■第5話 セイントハート ~A saint's garden~

「ゲームで勝負? 楓が?」

「おかしい?」


 確かに昔はよく楓や美奈とよくゲームで遊んでいた。しかし、ゲームではいつも負けてばっかりなイメージしかない楓が、勝算もなく勝負を仕掛けてくるとも思えない。


「いや、おかしくはないが……」


 もしかして、ゲームっていうのは普通のゲームではないのか? というか地獄の使者が繰り出すゲームってなんだ? こうなるともう、命を張ったデスゲームくらいしか考えつかない。


「何て顔でこっち見てんのお兄ちゃん。ゲームっていうのはこれ」


 考えていることは見透かしている風なこと言いながら、楓はラックからとあるブツを取り出す。俺の第六感を以ってしても、取り出したブツからは禍々しいオーラは感じられない。ということは……?


「ん? これはプレイドライブ4のゲームソフトか?」


 これは、どうみても死を予感させるアイテムではない。良かった、どうやら俺の命は繋がったようだ。


「そう、セイントハート。操作出来るキャラが全員女の子で、そのパッケージに描かれてるような可愛いキャラがたくさん出てくる2D対戦格闘ゲームだよ!」


 何故か興奮気味になってゲーム内容を説明する楓。言われて見れば確かに可愛い。いや、可愛いだけじゃなくエロい! 


「これは……いいのか!?」


 このキャラなんてもう露出狂みたいな格好しているし、そこらへんの美少女ゲームのキャラよりエロいんじゃないか? それを俺が操作しちゃっていいのか? それはヤバイ、ヤバイだろヒャッホー!


「A saint's garden――聖女の箱庭とな? こんな女の子達に囲まれて……じゅるる」

「お・に・い・ちゃ・ん? とりあえずその下衆みたいな顔でパッケージを凝視するのやめてくれる?」

「す、すまん!」


 いつの間にかエロい目でパッケージを凝視していたようだ。おっとよだれまで出ている。こういうことで今日は怒られてるというのに、いけないいけない。


「全くもう。とにかく! このゲームで対戦してあたしと勝負。いいね?」

「それはいいが、何でまたこんな?」


 楓が格闘ゲームで対戦を挑んできた意味が分からず俺は尋ねた。こういっては何だが、楓が俺にゲームで挑むなど、楓の分が悪いだけだと思う。


「あたしが勝ったら、お兄ちゃんは何でもあたしの言うことを聞く」

「何でも? いったい何をさせるつもりなんだ?」


 何でも、という言葉は危険なにおいしかしない。最悪、家から追放というのもあり得なくはない。


「それはまだ秘密」


 どうあっても今は言うつもりはないらしく、不安はよぎるが今は追及出来る立場にない。しかし、勝負というからには俺が勝つ目もあるわけで……


「俺が勝ったら?」

「今日のことはなかったことにしてあげる。今回の件について、美奈ちゃんにもうまく取り繕ってあげることを約束する。どう?」


 これは……チャンスなのでは?


「大きく出たな。そんなに俺にゲームで勝つ自信があるってことか?」

「自信はさておき、あたしはこの勝負で失うものなんてないし、大きく出たつもりなんてないけどね」


 言われてみればそれもそうだ。俺が賭けさせられているものは、ただの俺の自業自得な失態への代償だ。しかし、自信についてをちょっとぼかしたということは、俺にも勝機があるということかもしれない。


「よし分かった、楓! 俺と勝負だ!」

「交渉成立! お兄ちゃん、男に二言はなしだからね!」


 楓とのゲームにさえ勝てば、俺は今までの平和な生活に戻れる。よく考えれば、今まで楓にゲームで負けた覚えはない。昔はゲーマーとまで言われたこの俺が、妹に俺の得意分野で勝つだけで生き残れるんだ!


「(フッかかった)」


 一度自信を持つと、不思議と負ける気がしなくなってくる。というより、もう生き残った? ははは、生き残った生き残った生き残った!


「(やっぱり単純だね、お兄ちゃんは)」


 俺が自分の中で勝手に盛り上がって勝ちを確信している中、楓が笑いを噛み殺したような表情で何かを呟いていた。が、すぐに表情を戻しゲームをセットし始める。


「楓、今何か言ったか?」

「別に何でもないよ。今ゲームの用意するから、お兄ちゃんはこれでも読んで待っててー」


 楓がゲームをセットしている間、説明書を読み操作方法を確認する。まあ、コントローラーが載っているページにある操作方法と、使いやすそうなキャラの必殺技ページくらいを確認しておけば問題ないだろう。昔の2D対戦格闘ゲームもよくやっていたし、その頃はよく楓や美奈と対戦してボコボコにしてやったものだ。


 説明書によると、セイントハートの攻撃ボタンはA:弱パンチ、B:弱キック、C:強パンチ、D:強キックの4ボタン。レバー、もとい十字キーの入力についての表記はテンキーの並びとなっていて、例えば下、右下、右の順のレバー入力は236と数字で表記してある。


「なるほどなー」


 説明書にテンキーの並びで表記されているのは珍しいが、これも時代の流れなのだろうか。ちなみにテンキーは下段から123と始まり、スマホや電話などは上段から123と始まるので、配置を間違えないように注意だ。


「お兄ちゃん、準備出来たよー」

「おう! でもあとちょっとだけ読ませてくれ」

「必死だね、お兄ちゃん」

「当たり前じゃないか! 俺の人生が賭かっているかもしれない勝負なんだからな!」


 勝てるとは思っているが、さすがに負けたら洒落にならない。念には念を入れるさ。


「なんていうか……うん。人生が賭かっている理由が理由なだけに、なんか気持ち悪いね」

「うっせ! さあ、やるぞ!」


 説明書を片付けた後、俺は楓と共にテレビの前に座ってコントローラーを握る。昔はよくあった光景だが、久々というのもあり、そして俺の人生が賭かっている勝負というのもあり、緊張が走る。


「それ、ポチッとな」


 どこかで聞いたような言葉を呟きつつ楓がプレイドライブ4の電源を入れると、画面にはゲーム最初のオープニングムービーが流れ始めた。格闘ゲームには似つかない、美少女ゲームばりの綺麗さや可愛さがあり、それだけ見てもこのゲームに人気があるという理由が分かる気がした。


「へーっ、最近のゲームの映像は結構綺麗なんだな」

「そうでしょ。ちなみにこれ、ゲームセンターにもあるゲームで、定期的に大会とかもやってるかなりメジャーなゲームなんだよ」

「ふーん。女の子キャラしかいないゲームってマイナーなイメージがあるけど、意外にそんなことないんだな」

「男の人だけじゃなくて、ゲームをするしないに関係なく女の子にも人気があるからね。コスプレしてる女の子も多いよ」

「コスプレ、ね。昔はそんなの全然いなかったのに時代は変わったな」


 最新のゲーム画質やゲーム事情に驚いている最中にオープニングムービーは終わり、画面がタイトル画面に移行。2プレイヤー対戦モードを選択し、画面は更に使用キャラクター選択画面へと移行する。


「うわ、キャラクター多いな!」

「最近のゲームはみんなこれくらい普通だよ。で、お兄ちゃんはどれにするの?」

「そうだな。やっぱり俺自身が主人公って感じだし、主人公っぽいオーラを放ってるこいつがいいかな」

「え、お兄ちゃんが主人公って何それキモい。そんな物語に出てくるヒロインは最悪の極みだね」


 さらりとキモいとか酷いことを言う楓は放って、俺は主人公のリーン(1プレイヤー側のカーソル初期配置にいたからそう思っただけ)を選択する。リーンは天使の騎士っぽい感じの、いかにも強そうなキャラクターだ。さっき説明書見てた時、一応リーンの必殺技コマンドも確認しておいた。


「じゃあ、あたしはこれ」

「お、そのキャラも可愛いな」

「でしょでしょ! あたしのお気に入りのキャラなんだ♪」


 お気に入りキャラを可愛いと言われて嬉しかったのか、楓は、楓の髪型に似たキャラ――メープルを上機嫌に選択していた。メープルは森のエルフって感じの、いかにもふわふわしてそうなキャラクターだ。二人ともキャラクターの選択が終わり、とうとう画面が対戦画面へと移行。対戦が始まろうとしている。


「それじゃお兄ちゃん、始めるよ! あたしが勝ったら絶対約束守ってよね!」

「その言葉そっくり返すぜ! お前こそ約束守れよな、楓!」


 こうして突如始まったセイントハートによる妹との戦い、俺の人生を賭けた決戦が幕を開けた。

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