承諾
目の前で光に包まれ、武器に形を変えた伽耶を眼にした俺は素直に関心していた。
長く伸びた持ち手、その先端からは大きく弧を描いた刃が伸びている。
刃は鉛白色の羽根を幾重にも重ねたかのような、筆舌しがたいほどに複雑で美しい姿をしている。
その雰囲気はまるで天使のようだ。
「姿を武器に変えられる、か」
「はい、あの、どうしましたか……?」
伽耶は不安そうに口を開いた、この状態のどこに口が付いているのかはわからないが、会話はできるようだ。
「なあ、どうしてよりにもよって鎌なんだ?死の象徴として鎌を使ってる奴等は多いが、普通は扱いにくい上に正直なところ戦闘にゃ不向きだぜ?」
「それは、その、さっきまでの姿を見ていたらなんとなく分かると思うんですけど、私は完全じゃないから体を全部変えることはできないんです。それでもこの力の使い道を探したはいいんだけど、刃物のところはそのまま羽を使うしかなくて。ほら、鎌って片方の羽みたいだなって思ったらそれしか考えつかなくなったので、魔力も少ない私は凝ったものになれるわけじゃないし、こうするしかなかったんです」
「完全じゃない、ねぇ」
やけに引っかかるその言葉を復唱し、飲み込む。
「で、親父、この能力と依頼にどんな関係がある?稀少な能力なのは確かだが」
「ああ、それでな、兄ちゃんにはしばらく伽耶を武器として使ってほしいんだ」
「は?」
「はい?」
恐らく、ここまで会話していて初めて思考が一致したであろう二人の声が重なる。
それから数秒の沈黙の後、おもむろに右腕を自分の正面へとかざす。
ベルトと鎖によって重々しく、まるで何かを拒絶するかの様に装飾された袖から伸びる真っ白な手先に、赤黒い不気味な霧が掛かり、その霧はゆっくりと鎌の形を形成して行く。
鎌から伸びる青白い光は、刃と呼ぶにはあまりにも不安定で、実体という概念が存在しないかの如く揺らめくそれは、炎の様にも見える。
「俺にはこれがあんの知ってんだろ?」
それを手に、ゆっくりと刃を床に向けながら話を続ける。
「形のある武器自体、不必要だ」
「わ、わたしも、戦うのは、少しこわい、です」
いつの間にか元の姿に戻っていた伽耶の控えめな声も後に続き、親父は困ったように顔をしかめる。
「どうしても、だめか?」
ちっ、と小さく舌打ちをする、何故こうまでしてこいつを俺に使わせたいのだろうか。
というか伽耶の意見を聞く気は無いのかこの親父、仮にも娘だろうが。
これ以上交渉に時間を割くのも面倒だ、とりあえず受諾する方向で話を進めることにしよう。
溜息を吐きつつ、手にしていた鎌を再び霧へと返す。
「報酬による」
「そうか!とは言っても、見合う報酬額の検討がつかないんだよな……。なあ、依頼完了後、後払いじゃだめか?その時、兄ちゃんの言い値で払わせてほしい。期間は……そうだな、ひと月くらいを目処にお願いしたい」
「そうまでして受諾させたいのか、しかもひと月も預かるのかよ、額がとんでもないことになっても知らねーぞ」
「もちろん、伽耶の食費や宿代込みで払わせてもらうさ」
「ったく……わかった、受けてやる」
普段から俺の下で働いてる死神達もこの親父には世話になっている、たまには我侭を聞いてやっても構わないだろう。
「本当か?そいつはありがたい!」
「やたら食下がって来たのはそっちだろうが」
「まあな、こっちにとってはそれだけ受けて欲しい依頼だってことだ」
あのう、と、小さく声が聞こえる。
伽耶が不安げな色を顔に浮かべ、檸檬色の瞳と灰色の義眼でこちらを見つめていた。
浮かべているだけで、表情には全くと言うほど出ていない。
かわりにその背中から生えている大きな片翼が、しゅんっと垂れ下がっている。
良く見るとその姿は五体満足と言うにはあまりにも不完全で、片方しか残っていない翼、片方しか残っていない腕、片方しか残っていない眼、そして何故か鳥の脚のようになっている足先と。疑問を感じる部位が複数存在していた。
とはいえ、俺の知ったことではない。それが事実であるのなら許容する。それだけだ。
思い浮かんだ疑問をただの事実として変換していると彼女からか細い声が上がった。
「あのう、わたしは、どうすればぁ……?」
ああ、こいつも半分諦めてるな。
「とりあえず、伽耶はこれからしばらくの間、この兄ちゃんの言うこと聞いてやってくれ」
「うう、わかりました、あの、えっと、あっ……」
「ああ、名前教えてねーな、死闇だ」
「よ、よろしくお願いします、死闇、さん」
「あいよ」
全く面倒な依頼だ。
親父の雰囲気から察するに、さらに厄介なことに巻き込まれるような気がする。
深く頼まれるとき程ろくなことがないのがこの親父の特徴だ。
「まあ、どうでもいいか」
この場にいる誰かの耳に入るか入らないかくらいの大きさでぽつりとつぶやく。
どうあがいてもこれからの期間、一時的にとはいえこの少女……女性か?と共に時間を過ごすことになるのは確定だろう。
それなら諦めて楽しんでしまった方が合理的だ。
「じゃあ親父、しばらくこいつは預かるぞ」
「ああ、よろしく頼む」
「ん、行くぞ、伽耶」
「あ、は、はいっ、行って来ます。お父さん」
再び扉に付けられている鈴が、カランッと乾いた音を響かせる。
「……行ってらっしゃい、無事に帰って来いよ」
二人が居なくなった後、主人がつぶやいたその言葉を消し去るかのように。
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