■第11話 新芸祭に向けて

「失礼しまーす」


 職員室は閑散としており、どこの机も空席ばかりで人気(ひとけ)が少ない。そんなガランとした雰囲気の中、面倒くさそうに書類仕事をしている愛音先生を見つけた。


「先生! 能美柊、参上いたしました」

「ん? ああ」


 元気よく挨拶したにも関わらず、先生はこちらを向くこともなく生返事を返してきた。生徒はまともに叱るくせに、そのくせ自分はこの体たらく。文句のひとつも言いたいが、どうせ逆に怒られることになりそうなので、出そうになった文句は喉の奥へと飲み込んだ。


「それで、どんな用でしょうか?」


 いちいち先生の一挙手一投足を気にしていたらきりがない。早急に用件を聞いてさっさと終わらせようと、早速本題を切り出した。


「ああ、空き教室の整理を頼みたいんだ」


 委員長の予想は見事に当たっていた。時間的に楓との約束を破ってしまうことになっていたかもしれないし、当たっていてよかった。


 しかしこれだけはどうしても気がかりで、急いで終わらせようとしているにもかかわらず、先生に尋ねてしまった。


「空き教室の整理、分かりました。ちなみに委員長にも頼んだようですけど、これって先生の仕事じゃないんですか?」

「ああ」

「ああって……俺は罰だしまだ分かりますが、委員長にまで頼むのはおかしくないですか? クラスのこととは全然関係ないでしょう!」


 適当そうな返事ばかりする先生にいらついたのかもしれない。気がつくと俺は先生に抗議していた。


「なんだ、随分雛森をかばうじゃないか。一時間目の時、保健室で二人きりだったそうだからもしかして――」

「何もありませんよ! 先生のくせに野暮なこと言わないで下さい!」


 まったく。自分の教え子の純情を持て遊びやがって……


「そんな必死に否定して、ほんとは押し倒したりしたんじゃないのか?」

「だからそういうことは何もしてませんてば!」

「首のところ、痣が出来てるぞ。」

「えっ!?」

「冗談だ、ははは」


 Sな性格からなのか、面白がって次々と俺をからかってくる。まともに相手をしていては埒が明かない。


「とにかく、委員長へクラスに関係のないことを頼むのはやめてあげて下さい」

「なんだ、やっぱりお前ら――」

「先生!」


 先生の冷やかしに相当な苛立ちを覚え、ついには職員室に響き渡るような声で叫んでしまった。ごく少数残っていた他の先生方もこちらに注目するくらい、大きな声で。


「分かった、分かったから!」


 職員室の注目を集めるほどの叫びに怖気づいたのか、先生が小声になりながら、場を収束させる為にやむを得ず同意する。


「分かればいいんです、分かれば」


 どちらが先生か分からないようなやり取りが終わると、職員室内の静寂とあいまって、何とも言えない空気が先生と俺の間に立ち込める。あまりに気まずい雰囲気になってしまった為、しょうがなく別の話題を振ることにした。


「そういえば職員室、がらがらですね」

「ああ、みんな部活の顧問をやってるからな。高等部以外の初等部、中等部の先生方も含め、大体の先生は何かしらの部の顧問だ」


 なるほど、だから全くと言っていいほど先生がいないのか。確かにこの学園は妙に部活の種類が多いらしいし、言われてみれば合点がいく。


 ん? じゃあなんで愛音先生はここで暇そうにしているのだろうか。


「愛音先生は?」

「私か? 去年まではとある部活の顧問をやっていたが、その部活が今年に入ってなくなったんだ。だから今はやってない」

「へー、だから先生はこんなに暇そうなんですね」


 先生はコーヒーを口にしていたところだったようで、俺が暇人扱いするなりおもいきりコーヒー吹き出した。汚ない。


「ば、ばか! 暇なわけないじゃないか。まったく、失礼な奴だ」


 どうやら図星だったようで、先生があたふたと慌てはじめた。よく見ると、先程まで書類仕事と思っていたのはただの雑誌のナンバープレイスだし、明らかに暇だったことが簡単に見て伺える。


 何かの懸賞にでも応募するのだろうか。普段は恐怖の女王様だが、先生のこういう一面を見るのは新鮮でちょっと面白いし、もうちょっとツッコんでみよう。


「じゃあ、なんで先生だけ職員室に残ってるんですか?」

「それは……そう、お前を待っていたからだ! 決して暇を持て余していたわけではないぞ!」


 そういえばそうだった。でもそれじゃ、やはり俺が来るまで暇だったんじゃないかと言いたくなったが、調子に乗りすぎるとどうせまた怒鳴るから言わないでおく。


「この学園じゃ、部活の顧問をやるのはほぼ強制的なところがあるんだ。ただでさえ部活の種類が多い学園だからな」


 暇人扱いが堪えたのか、それとなしに話題をずらしてくる先生。しょうがないので、暇人扱いで先生をいじるのはもうやめておこう。


「じゃあ、先生もまた何かの部活の顧問をやるんですか?」

「チッチッチッ、察しが悪いな能美。だからこそ今、こうして空き教室の整理を頼んでいるんじゃないか」


 この人も楓と一緒で仕草がなんか古くさいな。こんな事言ったら殺されるから言わないけど。


「空き教室の整理と顧問になんの関係があるんです?」

「そんなの来週の新芸祭に向けてに決まってるじゃないか」


 新芸祭? そういえば委員長もそんなこと言ってたっけ。


「なんだ能美、お前初等部からずっとこの学園にいるくせに新芸祭を知らないのか?」

「悪かったですね! で、何なんですかそれ?」


 愛音先生と喋ってると、いちいち小馬鹿にされてるようでイライラしてくる。早く結婚して「愛」の「音」という苗字を変えたほうがいいんじゃないだろうか。例の如く、これも言ったら殺されるだろうから言わないけどさ。


「この芸泉学園の高等部では、生徒が自由に部活を作れるんだ。自由と言っても何から何まで何でも、じゃなくて基本的な制限はあるがな」


 部活を自由にね……だからこの学園は部活の種類や顧問の先生の数が多いのか。そういえばこの間、友達部とかいうのに勧誘された覚えがあるし、もしかするとその友達部とやらも生徒が作った部活なのかもしれない。


「で、その部活を作る最初の一歩が新芸祭。新芸祭前に申請した部活を各自でアピールして、部員四人以上と顧問を集めたところは晴れて部活として活動出来るわけだ。特に一年生は申請も多いし、どの部に入るかを新芸祭で決めるやつも多い」

「そんな祭りになるほどに新しい部活の申請があるんですか?」

「いや、それはさすがにない。でも新芸祭にはもう一つの顔があるのさ」

「もう一つの顔?」


 書類とコーヒーが散乱した汚い机の上から、書類を一枚取り出し俺に渡してきた。どうでもいいがそのコーヒー、はやく拭き取ったほうがいいんじゃないかと思う。


「それが部設立の申請書だ。その用紙の一番最後のところを読んでみろ」

「なになに? 新芸祭にて運動部と文化部、それぞれにて理事長が最も印象的だと判断した部には、望みを何でも一つ叶える?」


 これは正直びっくりした。いくら私立の学園といっても桁が違う内容に思える。


「そう、ズバリ新芸祭の目玉はそこなんだ。既存の部もこぞって理事長の御眼鏡にかなおうとするし、だからこそ祭りになる。料理関係の部なんかも模擬店出したりするし、一種の文化祭みたいなもんさ」

「それで、望みを何でも一つ叶えるってどういう意味なんですか?」

 

 彼女が欲しいとか土地が欲しいとか、そういうこともアリってことなのだろうか。


「そのまま言葉の通りだが、もちろん学業や部に関係のないことや、私利私欲の望みは認められない。だが今までの経歴では、女子水泳部による温水プールの新設、女子ダンス部全員の衣装購入、女子介護部への介護資金援助など、かなりの金額がかかることも行っている」


 何故女子がメインの部ばかりなのかは分からないが、確実に結構な額がかかる望みばかりだ。温水プールなんかは五十メートルある大きいプールで、学園のパンフレットに載るくらいのものだし確かにすごい。


 学園にも大きい部室棟があるくらいだし、新芸祭のコレを狙って新規の部を作ろうってやつも多いのかもしれない。まあ、俺には関係のない話だろうけれど。


「そうか! 空き教室は新しい部活の為の部室、というわけですか」

「ああ。やれば出来るじゃないか、能美」


 褒められているのか貶されているのか……先生はニヤニヤしながら喋っているし、どうせ貶されているに決まっている。


「なら、それこそ顧問になる先生が空き教室を整理するべきなのでは?」

「ゴホッゴホッ! 実は私は埃アレルギーでな――」


 先生は、大根役者でもやらないような下手くそな咳払いの演技をしてみせた。こんなので人を騙そうとする根性がむかついて仕方がない。


「そんな見え見えであからさまな嘘をつかないで下さい!」

「うるさい! とにかくこれはお前への罰なんだから、だまって整理してこい!」

「え――先生、ちょっと!」

「いいからさっさと出てけ! ほら、行った行った!」


 愛音先生がいきなり立ち上がり、無理矢理腕を引っ張りながら俺を廊下へと閉め出した挙句、自分はそのまま職員室の中へと戻っていってしまった。


「ちぇっ。自分のことは棚に上げて、人には厳しいんだもんなー」


 愚痴りつつも、仕方なく俺は空き教室へ向かおうとした。しかし――


「あー! どの空き教室か聞いてねー!」


 うっかりと、整理の指示をされた空き教室がどこにあるのかを聞くのを忘れていた。でも、もう一回職員室に入って先生に聞くのも気が引けるし、さてどうするか……


「君、いきなり叫んでどうしたの?」


 一人でうんうん唸っていたところ、突然背後から声をかけられた。


「はい!?」


 思いがけない声に驚いて振り向いたそこには、とても学園の廊下には似合わない、和服を着た優雅な女性が立っていた。

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