行動展示
@HeavyBraking
行動展示
「行動展示は4つの空間から構成される展示です。」
その展示にやってきたのはただの気まぐれだった。
特に目的もなく街を歩いていた休日、曇天の空の下で私は異彩を放つ看板に目を留めた。真っ黒な背景に「行動展示」という文字と場所が書かれただけのそれは、華やかな装飾に満ちた他の看板に比べてどこか気味が悪い。その不気味さに惹かれ、私はいつの間にか路地の奥、何の変哲もない建物の前に立っていた。
入っていいものかと考えあぐねているうちに扉が開き、ごく普通の男が出てくる。その男はこの展示の司会であると名乗り、ごくごく簡単な説明ののちに私を中に誘った。
「ここが、第一の部屋です」
薄暗い部屋に、男の声が響く。司会の男は部屋に入る前と変わらず、淡々と説明を続けていた。
極限まで照明が落とされた正方形の部屋には、いわゆる展示品らしきものは何も置かれておらず、ただ司会の男と私だけが向き合っている。天井にひとつだけつけられたスポットライトのような照明はブラックライトだろうか、右手の壁をぼんやりと紫に染めている。
「このホワイトボードに書かれている文字を読み、声に出すことで次の部屋へ進むことができます」
そう言って渡されたホワイトボードは真っ白で、一見何も書かれていない。
「ホワイトボードをブラックライトで照らすことで文字が浮き上がります。ただし、ブラックライトはランダムで4方向の壁面いずれかを照らします。よろしいでしょうか?」
そう問われて咄嗟に頷く。先ほど男はこの展示が四つの部屋で構成されていると言っていた。おそらくミッションのようなものをクリアすることで、次の部屋へと進んでいくシステムなのだろう。
「それではスタートです。」
ブラックライトの光が動き始める。四方の壁のどこを照らすかは本当にランダムなようで、特に法則性は見出せない。思いの外早い動きについていけず、ふと思いついた私は入り口側の壁の前に立ち、その壁が照らされるのを待つことにした。
しばらくして違和感に気づく。先ほどまで四方をほぼ均等な割合で照らしていた光が、突然私の待ち構える壁を照らさなくなったのだ。それが意味するのは、ブラックライトが人為的に操作されているということと、もうひとつ。
見られている、ということだ。
その時私は、ようやくこの展示の名前を思い出した。この部屋に展示物らしい物がないのも頷ける。なぜなら「行動展示」で展示されているのは、私という人間のこの行動なのだから。
それなら精々踊るしかあるまい。私は火に群がる夏の虫のように、ブラックライトの光を追いかけて走り始めた。光にたどり着いては一瞬の間に目を凝らし、光を追いかけて移動する。しばらくそれを続け、ようやく私はホワイトボードに書かれていた文章を読むことができた。
やけに長かったそれを声に出すと、司会の男が頷く。
「おめでとうございます。それでは次の部屋へどうぞ」
ゆっくりと扉が開く。
第二の部屋ではきっともっと難しいミッションが待ち構えているに違いない。そう考えながら入った私は拍子抜けする思いで部屋を見渡した。
第一の部屋と変わらず無機質なその部屋には、簡素な椅子と机、そして男が一人立っている。どうやらこの部屋の説明は、先ほどまでの司会ではなく、彼がしてくれるようだ。男に促され、椅子に座ると、目の前の机にはモニターと4つのボタンが置かれていた。
「ここが、第二の部屋です」
男の声に促されるようにふとモニターに目を落とせば、そこには先ほどまで私がいた第一の部屋が映し出されていた。私に対してなされたものと同じように淡々とした司会の説明を受けているのは、どこにでもいそうなサラリーマン風の男だ。
「このホワイトボードに書かれている文字を読み、声に出すことで次の部屋へ進むことができます。ホワイトボードをブラックライトで照らすことで文字が浮き上がります。ただし、ブラックライトはランダムで4方向の壁面いずれかを照らします。よろしいでしょうか?」
「4つのボタンは、4方向の壁面と対応しています。押されたボタンに応じて、ブラックライトが照射されます」
モニターから聞こえる司会の言葉と、この部屋にいる男の説明が重なる。つまり私がこの部屋ですべきことは、このボタンを押してモニターに映るサラリーマンを踊らせることなのだろう。
「それではスタートです」
スタートの合図とともに、適当にボタンを押していく。サラリーマン風の男はしばらく戸惑ったあと、無様に光を追いかけ始めた。
その様子を見ながらボタンを押しているうちに、強い不快感を覚える。私が第一の部屋にいた時、今の私と同じように照明を操作していた人物はこんな風にボタンを操作しながら、私を嘲笑っていたに違いない。
部屋の中で無様に走り回る名も知らぬ誰かに、その不快感をぶつけるかのように、私はブラックライトを操作し続けた。届きそうになった瞬間に別のボタンを押し、素早く切り替える。わざと法則性を持たせてみて、それに気づいた瞬間違う動きをする。
気がつけば、私は笑っていた。
もし誰か私を見ている人がいたなら、ぞっとするような醜悪な顔で。
しばらくして、なんとか文字を読むことができたサラリーマンが、あの長い文章を口にする。
それと同時に、私の部屋にいた男が次の部屋へと繋がる扉をあけた。
「それでは次の部屋へどうぞ」
第三の部屋は、第二の部屋とほぼ同じ様相を呈していた。簡素な机と椅子、そしてどこにでもいそうな男。
「ここが、第三の部屋です」
先程と同様に促されて椅子に座ると、机の上にはモニターだけが置かれていた。ややあってそこに、先ほどまでいた第二の部屋と思しき場所の映像が映る。そして画面に一人の男が映り込んだのを見て、私は思わず息を呑んだ。
画面に映し出された、汗だくの顔を怒りに染めたサラリーマン風の男は、間違いなく先ほど第一の部屋にいた男だ。だとするなら、まさか。
誰も見ていない、そう思ってした様々な行動。
まさか、見られていたのだろうか。
そう悩むうちに、画面に映る男の様子が変わり始める。怒りが困惑に、そして愉悦に移り変わって行く。男の顔がアップになった画面ではあまり確認できないが、手元が忙しなく動いてボタンを操作しているのが見て取れる。
そうして男の表情は徐々に見るに堪えないものへと変化していく。男の手元にあるモニターに目を凝らせば、どうやらそこに映っているのは若い女性のようで、その光景のあまりの醜悪さに私は吐き気を覚えた。
目を逸らしたいようなその映像を見続けてどのくらい経っただろうか。女性が文章を読むことに成功したらしく、男の動きが止まる。それとともに、部屋にいた男が私に立つよう声をかける。
次の部屋には何が待ち構えているのだろうか。期待よりも恐怖が勝りながら、男に促されるまま私は扉の前に立つ。
「それでは次の部屋へどうぞ」
ゆっくりと開かれた扉の先は、雨に降られながら人が行き交うごく普通の通りだった。傘も持たず立ち尽くす私を、道行く人が奇異の目で眺めてはすぐに逸らしていく。
どういうことかと振り返れば、閉じていく扉の向こうから声が聞こえた。
「ここが、第四の部屋です」
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