(挿絵別途有)■第8話 素直な気持ちと欲望の先
私立芸泉学園――
この芸泉学園は敷地内に初等部、中等部、そして高等部まである、小中高一貫の学園である。楓が中等部三年、そして俺と美奈は高等部一年に在籍している。三人共初等部からずっとこの学園に通い続けているせいか、学園にははっきり言って見飽きたという感想しか出てこない。
「じゃあお兄ちゃん、放課後の約束よろしくね」
「ああ、分かってるよ。じゃあまた後でな」
学園の入り口付近で楓と別れ、俺と美奈は高等部がある棟へと向かう。そしてここからは、なかなかない美奈と二人きりの通学時間。
高等部側に来るようになって一ヶ月程のためか、こちら側はまだ新鮮な感覚だ。新鮮な感覚なのは、もしかすると美奈と二人きりの状況に心が躍っているのかもしれない。
「なに? ニヤニヤして気持ち悪い」
「に、ニヤニヤなんかしてねーよ! それにさらりと気持ち悪いとか言うな!」
昨日の失態を許してもらえ、そして今二人きりの状況に確かに俺は浮かれていたかもしれないが、とりあえず恥ずかしいので誤魔化しておくことにする。
「じゃあキモい?」
「それもやめてくれ!」
美奈が笑顔で楽しそうに話している。相変わらず内容は酷い感じだが、それがどうであれ好きな女の子が笑顔を自分に向けてくれるというのは嬉しいものだ。
しかし好きな女の子にキモいとか気持ち悪いとか言われるのは実際どうなんだろう。このように日常的に言われるのは冗談で言っているだけなのだろうか?
たまに美奈とのことを真剣に悩んだ時、こういう言葉で本気で悩むことがある。キモいとか気持ち悪いとか言われた俺が、美奈を好きと想っていてもいいのかと。
それは本来、その会話の雰囲気で冗談か本気かを察するべきだとは思う。だがこの気持ちが分かる女性がいたら、出来れば冗談で男性にはこのような言葉を投げかけないでやってほしい。これは全俺からのお願いだ。
ただキモいとか言われて心の底から喜んでいるやつは別だ。そいつはただのドMなので、存分に罵ってあげてほしい。それは全ドMの願望だ。
そんなことを考えていたら、もう目の前には俺と美奈が在籍している一年C組の教室へと辿り着いてしまった。
「ちーっす」
「おはよう」
すぐに終わってしまった美奈と二人きりの短い通学時間を惜しみつつ、俺は挨拶と言えるか微妙な挨拶をしながら、自分の在籍する教室へと入る。美奈も俺の後ろで挨拶をしながら教室に入ってきたが、GEGESAGOの時同様に、ここでもしっかりとした優等生のような雰囲気を醸し出している。
「んじゃ」
「うん」
素っ気ない言葉のやり取りを行い、教室の入り口で美奈と別れる。久々に二人で入ってきたせいか、美奈の方にはクラスメイト達が集まり、俺とのことをいきなりからかわれ始めていた。ここでも愛想良く人当たりもいい美奈は、クラスでも人気の存在だった。
逆に俺はというと、五月になってもいまだにクラスに馴染めておらず、他のクラスメイトとも付かず離れずのような関係でしかない俺のところには、俺が来るなりからかってくる野郎もいない。美奈とも席は離れている為、残念ながら学園での俺との会話は少ない。
「よいしょっと」
昨日のGEGESAGOでの美奈、今のクラスメイトに囲まれた美奈を見ていると、俺は美奈をいつもより遠くに感じた。日を追うごとに俺との会話も少なくなっている気がして、俺は寂しい気持ちを感じながら自分の席に着席すると、同時に机の上へと突っ伏した。
昨日からの疲れもまだ残っていたのか、突っ伏したらすぐに睡魔が襲ってきた。そのままうとうととしていると、いつの間にかホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴り響き、担任が教室へと入ってくる。
「座れー。ホームルーム始めるぞー」
教室に担任が入ってくるなりホームルームが始まったが、睡魔とのバトルに必死な俺に担任の事務的な声は届かなかった。今からこの恐い担任による授業が始まるのに、いきなり寝てたらやばいことに――
やはり人間は睡魔には勝てないのか。必死な抵抗も空しく、俺はとうとう睡魔に負けて意識が現実より引き離されていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
気がつくと、俺は知らない神殿のような場所で目を覚ました。厳密に言えば、知らないけれども最近見たような神殿ではある。ふと周囲に意識を向けると、すぐ近くから女の子の声が聞こえてきた。
「ダメ! お兄ちゃんはメープルのものなんだから!」
「何? 主様は私の主様だ。決して貴様の主ではない!」
「あなたはお兄ちゃんに仕えてるだけでしょ? それならお兄ちゃんはあなたのものでもない!」
どういうことか、すぐ目の前でリーンとメープルが俺をめぐって争っていた。いきなりの展開すぎて俺には全く意味が分からないが、何故か俺の体は勝手に二人の間へと入っていき、頭が考える間もなく二人の仲裁に入った。
「やめてくれ二人共!」
「止めないでくれ! 主様」
「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!」
「どうしちゃったんだ二人共? 俺達三人は昔からいつも一緒にいる仲間じゃないか。それに、俺は誰のものでもない!」
考えずとも、口から勝手に言葉が出てくる。俺にとって大事な二人が争うなど耐えられないと思う心が、勝手に俺を突き動かしていた。
「しかし、私は主様なしには生きていけない! 主様がこんなお子様のような体型の奴のものになって、あ……あんなことやこんなことをしてしまうなどと考えるだけで、頭が、いや私の体がどうにかなってしまいそうだ!」
「誰がお子様よ!? 天使のくせに胸や太もものラインが目立ついやらしい服装して、本当は淫らな悪魔なんじゃないの? これ以上お兄ちゃんを誘惑しないで、このハレンチ天使!」
聞くに絶えない言葉が二人の間を飛び交う。内容からしてどうもただの痴話喧嘩のようだが、強大な力を持つ二人なだけにこれ以上ヒートアップさせるのはさすがにまずい。
「二人共やめろ! 俺のせいで二人が争うのはこれ以上見たくない!」
「だがしかし……」
「でもこいつが!」
仲裁に入るも二人のケンカはとまらない。ここはひとつ、男をみせる必要があるとみた!
「二人共聞いてくれ。俺はいつも二人のことをすごく大事な仲間――いや、家族と言ってもいいと思っている。」
「主様……」
「お兄ちゃん……」
俺が真面目な雰囲気で話し始めると、険悪状態の二人は動きを止めて俺の言葉に耳を傾ける。
「二人にそこまで想われていることは本当に嬉しいよ。でも、そんな大事な二人が俺を理由に争うなんて絶対に嫌なんだ。二人が本気で争ってその大事な体に傷がついちまうようなことになったら、俺すげー悲しいよ。」
二人とも強い戦士だとはいえ、れっきとした女の子だ。こんな事でその綺麗な体に傷なんかつけてほしくない。
「……すまない主様」
「ごめんねお兄ちゃん」
俺の言葉を聞いてか、二人の興奮がだんだんとおさまってきた。なんだ、俺だってやれば出来るじゃないか! ここまできたなら仲直りまでもう一息といったところだろう。
「いいんだ二人共。これからも俺についてきてくれるか?」
「もちろんだ。主様」
「そんなの当然だよ!」
「ありがとう。それじゃあ今後の為にも仲直りしてほしい。二人ともいいか?」
「主様に言われるまでもない。今回は私が悪かった。すまなかったな、メープル」
「あたしこそ酷いことを言ってごめんなさい、リーンさん」
よし、これで一件落着だな――
「あ、ちょっと待って」
話は終わったと思いきや、メープルがリーンを呼び止める。
「気を悪くしないで聞いてね。一応あたしの故郷では間違いなく仲直り出来たか確認する為に、心の底にある思いを言葉にする魔法をお互いにかけるの。もちろんリーンさんを疑うわけじゃないんだけど、これからのお互いの為にも協力してもらっていいかな?」
メープルは森のエルフである。おそらく里に伝わる風習か何かだと思うが、なるほど、これからのお互いの信頼を高め合ういいアイデアかもしれない。
「ええもちろん。私は構わない」
「ありがとう! それじゃそのままそこに立っててね」
リーンが了承し、メープルが思いを言葉にする魔法とやらの詠唱を始めた。メープルを中心として魔法陣が地面に広がり、透明な球体のようなものが二人を包む。すると、どこからかリーンとメープルの声が響いてきた。
「自分勝手な行動で二人を困らせてしまった。心から仲間を信じ、自分の気持ちを制御出来ていればこうはならなかっただろうに、二人には申し訳ないことをした。本当にすまない」
「あたしは自分の為だけにお兄ちゃんを独り占めしようとしてしまった。こんな大事な時なのに何をしていたんだろう。こんなの傍から見ればただ駄々をこねてるだけで、子供っぽいって言われてもしょうがないよね。二人共、迷惑かけてほんとにごめんね」
二人の心は、心底からの謝罪の言葉で満ちていた。嘘偽りない言葉を魔法を通じて聞いた二人は、互いに抱き合うようにして仲直りをした。心から信じ合うことの出来た友情とは、こんなにも美しいものか。
「よし、これにて一件落着――」
仲直りシーンにまざるように俺は二人に近づいた、その時――
「いやー、リーンはマジでエロいボディラインしてるよなー。さっきケンカしてた時なんか胸がぷるんぷるん揺れてかなりエロかったし、そんな女の子が俺を必要としてケンカしてくれるなんて、いやー男冥利に尽きるってもんだ」
どこからか、やばすぎる言葉の羅列と共に俺の声が響き出した。しまった、まだメープルの魔法陣が展開されているままだ!
「メープルもほんと可愛いよなー。楓に似てて可愛いけれど、楓は妹だから手が出せるわけもない。その点、メープルはお兄ちゃんとは呼ぶけれど実の妹ではないし、これってちょっとした禁断の愛みたいでそそるものがあるよなー」
やめろやめろやめろ! 心の声よ、お前もうちょっと自重しろ! さすがにこれは、一生心の中に秘めて墓まで持っていくような内容すぎるだろ!
「いや……これは……あの、な?」
酷すぎる心の声を誤魔化せるわけもなく、焦りに焦って言葉がうまく出てこない。一方リーンとメープルは、俺の心の声とやらを聞いて顔を赤くし俯いている。赤い理由は照れか怒りか、はたまた両方か……どちらにしてもこの状況、よろしくない!
「主様」
「お兄ちゃん」
二人は、俯いたまま低い声で俺を呼ぶ。うん、これは怒り99%、照れ1%くらいで圧倒的に怒りに傾いちゃってるね。格闘ゲームで言うなら、画面下にある怒りゲージがぼうぼう燃えて、MAXになっているのが目に浮かぶようだ。
「はい……なんでしょう……?」
恐る恐る聞き返してみるが、言葉のかわりにリーンは槍を構え、メープルは詠唱を始めた。ようこそ、俺の寿命よ。
「セイクリッドランサー!」
「サモンゴーレム!」
先程まで俺をめぐって争っていたとは思えないくらい、殺傷能力が高そうな必殺技を堂々と俺目掛けて放ってきた。グッバイ、俺の命。
「うわー!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「――能美、起きろ能美!」
教壇から先生が能美君を呼ぶも、能美君は全く反応がない。自分の席に着くなり突っ伏していたし、今日は疲れていたのかな。
「ちっ、完全に寝てやがる。朝一番の私の授業から寝るとはいい度胸だ。とりあえず雛森、そこのねぼすけを起こしてくれるか。」
「え? あ、はい!」
いきなりの先生からの指示に驚きながらも、能美君を起こす為に目の前にある体を揺すってみる。こういう時、委員長って完全に損な役だなって感じる。
「能美君、能美君!」
いくら揺すっても一向に起きる気配がない。はやく起きて! クラスのみんなが注目してる中で、男の人を起こすなんて恥ずかしいよ~!
「雛森、こうなれば実力行使だ。鼻をつまんで無理矢理起こしてしまえ」
「いや、それは……」
「問題ない、やれ」
「……はい」
先生がサドっ気全開で楽しそうに鼻つまみの指示を出してくる為、なんで私が……と思いながらも、断り切れずに私は能美君の鼻をつまんだ。しかしこうやって間近で見ると、能美君って意外とカッコイイんだなぁ……って何考えてるの、わたし!
「……ん、んんん」
あ、結構苦しそうだし、もう少しで起きそうかも。そう思って私は能美君の顔を覗き込むかのように近づいた、その時――
「うわー!」
突如、能美君は叫びながら起き上がった。私目掛けて。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「うわー!」
リーンとメープルの攻撃が眼前にせまり、悲鳴をあげる。藁にでも縋るかのように、目の前にあった神殿の柱へ飛び付き抱きしめる。
悲鳴をあげながら柱を登り攻撃をやり過ごそうとするという、なんともカッコ悪い醜態を晒していたところ、ふと気がつくとさっきまで抱きしめていた柱は、全然別の柔らかい何かに変わっていった。それでも登っていくと、突如顔を挟むようにに二つのでっぱりが現れ、そのでっぱりはそのまま顔で押し上げてもびくともせず俺の行く手を阻んだ。
「い、いや……」
何故かふわふわとした抱き心地に変わっていく柱、そして顔の両側を挟んでいるでっぱりがぷにぷにと柔らかくて気持ちがいい。それに女の子特有のいい匂いがして心が安らぐ。ここは……もしかすると天国なのか?
「いやー! はなれてー!」
バチンっと頭に響くほどの強烈なビンタを数発くらい、俺は床に転がるようにして倒れた。本気ビンタによるかなりの痛みにより、朦朧としていた俺の本来の意識が現実へと引き戻される。そして気付いた。
俺が思い切り抱きしめていたのは柱なんかではなく、ポニーテールが可愛い委員長――雛森梅乃(ひなもりうめの)だった。
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