の中、俺にとって電撃の走るような内容が記載されていた。
コスプレイヤー「サクラ」
俺はこのサクラちゃんの熱狂的なファンである。どのくらいファンかと言うと、俺の部屋にある金庫の中に実は、このサクラちゃんの写真がぎっしり詰まったオリジナルの写真集があるのだ。
それだけじゃファンだということが全然伝わらないだって? いやいや、サクラちゃんは最近人気の出始めたコスプレイヤーで、写真集などはまだ世の中に存在しない。俺の金庫の中にしまってあるのは、夜な夜な俺がネットからかき集めた数百枚のコスプレ写真を、一枚一枚丁寧にプリントアウトして一冊に収めた、宝中の宝なのだ。
俺がここにいるのは、半分近い理由でその写真集の救助と言って過言ではない。ただただ約束を果たす為に来たジョイパラだが、これは思わぬ収穫、僥倖である。
サクラちゃんはガードが固く、健全な写真しかないため刺激が足りないと思っていたが、今日はそのガードを乗り越える一世一代のチャンス! サッとポケットに手を入れて早速カメラの用意を――ってスマートフォンなくしたんだったー! 俺の馬鹿ぁ!
俺は人生最大の悲しみを体全体で表現するかのように、顔を手で覆いながらくねくねと地面へとへたり込んだ。店員さんが怪訝な顔で俺を見ていたのは言うまでもない。
「だ、大丈夫ですかお客様?」
この時俺は必死だった。なんとかサクラちゃんの写真を撮ることが出来ないかと、普段使わない頭をフル回転させる勢いだった。
「すみません、店員さん。カメラを貸していただくことは出来ないでしょうか!」
カウンターに勢いよく手をついきながら身を乗り出し、初めて会った店員さんに迫る。迷惑なことをしているのは分かってはいるが、それに変えても俺にとってこの機会は千載一遇のチャンスだった。出来ることなら逃したくはない。
「ああ、コスプレイヤーさんの写真ですか。残念ながら今回のイベントでの撮影は禁止されているのでご了承下さい」
ちーん。
俺は完全敗北したボクサーかのように、真っ白になってその場に崩れ落ちた。店員さんはそんな俺を気にかけることもなく、そのままフロアの巡回へと行ってしまった。
「ちくしょぅ……ちくしょぅ……」
チャンスを不意にしたショックで一人悔しがる俺。そんな俺に声をかけるかのように、突然店内のスピーカーからマイクの音が流れ始めた。
「あー、あー、すみません。マイクのテストちゅー、マイクのテストちゅーでーす」
マイクのハウリング音の後に続いて、マイクテスト中の女の子の声がスピーカーから流れる。その女の子の声にはどうも聞き覚えがあるのは気のせいだろうか。
「やっと時間かー。早く大会で闘いたいぜー」
「お前すげーな。俺なんか緊張でうまくプレイ出来る自信全然ないんだけど」
カウンターの横で崩れ落ちている俺など誰も気にも留めず、イベントスペースからのマイクの音につられて、ゲーム大会参加者と思われる人達がぞろぞろとイベントスペースに集まってくる。
「はやくサクラちゃん出てこないかなー。今日こそあの鉄壁を乗り越えてみせるぜ!」
「サクラちゃんもいいけど、メープルちゃんも可愛いよなー。それに強いし。前に俺闘ったけど手も足も出なかったわ」
撮影禁止なはずなのに、カメラやスマートフォン片手に撮影待機している怪しい奴等もいた。ゲーム大会開始直前、イベントスペースには数十人の人だかりが出来、一気に喧騒と言っていいほどの活気に満ち溢れた。
すげーなセイントハート。何気に女の子も結構来てるし、めっちゃゲームやり込んでそうな奴等もいるし、楓の言った通り人気のあるゲームなのだろう。
普段見慣れないゲーム大会前の光景に見入っているところ、いつの間にか時刻は午後7時。ビデオゲームコーナーのイベントスペースにてセイントハート3on3大会が始まり、そして俺は衝撃の場面に出くわした。
「皆さんこんにちはー! いや? こんばんはかな?」
大会の時間になると同時に、イベントスペース奥から一人のコスプレイヤーが登場した。その人物は出だしからとぼけたような感じで挨拶を始め、それに伴いイベントスペースを囲うギャラリー達も歓声を上げた。
「知っている人はこんばんは! 知らない人ははじめまして! セイントハートプレイヤーのメープルです!」
イベント告知の看板にある、メープルの名前で自己紹介を始めた有名プレイヤーらしい人物。コスプレしていようが、この俺にはそれが誰なのか分からない筈もなかった。
ゲーム大会の進行役としてイベントスペースに現れたのは、他の誰でもない俺の妹、能美楓だった。
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