宿泊
真っ暗になってしまう前に、宿へと辿り付くことができた。
全体が木造で建築された洋風の宿は、小さくはあるけれど古くは見えない。
あえてこの造りにしているだけのようだ、電気や水道の設備はしっかりしている。
「おかえりなさいませ、死闇様」
「ああ、それでここに宿泊する奴が一人増えたんだが、どうすりゃいい?」
「相部屋でよろしければすぐにでもご用意できますけれど、いかがいたしましょうか?」
「どうせ俺の部屋は二人部屋だったろ、そこに突っ込めるならそれでいい。部屋も増やさなくていい」
「そちらのお客様がよろしいのでしたら、そのようにお手続きさせていただきます。いかがなさいますか?」
「あ、はいっ!大丈夫です!」
「かしこまりました。それでは、こちらの名簿にお名前を御記入いただけますか?」
ひとまず受付の人と死闇さんに従い名前を書き入れる。
元々利き腕だった右腕を失ってからは、ずっと左腕のみで生活しているおかげで左腕は相当器用になった。
今では片腕で可能な範囲の物事であれば大抵ひとりでできてしまう程だ。
「伽耶、書けるな?」
「さすがに大丈夫です!」
「はい、承りました。それではこちら部屋のキーとなっておりますので、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
「あっ、ありがとうございます」
部屋へ向かうまでの廊下も当然木で造られていた。
淡く黄色掛かった照明に照らされる木造の廊下と言うのも、中々味があって素敵だ。
歩みを進める度に木製特有の小さく軋む音がするけれど、それも決して不快な音ではない。
「この部屋だ、出入りするとき間違えるなよ」
「部屋番号12番、はい、覚えました……あれ?」
「どうした?」
「いえ、あの、隣のお部屋の番号が13じゃなくて14になってるなって、間違い、でしょうか?」
「ああ、ホテルや宿では不吉な数字の部屋はもとより造らないか、部屋番号を飛ばすようにしてんだ」
「不吉?ですか?」
「あー、来た方向の部屋、見てみろ、4番と9番が無いぞ」
「あっ、本当です、どうしてですか?」
「4は死を、9は苦を連想させる、だから無いんだ」
魔界の中でもこの辺は日本語を話す奴等が多いからな。と続ける。
「それじゃあ13は、あれ?なんでしょう?イサ?」
「なわけねーだろ、13は忌み数っつって、説は色々あるが存在自体が不吉な数字として扱われてんだ。ちなみにタロットで死神は13番だ」
「死闇さん、物知りなんですね、すごいです」
「別に、面白いことは覚える、そうじゃなけりゃ忘れる、それだけだ」
そう言葉を吐いてはいるけれど、先程の説明中フードからちらりと見えたその口角が、得意気に上がっているのをわたしは見逃さなかった。
この人もさっきみたいに笑うことができるんだ、今のは照れ隠しだったのだろうか?
「廊下で話してないで入るぞ、立ってんのだりぃ」
「ふふ、はい」
雰囲気からして照れ隠しで合っていそうだ。
話を切り上げるようにする死闇さんと一緒に部屋へと入る。
中は落ち着いた色の絨毯が敷かれ、邪魔にならない位置にテーブルと椅子が、それとベッドが二つ備え付けられていた。
入り口のすぐ横にあるこの二つの扉はそれぞれ脱衣所とお手洗いだろう。
「俺窓側のベッドで寝るけど良いか?」
「え?あ、はい、良いですよ?」
既に窓側のベッドに腰を掛けつつ死闇さんがそう言った。
窓際が好きなのだろうか?それを見てわたしも、入り口側にあるベッドへと腰を降ろす。
「ん、わりぃな」
「いえ、わたしは死闇さんに付いて来させてもらっているだけですから」
「そうゆうわけにもいかねえだろ」
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえっと、ああ、風呂は先に入っちまっていーぜ」
「え、でも、死闇さんは血の臭いが……」
「いつものことだ、今日中に風呂に入れないわけでもないし気にすんな」
「そうですか?ありがとうございます、それじゃあ先に入らせてもらいます、でもその前に部屋着だけ直しちゃいますね、このままだと翼を通せなくて」
「鋏は必要か?」
「はい、って、あ、鋏買い忘れてました……」
しまった、洋服だけ買って裁縫道具を買うのを忘れていた。
「問題ねーよ、ほら、裁縫道具」
「えっ」
「あ?」
突然どこからともなく裁縫道具が取り出される。
「あの、え、どうして裁縫セットを持ち歩いて?」
「これもお前の親父が言ってたからトランクと一緒に、というかトランクの中に」
わたしのお父さんが何から何まで本当に申し訳ございません。
「すみません、本当にすみません……」
「事前準備無しよりはマシだ、気にするな」
「はい……それじゃあ、それ、使わせてもらいますね」
「ああ」
買って頂いた部屋着の背中を自分の翼を通せるように加工する。
これはずっとやってきていることなので手馴れたものだ、数分もあれば済んでしまう。
「器用だな、片腕しかねーのに」
「ふふ、ありがとうございます、ずっとこうしてきているうちに慣れちゃいました。えーと、終わったので、お風呂、入らせてもらいますね」
「はいよ、ゆっくり入って来い」
初めて死闇さんに褒めて頂けた気がする、少し嬉しい。
気分が良いまま脱衣所へ着替えを持って入る。
「えへへ、褒めてもらえた」
衣服を脱ぎながらぼそっとつぶやく、最初に思っていた以上に死闇さんは優しい人なのかもしれない、彼にとってそれが善意では無かったとしても。
「それって、天然って言うんだっけ……?」
あれ?違ったっけ?とひとりで考えながら浴室の扉を開ける。
「わ、すごい、洗い場と浴槽わかれてる」
いや、当たり前と言えば当たり前のことではあるのだけれど、宿やホテルのお風呂というのは大概洗い場が無い洋式であることが多い。
お父さんと旅行へ行った時初めてそれを知って、どうしたら良いのかわからなかったことがある。
その時は間違って浴槽のお湯を溢れさせてしまったっけ。
「ここはお湯を張っても大丈夫、かな」
髪の毛を洗いながらお湯を張ることにしよう、お湯のまま出てきてくれる様だし長い髪の毛を洗っているうちに程よく溜まってくれるはずだ。
浴槽にお湯を入れながら軽くシャワーで髪を流し、シャンプーを手に取る、左腕しか無いとどうしても時間が掛かってしまうけれど、この長い髪の毛は自慢だったりする。
普段は翼に掛かってしまうという理由でマフラーに丸め込んでいるとは言え、切るわけにいかない。
それに、その髪を使ってシャンプーを泡立てることができて、片腕しかないわたしにはそれも便利だったりする。
泡立てた毛先を頭の上まで持って行き、そのまま一緒にわしゃわしゃと念入りに洗う。
それでも恐らく洗い残しができるんだろうなあ、と思うので同じことを入念に2回繰り返してしっかり洗い流してから、トリートメントを付ける。
あとはそれを予め髪を通せるように手と足を使って結んで置いたタオルで頭の上にまとめてしまえばそのままお湯に浸かることができる。
ふと浴槽を見るとお湯もちょうど良く溜まっている、早速入ることにしよう。
「ふあ~……」
思わず声が出る、今日は色々とあったせいなのか自分で思っている以上に疲れていたようだ。
「死闇さんの武器になる、か、ちゃんとできるのかな……」
武器になる、ということは生物を殺すということになる。
それで役に立てるのならと思ってはいたが、それを実行される、しかも戦闘の中で、となると少し不安だ。
「そっか、わたしが殺す側になっちゃうんだ」
こう言い方を変えると少し怖いかもしれない。
今はもう、これ以上は考えないことにしよう、ゆっくりとお湯に同化するかの様に眼を瞑る。
それからしばらく、何も考えずに湯に浸かっているとすこしのぼせそうになってきた、身体を洗ってしまうことにする。
付けていたトリートメントも髪の毛に馴染んでいる、流しても良い頃合だろう。
髪にトリートメントが残っていると肌荒れの原因になってしまう、しっかりと髪を流してからボディーソープをタオルで泡立てる。
上半身は翼以外の作りは人間とさして変わらない、翼を後に回すことで普通に洗えてしまう。
脚は迦陵頻伽の血を大きく引き継いでしまったようで、太腿の付け根から先は鳥のような脚になってしまっている。
これは個人的にはコンプレックスでもある、どうせなら脚も全て人間と同じようになってほしかった、そのほうがきっとかわいい。
そして何より形状が洗いにくい。
「どうして、ここだけ、ううん、眼の周りの表情を変えられないのもそうだけど、鳥としての血を引き継いじゃったんだろう……」
眼の周りは、表情筋があまり発達していないらしく単純に眼を開閉するか、できても薄眼を開けるかくらいのことしかできない、それに加え垂れ眼のせいで常に困り顔になってしまう。
それを少しでも隠そうと常に伊達眼鏡を掛けているけれど、それでもやはり表情を気にされることはある。
今日は普段あまり気に止めないことにも思考が働く、何故なのだろうか、とりあえず脚を洗い終えてから翼を洗いはじめる。
翼は自由に動かすことができるのでくるんっと前に持ってきて羽毛をふわふわと洗う、これがなかなか気持ち良い。
付け根は本当はブラシとかで洗えると一番良いのだけれど流石にそんなものまでは備え付けられていなかった、あまり力は入らない中どうにかしてタオルで洗い切る。
「ふう、これでよしっと、そろそろ待たせすぎちゃってる気がするし、身体流して上がっちゃおう」
頭から下へ向けてシャワーを浴びる、全身を包んでいた泡がゆっくりと身体の曲線を、脚を伝い、流されて行く。
翼は少し几帳面に流す、そうしないと泡が残ってしまうことがある。
泡が残っていないことを確認してから張っていたお湯を流し……あ。
「死闇さん、お湯に浸かるのかな、でもわたしが入った後は嫌かな、どうしたらいいかな……」
とりあえず、上がったときに死闇さんに聞くことにしよう、翼はドライヤーで乾かし、髪の毛は乾いたタオルでしっかり拭いてから再び頭の上にまとめる。
そして下着と、先程翼を通せるように加工した黒い部屋着を着て脱衣所から出て、死闇さんにそのことを伝えようとすると、フードを脱いでなにやら誰かと電話をしているようだった。
そこでわたしは、初めて死闇さんの素顔とその頭をはっきり見ることになる。
「あの、お風呂あがりました……」
「あ?何もしねえって、そんな気起きるわけねえだろ、あ?いや、わかってるからそれだけはやめろお前の冗談にきこえおい切るな」
「あの……?」
「ん?ああ、上がってたのか、なんでもねえよ」
「そうですか?それより、あの、その耳……」
「え?耳?」
初めて見た死闇さんの頭、猫のような癖っ毛の中には明らかにもふもふとした猫耳らしきものがついていた、ちなみに人の耳もしっかりついている、なんだろうこの光景。
「猫、耳、ですか……?」
「あー、これか?そうだけど」
返事と共にぴこぴこと器用に動かしている、動いている、かわいい、かわいい、どうしようかわいい。
「も、もふもふさせていただいてもいいですか?!」
「えっ」
つい口が滑って本音を言ってしまった。
死闇さんはと言うと、今度は驚きの声と共にぺたんっと耳をしまうように丸くする。
ああ、だめだ、わたしの中で何かが崩れる音がする。
「ああ!怯えてるんですか?!警戒しているんですか?!マンチカンみたいでかわいいです!!」
「えっ!?」
言葉を抑えられない、今までの雰囲気からのこの猫耳は反則だと思います。
「すみません、ちょっとだけ、ちょっとだけ、先っぽだけですから!」
言葉というか、欲望も抑えられていませんね、はい。
そのかわいいもふもふの猫耳をもふもふするために手を伸ばす。
「やだっ」
すると、どこか子供の様な口調で鋭く拒絶されて、伸ばしていた手にぺしっと見事な猫パンチを受ける、猫パンチなんですねそこ。
それと同時に少しの間、その場の空気が停止する。
「あっ……あの、すみません、つい、その……」
「……別に、風呂、入ってくる。トランクそれだから、荷物の準備して置けよ」
かわいいとか思っている場合ではない、死闇さんの気分を害してしまったかもしれない。
彼はそのまま足早に脱衣所へと入ってしまった。
「あ、ああ、やっちゃった……」
しかも、お風呂のお湯を張ったままにしていることを思い出す。
家族でも無いのに残り湯を許可無くそのままにして置くとはなんて失礼なことだろう。こうなってしまうなら最初から流しておくべきだった。
「ああああ、ここに来て嫌われちゃったかもしれない……」
せっかく、少しだけ距離が縮んだと思っていたのに、今度は自分からその距離を離してしまった。
正確には失礼なまでに近づき過ぎて離れられてしまった。その大きなショックにしばらくの間その場で硬直する。
「でも、死闇さんの猫耳かわいかった……」
とりあえず、それを支えに残りの洋服と部屋着も加工して、トランクに詰めてしまおう。
未だショックに打ちひしがれたまま、パタパタと無心で洋服の加工とトランクへの詰め込みを済ませていると死闇さんがお風呂から上がってきた。
「あ、おかえりなさい、あの、さっきは本当にすみませんでした……」
「ん、こっちこそ悪かったな、別に何とも思ってないから安心しろ、どのみちこの姿で猫耳は基本的に誰にも触らせねーし」
「この姿で?」
「あ、いや、口が滑った、こっちの話だ」
この姿で、というのはどうゆうことなのだろう、とても気になるけれど今は教えてくれなさそうだ。
「ああ、あと浴槽にお湯入れといてくれたのな、助かったわ」
「え?あ、いえっ、むしろわたしの後なので嫌かなとか、流したほうがいいのかなとか迷ってました」
「相当汚しでもしてない限り気にしねーよ、ありがとな」
「い、いえっ」
すっかり忘れていたけれど、浴槽のこともなんとも無いようだ、良かった良かった。
「ところで荷物の準備、終わったのか?」
「はい、がんばりました」
「頑張るって何か頑張るようなことあったか?」
「その、さっきので嫌われてたらどうしよう、とか、少しでも、迷惑かけないようにって、思っていたのでこのくらいは早く済ませておこうと……」
「あー、ほんと気にしてねーよ、嫌いになる理由もねえし、まあでも、偉いな」
「え、あ、ふふ、ありがとうございますっ」
また、褒めてもらえた、どうしてこんなに嬉しいのだろう。
「なあ、腹減らないか?血の臭いの中喰わせるわけにも行かなかったし、風呂の後になっちまったけど」
そういえば昼食を摂ってからだいぶ時間が経っている、空腹だ。
というよりもそんなことまで考えていてくれていたのですね、正直臭いに慣れて感じなくなってしまっていたけれど。
「はい、お腹、空きました」
「よし、ちょっと遅いが晩飯にでもするか、食堂に行くって手もあるけど、同じものをルームサービスでも持ってきてくれる、どうする?」
「えーと、疲れちゃいましたから、できればここでそのまま食べたいです」
「りょーかい、ほれ、メニュー、どれ選んでもあまり値段変わらないみたいだし好きなの選べ」
ベッドに座ったままひょいっとテーブルの上にあったメニューを手に取ってこちらに渡す。
テーブルが近いとは言え腕長いなあ死闇さん。
「わたしが先に選んでも良いんですか?」
「メニュー選びに先も後も関係無くないか?」
「え、あ、はい、えーと、じゃあ……」
どこまでもこの人のことは掴めない、お腹が空いていて頭があまり回っていないことを抜きにしてもだ。
ともあれ今はお腹を満たすことを優先しよう、何を食べようか?
「と、鶏肉のグリル……おいしそう、です」
「ほう、確かに美味そうだ」
「えっ」
結局我慢できないのか死闇さんもいつのまにか後ろからメニューを覗いていた、近い、近いです、あと猫耳。
「ハンバーグもいいな、これ迷うな、全部喰いたいな」
「それは無茶だと思います」
「俺もそう思う」
「でも、どれも美味しそうなのは確かです、どうしましょう?」
「あ、じゃあよ」
「はい?」
何かを閃いたのか、にっと口をにやけさせる。既にフードを被っていないためハッキリと見ることができるその顔にはどこか無邪気さが残っている。
わたしにはその表情が、顔が、とても、とても純粋に見えた。どのような意味での純粋なのかはわからないけれど。
「伽耶がその鶏肉のグリル頼んで、俺がハンバーグ頼むだろ?それを半分にして交換しよう、完璧だ。あ、ポテトフライも食べたいから頼むわ」
「あっ、ふふ、そうですね、それがいいですっ」
もしかしたらただただ純粋なだけなのかもしれない、猫パンチされたときの子供っぽさが今もどこか滲み出ている。
気だるそうな、抑揚の無い口調もどこかに消えていた。
フードを被っていた時のあの威圧と恐怖はどこから出ていたのだろうか、それに表情も少し豊かになっているような?謎は増えるばかりだ。
「んじゃあ頼んじまうな」
「はい、お願いします」
死闇さんがベッドの中心の壁際に備え付けられている連絡用の受話器を取り、注文をする。
食事のルームサービスを頼む、と告げてから先程決めたメニューを伝えて、受話器をカチャリ、と元に戻した。
「さてと、後は来るの待つだけだな」
「そうですね、ふふ、もうお腹ぺこぺこだったから、楽しみです」
「俺もだ」
何事も無く、日常の会話ができるようになっている。本当に嫌われてはいないようだ。
そして何より変わったのが、その露になった猫耳を見ると会話の節々でぴょこぴょこと動いていることだ。
それを見ることでそれとなく彼の感情を読み取ることができるような気がする。
今は食事が届くのを待ち遠しそうにぴょんこぴょんこしている、うん、かわいい。
「伽耶、猫耳、見すぎだ」
「あ、すみませんっ」
「別に、触らなきゃ見るくらいはいーけど」
直々に許可が下りた、触ることができないのは残念だけれどそれを帳消しにできてしまいそうだ。
――コンコン。
部屋の扉がノックされる。
「失礼致します、ルームサービスのお食事をお持ち致しました」
「はーい、今開けますね」
ここは入り口に近いわたしが出ておこう、カチャン、と扉を開くとカートを押すウェイターが立っていた。
カートの上にはクロッシュと呼ばれる、銀色でドーム型の料理番組とかでよく使われているあの蓋が被せられた料理が乗っている。
「ふふ、私どもがご用意いたしますので、どうぞおくつろぎください」
テーブルに乗せられ、ゆっくりとクロッシュが開けられる、その瞬間おいしそうな料理が目の前に広がった。
「わ、わ、すごい、すごいですよ死闇さんっ!」
「おお、これは美味そう、いや、美味い」
「まだ食べてませんよ死闇さんっ!」
でも確かに香りだけでも美味しい、早く食べたい。
「死闇様、伽耶様、お食事の準備ができましたので、どうぞお召し上がりください。何かございましたら、お気軽にお申し付けくださいませ」
「はい、ありがとうございます」
「それでは、お食事が終わりましたら、またお伺いしたします。ごゆっくり」
ウェイターが部屋から出るとすぐに、死闇さんが料理をとりわけようとする。
あれ、それわたしの仕事じゃ。
「あっ、それ、わたしやりますよ?」
「ん?あ、そう?」
流石に何から何までお世話になりすぎている、このくらいはさせて欲しい。
鶏肉のグリルと、ハンバーグを半分に切ってそれぞれのお皿にとりわける、どちらも軽く押し当てるだけでナイフがスッと入る。硬いと片手では切ることが出来ない為これはありがたい、それに肉汁もすごい。
ポテトフライは真ん中においておこう、ライスは大盛りなのが死闇さん、少なめなのがわたし、思いのほか食べるんだな死闇さん。
取り分けている間もずっと猫耳はぴょこぴょこしていた、楽しくなると動きがぴょこぴょこになるらしい。
「えっと、これで大丈夫、ですか?」
「ああ、さんきゅ」
「それじゃあ」
「「いただきます」」
同時に挨拶をして、料理を食べ始める、とてもおいしい。
「これ美味いなっ」
「ですね、お肉、やわらかくて美味しいですっ」
軽く会話をしながら食事を進めると、お腹が空いていたこともあってか料理はあっという間に無くなってしまった。
つまむ用のポテトフライもその会話の中でいつのまにか食べきってしまう。
「「ごちそうさまでした」」
「ふう、美味しかったな」
「はい、とっても」
再びウェイターに連絡を入れて、料理が乗っていたお皿を回収してもらう。
「っと、飯喰ったあとにそのまま寝るのもあれだよなあ」
「そうですねえ」
「1~2時間程度時間でも潰すか」
「良いですねっ、でも何をしましょう?」
「こんなこともあろうかとトランプを持ってきた」
「もしかしてそれもお父さ」
「安心しろ、俺が持ってきたかっただけだ」
「良かったです、わたし、トランプのゲームならいろいろできますよっ」
「おお、じゃあ適当にいくつかやってくか」
「はいっ」
そのまま、時間が経つまで様々なトランプゲームをした。結果を言ってしまうと全体的にわたしの大敗だった。
ポーカーでは常にわたしの手札よりも上の手札を、ジョーカーがいつも死闇さんの手札にあったのは何故だろう。
神経衰弱では一度開いたカードを全て覚えているかのように開かれていった。むしろ一度も開いていなくても運だけで一気に取られてしまった。
ブラックジャックに至ってはどう計算しているのか毎回ギリギリの数字か21を叩き出す、相変わらずジョーカーは死闇さんのところに行く、なんなんだこの人。
ただ、ババ抜きに関してだけはわたしが勝利した、どうやっても死闇さんの手札にジョーカーが残るのだ。
たまに最後の1枚でわたしがジョーカーを引いてしまうことがあったけれど、それ以外でわたしの手札にジョーカーが回って来たことは無かった。ジョーカーに懐かれてでもいるのだろうか?
「しょぼんっ」
「そんなに落ち込まないでください、わたしババ抜き以外は全敗ですよ?ね?」
「むう……」
完璧に拗ねている、負けず嫌いのようだ。猫耳も心なしか垂れ下がっているように見える。
「ほら、もうちょうどいい時間ですよ、おやすみ、しましょう?」
「わかった……」
時計を見ると、時刻は11時を指していた。
なんだか子供をあやしている気分になってきているがきっと気のせいだろう、そう思っておくことにしよう。
もふっと、ベッドにもぐりこむ死闇さんを見てから、部屋の電気を消す、枕下の電気はわたしもベッドに入ってから消そう。
「死闇さん」
「んぅ?」
顔はそっぽを向いたまま猫耳だけが、ぴょこんとこちらへ向けられる。
「今日はありがとうございます、これから、よろしくお願いしますね」
「……ん、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
その眠そうな声色で、小さく肯定であろう意思を見せてから眠りに付く。
カチッと枕元の電気も消し、わたしも眠ることにする。
明日から、本格的に武器としての生活が始まる、不安も多いけれど、きっと大丈夫だろう。
あまり根拠の無い安心感の中、ゆっくり深い眠りへと落ちて行った。
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