■第3話 親バレならぬ妹バレ
俺と美奈の家は隣同士で、親同士も仲良く昔からよくお互いの家に遊びに行くことも多かった。しかし美奈の父親が数年前交通事故に遭い亡くなって以降、美奈と遊ぶ目的で絡むことはなくなってしまった。
恭子さんも元から体が弱かったこともあって事故を期に体調を崩してしまい、今では入院生活という状態。親の収入がない状態の今、美奈は自分のアルバイトの少ない稼ぎで生活をしている。
今でも美奈と一緒に病院へお見舞いに付き添ったり、共にバイトに行くことなどの付き合いはある。しかし遊ぶことはもちろん、男女関係に発展する機会などありはしない。美奈から遊びに誘ってくることもないし、そんな美奈を俺が遊びに誘っていいのかも分からなくなったからだ。
昔の美奈はすごく明るかったのに、今ではあまり喋らなくなってしまった。こんな時こそ近くにいる俺が何とかしないといけないのに、情けないばかりだ。
「何とかしてやれないかな……それ以前に変態の汚名を返上しないとだな」
今日の失敗を心の中で反省しつつ、玄関の扉を開けて靴を脱ぐ。玄関の扉を開けた音で気付いたのか、この家での唯一の家族の足音がこちらへと向かってくる。
「お兄ちゃんお帰り!」
台所にいた妹――能美楓(のうみかえで)が、自慢のツーサイドアップの茶色の髪を翻しながらエプロン姿で玄関へと出迎えた。
「ただいま、楓」
楓の明るい顔を見ていると、先程までの重い気持ちが嘘のように心が晴れる。楓は、我が妹とは思えないほど可愛らしく、そして頭の回る出来のいい自慢の妹だ。もちろん作るメシもうまい。
先に言っておくが、俺はシスコンではないからな? ただ仲の良い兄妹ってだけだからな?
「さっき難しい顔してたよ。どうしたの?」
「別に何でもないよ」
顔に出ていたのか、いきなり心配モードで応対してきた楓をポーカーフェイスでやり過ごす。楓も、俺と同じくらいかそれ以上に美奈と仲が良いので、今日の失態はばれたくない。
「ふーん? ならいいけど」
「それよりメシ出来てる?」
「もちろん! 早速ご飯にする? お風呂が先? それとも――」
あたかも付き合っている男女のようなやり取りが始まる。妹よ、そのテンプレ台詞は同棲し始めた男女カップルの会話であってだな――
「いっぺん死んでみる?」
おかしい、聞き間違いか? 俺はまるでどこかの河の上で小船に乗せられ、地獄に連れられてきたような感覚を覚えた。
「楓ごめん」
「なに? お兄ちゃん?」
「今のセリフ、ちょっと何て言ったか聞こえなかったんだけど、もう一回言ってもらってもいいか?」
「ご飯にする? お風呂が先? それともいっぺん死んでみる?」
満面の黒い笑みで楓はリピートした。どうしよう、最近の世の中にはこんな地獄じみた出迎えが流行っているのだろうか。そんなことよりあの笑みの裏に隠れたどす黒い怒りのオーラがやばい!
「どうしたんだい楓さんや? 今の若い世代ではそういう出迎えでも流行っているのかえ?」
俺は楓のオーラに身震いし、恐る恐る爺のような物言いで穏やかに聞いてみた。
「そんなわけないでしょ。そんなことよりこれ、どういうこと?」
楓がスマートフォンのメッセージアプリ<LUNE>の画面を俺に向ける。
「どれどれ?」
柊が今日バイト先でエッチな本を大量に仕入れていたので、燃やして供養して下さい。
「これ、誰から?」
「美奈ちゃんから」
なるほど、怒っているのはこのメッセージが原因か。美奈が帰っている最中にずっとスマホをいじっていたのは、楓へメッセージを送っていたからだったっていうことか。
ていうかメッセージ内容ひどくね? その燃やして供養する対象は本であって俺ではないと信じたい……というより、俺のじゃなくて店長の本だから燃やすわけにはいかないだろ!
「いや、楓。これには深い理由があってだな」
「深い理由?」
「海よりも深い深~い、男にとって大事な理由さ」
きっと男性諸君にはお分かりいただけるだろう。しかし楓はまだ十四歳だし、どう言えばいいものか難しいところだ。
「へー、その深い理由っていうのはこれにもあるの?」
そう言いながら、楓はエプロンの裏から何かを取り出して地面へと放り捨てた。
「え?」
どこかで見たようなシーンが目の前で再現された。地面に放り捨てられたそれらは、俺の机の引き出しの中、更に二重底の下に隠してあった俺の秘蔵コレクションである薄い本達だった。
「じゃあその深い理由とやらを教えて? お兄ちゃん」
可愛い顔をした地獄の使者を目前に、冷や汗が止まらない。心臓の鼓動も速くなり、赤色灯を点灯させたパトカーに追われているような感覚を覚えた。
「なんで俺のコレクションがここにあるんだ……」
「誰が家の掃除してると思ってんの? お兄ちゃんが部屋を全く掃除しないから、あたしが掃除してるんでしょ」
そうか、俺が掃除をしないから楓が掃除をね。それは面倒をかけて申し訳なかったな……って!
「ちょっと待て! その言い方だと俺の部屋も楓が掃除してるのか!?」
「当たり前でしょ? お兄ちゃんがバイトしてる最中とかにぱぱっと掃除してるってーの」
やばい、これはまずい! いや、落ち着け俺。目の前にぶちまけられた秘蔵コレクション達は、まだ禁がつかない一線は超えていないやつらだ。問題のブツは押入れの鍵付き金庫の中だし、それはいくら楓でも鍵のナンバーまでは知らないはずだ。
「すまない楓! これらはみんなバイト先の店長からの預かりも――」
預かり物という言い訳を言い切る前に、楓がまた黒い笑みを作った。とても嫌な予感がしてならない。
「お兄ちゃん、美奈ちゃんがほんとに大好きなんだね~」
「へ?」
放たれた言葉が突拍子すぎてとまどってしまい、俺は変な声を出した。
「美奈ちゃんが大好きすぎて、金庫の鍵まで美奈ちゃんってそれはないでしょ~」
楓は、笑いながらも不穏すぎるワードを並べて語っていく。
「何言って――」
「みなみな、数字に直せば3737」
俺は放心し立ち尽くす。こんなことを女子から、それも妹の口から直接聞いて平静を保っている奴がいるとしたら、そいつの心は既に壊れていることだろう。
「いやー、簡単だったよ金庫破り。こんな安直なキーナンバーにも驚いたけど、金庫の中身を見た時はもっと驚いたね。何せ中身が全部――」
「わー! わー! それ以上は言わなくていい!」
終わった。俺は妹にまで変態のレッテルを貼られ、家の中でまで迫害を受けつつ生きていく未来しかないんだ。金庫の中身まで見られたらもう誤魔化しきれない。
「まあ、お兄ちゃんも男だから仕方ないとは思うけど、店長さんに罪をなすりつけようとしたり、美奈ちゃんが好きなくせにこんなものばっかり持ってるのはどうかと思うよ? それに――」
楓が床に散らばっている秘蔵コレクションを指差しながら説教を始める。しかし、その言葉は放心している俺に対して、完全に右から左だった。
「――と思うし、ってお兄ちゃん聞いてる?」
今俺の顔は茹蛸(ゆでだこ)のように真っ赤になっていることだろう。仕方ないだろ? 実の妹に隠し続けていたコレクションだけではなく、美奈に好意を持っていることすら見透かされ、それを目の前で暴露されているんだから。でもな、コレクションについては店長が諸悪の根源、布教者なんだ。断じてそれだけは言わせてほしい。
「返す言葉もございません楓様! 本当にすみませんでした!」
心の中で言い訳をしながらも、説教を遮り妹に対してジャンピング土下座で謝る俺。すんごいカッコ悪い。
「ふう。とりあえずこれらは没収、持ってる鞄の中のやつもね」
「え?」
「返事は?」
「ははーっ」
今の楓に逆らうことは、社会的にも物理的にも死を意味する為、おとなしく鞄の中の薄い本も妹に差し出し平伏する。妹にこんな本を手渡ししながら平伏するなぞ不名誉以外の何物でもないが、今の茹蛸のように真っ赤な俺の顔を見られるくらいなら平伏しているほうがましだった。
「よろしい。あ、金庫のナンバーはあたしが変えておいたから」
「え?」
「返事は?」
「ははーっ」
「まあとりあえずご飯食べてお風呂入っちゃって。それでお風呂入った後にあたしの部屋に来て。」
「ははーっ」
平伏したまま妹の指示に次々従う俺。立場的にも見た目的にも滅茶苦茶カッコ悪い。
「じゃああたしは先に部屋に戻ってるから。ご飯食べたら後片付けもよろしく」
「ははーっ」
完全に立場が上になった楓は堂々と俺に指示を与え、殿様状態で部屋へと戻っていった。俺は平伏状態から戻り、遅い夕食を食べにダイニングへと足を運ぶ。そして食事をしながら俺はずっと考えていた。
借りた本に金庫の鍵、どうしよう……と。
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