行動展示2

ネコのシカイ


視界の端から黒い何かが飛び込んでくる。

それが黒猫だと気付いたのは、既に目の前を横切られた後だった。

なんとも不吉なことだ。

その猫を目で追わなければ、僕は確実にその建物に気づかずに通り過ごしていただろう。

「行動展示」

小さな入り口の前には、無機質な看板がひっそりと立っていた。猫は看板の下にお行儀よく座り、こちらをじっと見ていた。


今ここで進路を変えれば、前を横切られたことにはなるまい。

僕は扉をくぐった。通り抜けられればラッキーだ。


「行動展示は、4つの空間で構成される展示です」


説明書きを見ながら中に入ると、薄暗い部屋の隅にすらりとした見た目の男が立っていた。猫や狐に似た顔に人懐こい笑みを浮かべて、じっとこちらを見ている。


「ブラックライトは4方向の壁のいずれかをランダムに照らします」


歓迎の挨拶もなく、男は声を発した。

その言葉で初めて、僕は部屋の中を飛び交う小さな光に気がついた。


「ホワイトボードにはブラックライトが当たると読める文字が書いてありますので、頑張ってホワイトボードの文字を読んでください」

「文字を読むことができればクリアとなり、次の部屋へ進むことができます」


しかし読まなければ先に進むことはできない、か。

僕はさっさと読もうと光の元へ駆けていく。ところがその光は僕が近づくと遠くの方へと逃げていく。捕まえられそうで捕まえられない。気がつくと僕は、まるで猫じゃらしで遊ばれる猫のように、無我夢中で光を追いかけていた。


数分かけてなんとか文字を読みとることができたものの、久しぶりすぎる軽い運動に、体は早くも危険信号を示していた。

笑みを浮かべたまま微動だにしない司会にイラつきながら読んだ文字を伝えると、彼はやっと言葉を発した。


「それでは次の部屋へどうぞ」


開いた扉をくぐれば、そこは机と椅子がある狭い部屋だった。机の上には4つのボタンとモニターがある。僕が机に向かえば、後ろでゆっくりと扉が閉じられた。

モニターには1つ目の部屋が映っている。椅子に腰掛けてみれば、画面の部屋にに小さな男が現れた。
司会の声がモニター越しに聞こえてくる。

「ブラックライトは4方向の壁のいずれかをランダムに照らします。
ホワイトボードにはブラックライトが当たると読める文字が書いてありますので、頑張って光に当てて文字を読んでください。」

4つのボタン、4つの壁。もしかしてと思ってとボタンを押せば、予想的中。ブラックライトと連動しているようだった。

この男は勘が鈍いようだ。規則的にブラックライトを動かしてやったが、一向に気づく様子がない。まだ猫の方がマシだ、と僕は本気で思った。彼がホワイトボードの文字を読み取る頃には、僕はすっかりこのおもちゃに飽きてしまっていた。


「それでは次の部屋へどうぞ」


抜けた先はさらに狭い部屋だった。

先ほどと同じようにテーブルや椅子、モニターはあるがボタンはない。

さすがに察した。

先ほどの男の顔がモニターいっぱいに映し出されている。嬉々としてガチャガチャとボタンを操作していた。品に欠けるというか、芸術性がない。

しかし彼は僕とどれほど違うだろう?

つい数分前までこの部屋にいた存在に想いを馳せる。私がスクリーンの中の彼を見下ろしているように、ここにいた誰かは私を見下ろしていたのだろう。

感銘を受けただろうか?それとも普通だと感じたか。あるいは、今の僕と同じように軽蔑したか。

とにかく、僕より前にいた人は、少なくとも僕より先にいたのだ。

先に行こう、行かねば。

居ても立っても居られない。僕は焦り始めていた。


「それでは次の部屋へどうぞ」


声が聞こえたと同時に扉が開く。僕は急いで扉をくぐった。

すると扉の向こう、通路の先で、何かが動くのが見えた。それを追いかけるうちに僕は、気がつけば新たな扉をくぐり…






建物の外へ出ていた。






陽の光が少し眩しい。通り抜けに成功したのかと思ったが、あたりを見まわしてみれば、そこは元の入り口のすぐそばだった。

しかし今の僕には、もう前と同じ場所だとは思われない。

僕は街行く人々を見た。間違いなかった。

彼らは僕を見ていたのだ。


けれど、と僕はひとりごちる。

今の僕は前とは大きく違う。


街行く人は、僕が見ていることを知らない。しかし今や僕は、見られていることをしっかりと見ているのだ。そしておそらく、僕を見ている人たちも、見られていることを見ている僕は見ることができていないだろう。


確信が笑みに変わった時、ふと足元でニャアと声がした。

ハッとして視線を落とせば、そこにはあの時の黒猫が座り込んでいた。


次の瞬間、僕はその黒猫を思いっきり蹴っ飛ばしていた。


カッとなってやったが、後悔はしていない。

だって、奴は生意気にも、こちらを見ていたのだから。




このお話は、以下の記事を元に解釈を加えたものです。

https://note.mu/kaisetsu/n/n0ee16c75cc10?creator_urlname=kaisetsu

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行動展示 @HeavyBraking

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