片翼の旋律

死闇

序章

時刻は昼を過ぎ、外では人が慌しく動き始めている。

魔界の風景や街並みは場所や統治者によって様々であるのだけれど、今わたしが目にしているこの街のつくりは人間界に存在しているヨーロッパという国の物に近いそうだ。

わたしは人間界には行ったことが無く、本から得た知識しか持っていないため良くわからないけれど、数少ない知り合いのひとりがそう教えてくれた。

まるで御伽話にでも出てきそうなその街の中を、人はぱたぱたと忙しなく動き続けている。

そんな慌しさがマイペースなわたしには合うはずも無く、遅い昼食を摂り終え、ただ窓からそれを見つめていた。


その日、わたしはいつものようにお店の手伝いをしていた。

何のお店か、と訊かれると多少困るところがあるけれど、簡潔に答えるなら武器屋さんである。

幼い頃色々あったわたしはこのお店の主人、今はお父さんと呼んでいるのだけれど、その人に拾われて以来ここで恩返しのために働いている。

働いていると言っても、右腕の無いわたしが役に立てているのかというと微妙なところだ。

それでも、看板娘として居てくれるだけでいいと言ってもらえているのでとても感謝している。


――カランッ。


入り口の扉が、人が出入りしたことを告げる乾いた鈴の音と共に開かれる。


「いらっしゃいま……っ!」


その瞬間、店内を満たす、まだ新しく生々しい血と死の臭い。

確かにここは武器屋である。しかし、その武器を行使した直後にここへ来る者はまずいない。

そのあまりの不気味さに背中に残る片翼がわたしの意志とは関係なく、まるで静電気を当てられたかのように逆立つ。


――こわい。


全身が警戒態勢に入り、強張る、どうしたら良いのか、わからない。


「……お前、誰だよ」


その人は鈍く開き、鋭く光る血色の瞳でこちらを視界に収め、気だるそうに口を開いた。

深く被られたフードからは天鵞絨の髪の毛と、金の髪留めががゆらゆらと見え隠れしている。


「わ、わたしは、あのっ」


言葉に詰まる。話すこともままならないほど、わたしの身体は硬直しているようだ。


「まあいい、親父はどこだ」

「あ、は、はい、今呼んできます!」


とにかく一度ここから離れよう、幸いこの人の目的はお父さんみたいだ。わたしがここにいる必要は無い。

震える身体をなんとか動かし、お父さんの元へ向かう。


「お父さん、あの、なんだか、なんだかこわい人が来てます!」

「怖い人?ああ、たぶんそれ呼んだの俺だわ」

「えっ?」


あのこわい人をお父さんが?


「そうかそうか、やっぱり怖かったかぁ」


驚きを眼に浮かべるわたしを他所に、お父さんは面白そうに笑っている。

こちらとしては、命の危険を感じるほどのことだったと言うのに。


「よし、行くぞ」

「え?わたしも行かなきゃだめですか?」

「おう、というか俺がそいつに話したいのはお前の事だからな」

「なんですかそれ?聞いてないですよ?」

「まあまあ、待たせてるんだろ?とりあえず行くぞ、話はそれからだ」

「うぅ、わかりました……」


お父さんに無理矢理連れられて、再びあの死の臭いが充満している部屋へと戻る。

また、あの嫌な感覚が身体を襲う。


「人を呼んでおいてどこ行ってたんだ」

「そう怖い顔すんなよ、せっかくのイケメンが台無しだぞ、死神の兄ちゃん」

「うっせーよ、で、依頼なんだろ?面倒そうなら拒否るぞ」

「そんな構えるなよ、俺とお前の仲だろ?」

「帰る」

「申し訳ありませんでした帰らないでください依頼のお話を致します」

「ん」


リズミカルに進む会話はまるでコントのように見える。

それにしてもこの人、会話から読み取るに死神だっただろうか。どうしてこんなに気だるそうなままなのだろう。

そして、わたしの翼も相変わらず逆立ったままだ。

この死神のそばにいるだけで息が詰まる。


「それで依頼のことなんだけどよ、さっき兄ちゃんを出迎えたかわいこちゃんいるだろう?今も俺の後ろで震えてるけど」

「ああ、いるな」

「この娘は伽耶って言うんだ、俺の血の繋がらない娘なんだよ」

「初耳だ」

「兄ちゃんや他の死神が武器の手入れに来る時にはいつも俺の実家のほうに帰してたからな」

「ふーん、で、それがどうした?娘自慢聞くだけで報酬を貰えるわけじゃ無いんだろう?」

「そりゃそうだ、それでな、伽耶にはちょっと変わった能力があるんだ」

「変わった能力?」


警戒するのに必死で何も耳には入っていないのだけれど、わたしの話をしているのだろうか。

死神が、細めているのかそれが通常なのかわからない瞳をこちらへ向ける。


「は、はひ?」


声が上ずる、どうしても身体の緊張がほぐれない。


「伽耶、ちょっとお前の能力をこの兄ちゃんに見せてやってくれないか?」

「わ、わたしの、ですか?」

「そうだ、できるだろう?」

「で、できますけど……わかりました」


お父さんの、その懇願するような眼を前にしたら断るわけにもいかない。

カウンター内に備え付けられている武器を手入れするための台の上へと登る。


「何すんの?」

「いいからほら、兄ちゃんもこっち来い」


そしてお父さんに無理矢理引きずられる死神も、渋々と言った表情でこちらがよく見える場所まで移動してきた。

それを確認してから、すうっと、大きく息を吸い込む。


「……行きます」


吸い込んだ空気を一気に吐き出すのと同時に、全身の魔力を開放する。

その瞬間、わたしの周囲を白い光がシュルシュルと形を変えながら包み込む。

そして――。


「ほう」


死神から初めて興味有り気な声が聞こえた。

わたしは、わたしの能力は。


「自分自身を、武器に変えることができるんです」

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