疑問
死闇さんの背を追ってお店、もとい家を出ると、外は既に日が暮れ始めていた。
茜色に染まる空が街をオレンジ色に染め上げている。
「あーあ、無茶苦茶な依頼だな」
一歩踏み出してまず口を開いたのは、以外にもわたしではなかった。
お父さんとのやり取りを見る限り、悪い人じゃなさそうに伺えるけれど、その身体に纏う血の臭いと、目深に被られたフードから覗く天鵞絨の毛先が本能的な警戒心を燻る。
「そ、そう思うなら、どうして受けちゃった、ですか?」
無視をするのも失礼なので、そう疑問を渡す。
せっかく請け負ってくれたというのに、この絞り出した質問はあまりに不躾だと思い返したが、もう言ってしまったのだから、後悔先に立たず、後の祭りだ。
気分を害してはいないかと恐る恐るフードの奥を見上げる。
けれども彼はさして気にした様子もなく、きょとりと雰囲気にそぐわない顔で首を傾げた。
「ん?あの親父にはうちの死神共も世話になってんだ、断るに断れねーだろ、それに」
「それに?」
「いや、なんでもねぇ、こっちの話だ」
「そう、ですか……?」
今、何を言おうとしたのだろう。
「なあ」
「は、はいっ、なんでしょう?」
「そんなどもらなくてもいいだろ。とりあえず今日はもう宿に行くつもりだけど、その前にどこか寄りたいところは無いか?旅支度してねーよな、お前」
「あっ」
そうだった、忘れていた。
お父さんに矢継ぎ早に送り出されたものだから、押っ取り刀で家を出てきてしまったんだった。
たしか、ひと月は帰らない流れだった、となると着替えは必須だ。
幸い、財布だけは持って来ている。
「え、えーと、着替えと、部屋着は買いに行っておきたい、です」
「んじゃあ適当な洋服店でも寄るか」
「はい、お願いします」
そこからしばらく、あまり会話も無く足を進める。
無言の間も不思議と気まずさや重苦しさはなく、元々無口な人なのだろうということがぼうっとした後ろ姿からありありと伺えた。
わたしも、良く喋る方では無いので、助かったくらいだ。
「このへんで洋服店っつったらここくらいか、良いか?」
「はいっ、問題ないです、わたし凝ったものとかあまり着ないので……」
「なら良い、俺はここで待ってるから適当に買って来い」
「え?」
「あ?」
「あの、えっと、わたし、片腕ないですから、その」
「あー、荷物あまり持てないのか」
「はい、なので付いてきてもらえると助かります、なんて、だめでしょうか……?」
「構わねーよ、どうしようもないものは仕方ない」
「すみません……」
嗚呼、いまいちこの人の言動が予測できない。
善意と親切心か、はたまた依頼ありきの“接客”なのか、一切の物事に関心が無いかのようなその気だるい口調からは、何も読み取ることができない。
なんて食えないお人だろう。
「おい、行くぞ」
ぼーっとそんなことを考えていると、いつのまにかお店の入り口に足をかけている死闇さんに呼ばれていた。
「あっ、はいっ、今行きますっ」
親切心かと心を和らがせた矢先に、まるでわたしなんて気にかけてすらいないかのように迷いなく、死闇さんは扉の奥へと跨いでいってしまった。
裾を掴むように追って扉をくぐる、入った瞬間、洋服店特有の新品の匂いと雰囲気に包まれた。
ただの布の匂いなのだろうけれど、この雰囲気のせいかわたしでもわくわくする。
店内は面積といい内装のシンプルなデザインとい、こぢんまりとしていた。
身だしなみに無頓着なわけではないけれど、もとより余りお洒落に明るくないわたしでも、選ぶのに困らない統一感がある服たちだ。
とりあえず今着ている洋服と似ているものを見つけることにしよう。
「後ろに付いてくから好きなように見て回ってろ」
「ありがとうございます」
その言葉に甘えさせてもらって、店内をきょろきょろしながら歩き回る。
スウェットとレギンスがあれば充分だろうか?
「あ、あった、これで大丈夫、かな」
見つけたのは今身に着けているものとほとんど同じもの。
翼があるのにどうやって普通の洋服を着ているのか、と質問を度々されることがあるけれど、上に着る洋服に関して言えば自分で翼を通すための穴を開けるため問題ない。
なのでこれを予備を含めて上下3着ずつ、ついでに替えの下着も何着か手に取る、あとはこれにパジャマが欲しいのだけれど。
うん、片腕では持ち切れなさそうだ、流石に下着は自分で持つとして、洋服は……。
「死闇さん、あの、これ、持ってもらっても大丈夫ですか……?」
「ん」
恐る恐る声を掛けてみたものの、それが馬鹿らしくなってしまいそうなくらい、自然と荷物を手にしてくれる。
「ありがとうございます、助かります」
「別に困ることでもねーし」
少しずつわたしの中の警戒心が解けて行く。
この人からすると優しくしているつもりは全く無いのだろうけれど、ありがたいものはありがたいし、この身体を迷惑だとは思われていなさそうなことも嬉しい。
軽く頭を下げてから、部屋着を探すためにパジャマ売り場へと向かう。
「えーと、部屋着は適当でいいかな……」
暖かくゆったりできそうなものを適当に2着選ぶ、暗い夜でもどれを着たのかわかりやすくするために色だけは白と黒にわけておこう。
「これで、全部です」
「あいよ」
そう言って死闇さんが手を差し出す、あれ?もしかして。
「こ、これも持ってくれるんですか?」
「あ?そーだけど」
「迷惑じゃない、ですか?」
「迷惑なら最初から全部持ってない」
「そう、ですか?それじゃあ、お願いします、ね」
「ん」
結局洋服類は全て持ってくださることになった。
そして、そのまま会計を済ませに行こうとすると『あー、ちょっとここで待ってろ』とだけ言葉を残しふらっとどこかへ消えてしまう。
数分後、そこまで時間も掛からずに戻ってきたけれど何をしに行ったのかまではわからない。
「ほい、会計しちまうぞ」
「あれ?わたし、お金ありますよ?」
「依頼とは言え突然連れ出したのはこっちだ」
それに、どうせ親父に請求するかもしれねーし。と支払いまでさせてしまったり。
ああ、なんだかわたしは既にお世話になりすぎている気がする、申し訳ない。
「さてと、もう必要なものはねーか?」
「えーと……」
洋服店を後にして、出入り口から少し離れた道の端で立ち止まる。
数歩遅れて足を揃えた死闇さんを見て、あっと声が口を飛び出した。
「あ!荷物を入れて持ち運ぶものが無いです」
移動するのにそのまま荷物を持ち運ぶのも不便だろう。
できればトランクのようなものが欲しい。
「ああ、それなら買う必要ねーわ」
「ふぇ?」
「親父にトランクひとつ持って来いって言われてたからひとつ宿に置いて来てる、新品だからそのままやるよ」
お父さん、迷惑掛け過ぎです。
死闇さん、本当にどうして受けてしまったのですか。
「そうゆうわけだけど、もう無いか?」
「はい、それよりもお父さんが迷惑ばかりすみません……」
「その分請求するし」
「ああっ」
なるほど、お父さんが我侭を言うほど請求額が上がるシステムか、納得。
「もうだいぶ暗くなっちまったな、さっさと宿行くぞ」
「そうですね、それに少し、肌寒くなってきました」
既に外は日が落ち、辺りは月明かりによって蒼白く染められ始めている。
早く宿へ向かわないと街は完全に暗闇へと溶け込んでしまうだろう。
そして、わたしの死闇さんへ対する警戒心もまた、暗闇に溶け込む街と共にすっかり解けていたのだった。
あれほど恐ろしかったはずなのに、今は全く恐怖を感じない、不思議だ。
そんなことを考えながら、最初にここへ来たときよりも少し、自分でも気づかない程に少しだけ死闇さんとの距離を縮めつつ、ゆっくり宿へと向かう。
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