夕暮れ時のその女
数年前、日が落ちて薄暗くなりつつあるような時間帯に、一人で市街地の中を車で走っていた時の事。
たまたま赤信号にひっかかってしまったむむは、信号待ちをしながらふと何の気なしに近くの歩道へと目をやりました。
すると道路脇のバス停に一人の女性が佇んでいる事に気がつきました。
そんな彼女の存在に気がついてしまったむむは、驚きのあまり思わず息を呑んでしまいました。
何故むむがそこまで驚いてしまったのかというと、なんとその女性は、おそらくとても長いはずであろう自分の黒髪を、今時の人ではなかなか珍しいような髪型へと高く束ね、そしてその全身を真っ白な着物で包んでいたからです。
あいにくその女性の後ろ姿しか見えませんでしたが、それでもそのうなじの白さによって、この女性が白い着物にも敗けず劣らないような、かなりの色白だということが伺えました。
しかも彼女が佇んでいるその場所は、薄暗いバス停のすぐそば。
背後に立ち並ぶ建物のおかげで、さらにそのバス停は周囲に比べてより一層の薄暗さを誇っています。
普通、バス停でバスを待つ人間というのは、バスの運転手から見えやすい位置で、きちんと道路側を向いて立っているはずじゃないですか。
でもその女性は何故か、相変わらず道路側であるはずのこちらには背を向けたままで、しかも何故か時折ゆらゆらと僅かに体を揺らしたりしているのです。
『見返り美人』の絵ってありますよね…
彼女もちょうどそんな感じで静かに佇んでいました。
…顔が見えそうで見えない…
それが決して「見てはいけないモノ」であるという事も、もちろん頭の中ではきちんと理解をしていたはずです。
それでもその時のむむは、恐怖心なんかよりもすでに「あの女の人の顔が見てみたい!」というもどかしい好奇心の方で埋めつくされてしまっていました。
いつしかその女性から目が離せなくなってしまっていたむむ。
停車中といえど、思わずハンドルを握る手も強くなります。
そしてついにゆっくり、ゆっくりとこちらを振り向きはじめた彼女の姿は…
スマホを片手に構えながら、楽しそうに笑顔で電話口の相手と話をしている、ごくごく普通の女性の姿でした。
よく見ると、その彼女が立っているバス停の後ろには新しくできた着物屋さんが建っています。
どうやら彼女は道路側からは見えない方の耳にスマホを当てて、ただ外で電話をしていただけの人だったようです。
「おい!ただの店員さんじゃねーかよッッ!」
思いっきり車内でそう叫んでしまった、むむ山むむすけでありましたとさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます