犬の名は。


昔、むむはメリーという名前の犬を飼っていました。


メリーはお母さんが知人からもらってきた雑種で、顔と体の模様がものすごく可愛かったのでむむはメリーの事が大好きでした。


ある日、メリーは子犬を二匹産みました。

どこぞの誰とも知らぬオス犬の子です。


もともと体が小さかったメリーに出産はキツかったようで、一匹は残念ながら死産でした。


死産した子をむむ達に見せないように、

一生懸命メリーが自分の体で隠していたのを今でも覚えています。


おかげ様でもう一匹のメスの赤ちゃんは

それはもうとびきり元気で

毎日近所の子供や親戚の人達がかわるがわるその子犬を見にやって来ました。


そして子犬を見に来た人達は、

子犬を大勢で囲んではみんなこぞって

『キュンキュン』

と鳴く子犬の鳴き声を真似しました。


困った事に、あまりにも多くの人が

連日我が家に訪れては口々に

『キュンキュン』と言い続けるので

いつしかその子犬は

『キュンキュン』が自分の名前だと

思いはじめたようです。


むむが『ミシェル』とか『デイジー』とか『マーガレット』みたいな無駄にオシャレっぽい英名をつけたかったにも関わらず、もはや奴は『キュンキュン』と呼ばなければこちらへとやって来ません。


むむはこの時ほど、大衆の前での自分の無力さを悔やんだことはありませんでした。


仕方がなくその子犬はそのまま

『キュンキュン』

と名付けられました。


しかしながら名前こそはヘンテコですが、キュンキュンは母犬の血を見事に受け継ぎ立派な美犬へと成長しました。


生粋の雑種であるにも関わらず、

散歩をしている途中に

『なんていう犬種ですか?』

と声をかけられる事もしばしば。


むむはその度に

『この子、実は雑種なんですよ~』

って笑いながら答えるのがいつしか誇りとなっていました。


でもそんな気分の良い時間は

ほんのつかの間。

この質問の次には、必ずといっていいほど

あの質問がやって来ます。


『名前はなんていうんですか?』


その度にむむはうつむいて小さな声で答えるのです。


「…キュンキュンです…」


「え?」


「キ…キュンキュンです!!」


そういってむむは毎回、

キュンキュンのリードを引っ張って

逃げるように走り去って行くのです。


『キュンキュン』…


全く、

どこのメイドカフェだよ!!


※追記


ちなみにお母さんは散歩中に

犬の名前を聞かれても

全く照れもせず


『犬の名前?

キュンキュンだよ、キュンキュン!』


って普通に言っていたそうです。


熟女に『キュンキュン』言わせるだなんて…

なんて罪な犬なんだ

『キュンキュン』…!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る