■第6話 聖戦開始
神秘的な神殿の入り口のような場所でリーンとメープルが対峙する。格闘ゲームのキャラクター達は、何故そこに対峙しているのだろう、とたまに思う。ゲームの中でなければ、この二人が睨み合ったような状況は、緊迫の瞬間そのものだろうから。
「1st Round 聖戦(ジハード)!」
2ラウンド先取のまずは第1ラウンド、厨二病くさいラウンドコールで決戦の火蓋が切られた。ここは昔からの格闘ゲームの鉄則である、跳ばせて落とす作戦だ! 俺はまずリーンをバックさせ、メープルとの間合いをとった。
「まずは先制! くらえ、セイクリッドランサー!」
俗に言う波動コマンド、十字キー入力236とCボタンを同時に入力し必殺技コマンドの入力を完了すると、リーンが勢いよく槍を投擲した。強パンチボタンであるCボタンで入力が完成したセイクリッドランサーは、かなり速い速度で直線的に画面の端へ向かい飛んでいく。
それにしてもこのゲーム、技を出したりするだけで揺れたり見えたりするんだな。投擲モーションによって大きく振りかぶった際に、リーンの胸元や、スカートみたいなひらひらした服のめくれ具合がとても扇情的だ。
「それっと」
俺が変態的な目でゲームを見ている中、楓のメープルは当然の如く槍を跳び越し攻めてくる。もちろんその動きは想定済みである俺は、すかさず跳んできたメープルに対し、対空必殺技の入力を用意。俗に言う昇竜コマンド、十字キー入力623とCボタンの必殺技コマンドを入力する。
「そこだ! 打ち払え、セイクリッドソード!」
あまりに想定通りの行動に調子に乗った俺は、気がつくと恥ずかしげもなく、そして大声で必殺技の名前を叫びながらコントローラーを操作していた。コマンド入力完成後、リーンは大きく跳び上がり、槍を跳び越したメープルを打ち上げ→打ち下ろしの二段攻撃であるC版セイクリッドソードで迎撃し打ち落とした。
「よし! ファーストアタックはいただきだ!」
迎撃されたメープル。セイクリッドソードの打ち下ろしによって地面に叩きつけられるも、地面についた瞬間に跳ねるように受身をとり、瞬時に態勢を整え直した。
「やるね、お兄ちゃん!」
フフフ、いくらブランクがあったとはいえ元ゲーマーである俺にとってはこのくらいは余裕だぜ! このまま攻勢を維持して勝利をもぎ取る!
「俺を甘く見るなよ、楓!」
改めてリーンをバックさせて再度メープルから距離を取り、間合いをはかって再度セイクリッドランサーを何度も放つ。先程は前にジャンプして跳び越してきていたメープルは、今回は槍を垂直ジャンプでかわしたり、ガードをしてやり過ごしている。
「どんどんいくぜ! そらそら!」
「甘いねお兄ちゃん。そんな戦法はあたしに通用しない!」
「何!?」
「出でよ、ゴーレム!」
槍が飛んでくる隙間の一瞬、メープルが必殺技のサモンゴーレムの魔法を詠唱する。するとすぐにメープルの目の前の地面に魔法陣が出現し、魔法陣の底からゴーレムが現れた。
「今度はこっちの番だよ!」
現れたゴーレムが前方へ向かって突進してくる。なるほど、あっちも飛び道具持ちということか。しかしこれはゴーレムと槍が相打ちで相殺され――
「行け、ゴーレム!突き進め!」
槍とゴーレムが衝突してお互いの飛び道具が相殺されると思いきや、ゴーレムが一方的に槍をかき消しながらそのまま突進してきた。
「そんなんありかよ!? 危ねぇ!」
咄嗟にゴーレムの突進をガードし、ゴーレムがそのままリーンをすり抜けて画面端へと消えていく。しかしリーンが防御していたその間、ゴーレムの後ろをついてきたように攻めてきていたメープルが、リーンの目の前まで一気にせまってきていた。
「ここからあたしのターンだよ!」
「くっ!」
近くまでこられては仕方がない。跳ばせて落とすのは一旦諦めて接近戦で戦うしかない!
「やらせるか!」
俺は攻撃力の高い強パンチ攻撃であるCボタンを連打し、メープルの接近を阻もうとする。
「遅いよ!」
ここでメープルが繰り出したのは弱パンチであるA攻撃だった。強パンチのC攻撃よりもA攻撃のほうが攻撃判定の発生がはやく、リーンのC攻撃の攻撃判定が出る前にメープルのA攻撃を食らい、リーンのC攻撃は不発に終わってしまった。昔さながら、困った時は俺が強パンチを連打する癖を覚えていて、それを読んでの行動なのかもしれない。
「何!? だがそんなチンケな攻撃、痛くも痒くも――」
「はたしてそうかなー?」
あれ? A攻撃からどんどん連続で攻撃が繋がっていく。しかも攻撃がコンボになって繋がっていて途中で反撃もガードも出来ない!
「くそ! 弱パンチをくらっただけでこんなことが!?」
A攻撃からB攻撃、そしてC攻撃にD攻撃とメープルの攻撃がコンボとなり繋がっていく。
「まだまだ行くよ、お兄ちゃん! サモンツリー!」
メープルの目の前、リーンの足元あたりに魔法陣が出現し、魔法陣から針葉樹が生える。生えてきた針葉樹の勢いは凄まじく、コンボが繋がったままその勢いに直撃したリーンは空中へと吹き飛んだ。
「まだ終わんない! それそれ!」
吹き飛んだリーンの目の前には、既にメープルが追ってジャンプしてきていた。本来このゲームは空中でも受身を取ってコンボから逃れることが可能のようだが、サモンツリーによって空中受身不能となっている時間が長く設定されているようで、未だコンボが繋がっている状態の為に空中受身が取れず、リーンは反撃もガードも出来ず為す術がない。
「ほらほらほらほら!」
空中でも再度メープルの連続攻撃が炸裂する。ジャンプ中にAボタンの弱パンチであるJA(ジャンプエー)攻撃からJB攻撃、そしてJC攻撃にJD攻撃。そしてとどめと言わんばかりにメープルは弓を構えて空中に静止した。
「落ちてしまえ、アローレイン!」
リーンの頭上あたりでメープルの弓から連続の矢が射出され、被コンボ中で無防備のリーンに直撃する。多段攻撃の必殺技、アローレインによってリーンは地面に叩きつけられ強制ダウン。気が付けばA攻撃を始動としたコンボでリーンの体力は既に3割近く消耗していた。
「ただ弱パンチ攻撃を一回食らっただけでこんなに……」
アローレインによる地面への叩き付け、強制ダウン効果により地面に叩き付けられたリーンは、すぐに受身がとれずにゆっくりと起き上がろうとする。
「ここから態勢を立て直すぞ。まだまだだ!」
格闘ゲームにおいてのダウン直後の起き上がり時は、起き上がりきるまでどんな攻撃も無効である。しかしそんなことは構わないと、リーンが起き上がる前にメープルがすかさず攻撃モーションに入った。
「そこだ! スナイプアロー!」
アローレインを打ち終わった直後、メープルはそのまま空中にいる状態で真上に矢を射る。矢は画面上に消えてしまい、俺にはその行動の意味がよく分からない。
「どこ打ってんだ! この隙に間合いを取る!」
「フッフッフ、そうかなー?」
俺はリーンが起き上がりきるタイミングに合わせ、十字キーの後ろを2回押しバックステップを入力する。バックステップはステップの最中に無敵時間があり、相手の攻撃を避けやすい行動の一つだからだ。
「チッチッチッ」
楓が俺の横で人差し指を立てながら舌打ちする。楓、その仕草なんか古くさいぞ……
「この連携、抜けられるかな?」
「何!? 上から矢が!」
先程メープルの射ったスナイプアローが、リーンの起き上がりのタイミングにバッチリ合わせて真上から降ってくる。リーンは起き上がり直前に入力したバックステップを、起き上がった直後すぐに行った。
「かわせた! って、え?」
スナイプアローの矢はバックステップの無敵時間で避けることに成功。しかし矢が地面に刺さった瞬間に爆発し、その爆発の衝撃波がバックステップの無敵が切れたリーンに直撃し吹っ飛んだ。
「悪いね、お兄ちゃん♪」
リーンに爆発の衝撃波が当たって吹き飛んでいる瞬間、またすぐ傍までメープルが攻めてきていた。
「はいもうワンセット♪」
スナイプアローの爆発によるよろめき状態から、今度はC攻撃から始まる先程と同じようなコンボを叩き込まれる。地上のコンボからサモンツリー、そして空中コンボ最後のアローレインにて地面に叩き付けられ、すぐさま起き上がりに合わせたスナイプアローからの起き攻めをしかけてくる。
「何だこれ……」
起き上がってもリーンのターンは回ってこず、一方的にメープルの攻めが続く。しかしただ呆然として食らっているわけにはいかないので、俺は起き上がり時のスナイプアローによる矢の攻撃と爆発をガードし、防御に徹することにした。
「暴れても無駄だって分かったみたいだね。でもお兄ちゃん、守ってるだけじゃあ勝てないよ!」
メープルは当然のように間合いを詰め、リーンのガードを崩そうとする。こういう時、このゲーム自体の知識が全くと言っていいほどない俺は、どの攻撃をどう防げばいいのかが分からず完全に不利だ。
「くっ!」
「あたしの攻撃、防ぎきれる?」
「うう、とりあえずガードを――」
「まあそうくるよね。それならこれで!」
「え!?」
「そうれ!」
ガードに徹していたリーンだが、楓が俺の徹底的なガードを読み、ガードの出来ない投げ攻撃でリーンのガードを崩す。メープルの投げにより空中に吹き飛ばされたリーン。もう既に体力は残り少なく瀕死状態だ。
「とどめ!」
楓が興奮気味に身を乗り出し超必殺技のコマンドを入力する。すると画面が暗転した後にメープルの弓が光り輝き、弓と矢に風が集中していく。反対に、空中に投げ飛ばされたリーンは投げられた後も空中での受身が取れず、投げからのコンボを待つかのように何も出来ないままだ。
「シルフィードショット!」
メープルと楓が同時に叫んだ。メープルの弓から烈風を纏った矢がものすごい速度で放たれ、空中に吹き飛ばされていたリーンを射抜く。リーンの体力が一気になくなり、俺は1ラウンド目を敗北した。
「ウイナーイズメープル」
ゲーム画面にメープルの勝利を表すテロップが表示され、同時にメープルの勝利を告げるナレーションボイスが流れた。
「やったー!」
楓がガッツポーズをとり、勝利の喜びを体で表現する。対する俺はゲームの腕の差に茫然としながらも、2ラウンド目でのリベンジに向けてコントローラーを握り直す。まだ完全に負けたわけではないので、諦めるわけにはいかない。
「まだ1ラウンドだけだ!次こそは!」
すぐさま楓もコントローラーを握り直し2ラウンド目――
「ま、負けた……」
「勝ったー! お兄ちゃんに勝ったー!」
腕の差は歴然としている中、2ラウンド目ももちろん勝てるはずがなく、メープルの体力を1割も減らせないまま俺は敗北した。愕然としている最中、俺の隣では楓が勝利を叫びながら謎のダンスを踊っている。
「楓、はしゃぎすぎ……」
俺の声など全然聞こえないほど、楓はダンスが如く跳ね回り、勝利を体全体で表現している。もうスカートがガンガンめくれて、水玉の下着がまる見えなのも気にしないほどである。大きくなった楓がここまで騒がしくはしゃぐのを見るのは初めてかもしれない。
「もう俺、元の生活には戻れないのかな……美奈や楓に罵られ無視される日々が続くのかな……」
妹相手に格闘ゲームで完全に惨敗し、打ちひしがれうな垂れる。死ぬほどカッコ悪い。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「……」
「ショックかもしれないけど、そんなにしょげてないで顔を上げて?」
「楓……」
負け犬状態になって放心している俺に、楓が心配してそうな声で話しかけてくる。打ち負かされた相手だというのに、その声で心が救われそうな気がして目尻が熱くなってくる。
「それじゃお兄ちゃん、お待ちかねのお仕置きタイムだよ♪」
救いを少しでも期待した俺が馬鹿だった。分かってたけど、こいつ全然俺の心配なんてしていない。ただ言うことを聞かせる為に、倒れている俺を無理やり引っ張り起こしているだけ。俺の胸中などどこ吹く風というように、楓は楽しそうな声で悪魔のような言葉をかけてきた。
「お仕置き!? 言うことを聞くんじゃなかったのかよ!?」
「あはは! 冗談だよ、冗談。まあお仕置きにもなるかもしれないけど♪」
くそう、♪とか楽しそうにしやがって。
「それじゃ明日の放課後、あたしに付き合ってよ。バイト休みでしょ?」
「確かに休みだが……付き合うってなんだ? どこかに行くってことか?」
「そうだけど、行き先はまだ秘密。まあ、悪いところじゃないから安心して」
「それは俺の肉体と財布は安心出来るところか?」
俺が自分の心配をした発言をしたところ、楓は死神のような黒い顔で目を光らせ見下してくる。
「……お兄ちゃん、あたしのことなんだと思ってるのかなぁ?」
「!?」
楓の顔から笑みが消え、キレる直前の予感がぷんぷん漂っている。またしても冷や汗が止まらない。楓を死神や地獄の使者だとか言っているこの心の内は間違っても口には出せない。
「可愛く優しい自慢の妹、楓様です」
妹相手にへりくだり、腰を低めて頭を垂れる俺。こんなことをしているが、決してM属性ではないと言わせていただきたい。
「よろしい。じゃあ変な勘ぐりはしなくていいからさっさと出てって。それにお兄ちゃんの体も財布も悪いようにはしないから安心して」
「ほっ……分かった。明日の放課後だな」
「うん。詳しいことはまた明日言うから」
「了解。それじゃあおやすみ、楓」
「おやすみ~」
俺は地獄の使者との約束をさせられ、心配が拭えないまま隣の自分の部屋に戻って間もなくベッドに倒れこむ。
「はあ……どうなっちゃうんだろうなあ俺。それにしても楓、ゲームめちゃくちゃ強かった。昔とは全然違う感じだったし、俺じゃ手も足も出なかった。」
昔とは激変した妹のゲームに対する技量に心の中で感激しつつ独り呟く。その上で明日以降の心配をしながら横になっていると、今日のいろいろな疲れからか、俺は猛烈な睡魔に襲われそのまま眠りについた。
一日は終わり、夜が更けていく。悪夢のようなこの夜が明け、後に明るい朝が来たとしても、その光は俺に届かずに暗い地獄のような日々が待っていることだろうと、この時俺は思っていた。
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