第4話 首領(ドン)サウザンの野望

「ところで、ジュリアさんは何やらトラブルに巻き込まれているとカリンちゃんからうかがいましたの」


 その問いを聞いて暗い表情となるジュリア。はたしてジャスティナのような少女に話してよいものかと少しためらっておりましたが、ジャスティナの隣に控える二八郎の頼もしい巨体を見て、意を決したように語り始めました。


「実は……この孤児院は、この町を支配するマフィアのボスに狙われているのです。千の十字架サウザンドクロッシーズ一家ファミリー首領ドンサウザンは、この町だけでなく周囲の町も支配下に置こうと積極的に勢力を拡大しようとしています。それで、その資金源として麻薬……ケシの栽培に手を出そうとしています」


 それを聞いたジャスティナは、美しい目を見張って驚きを示したあと、形のよいあごに人差し指を当ててつぶやいたのでございます。


「ケシ……生命力が強く、荒れ地でも簡単に栽培ができますわね。ハーブが育つ土地なら子供でも育てられる……」


 それにうなずいてジュリアは話を続けます。


「はい。この土地は荒れて貧しく、トウモロコシやジャガイモの畑をケシ畑にしては町の住人どころかマフィアのメンバーまで飢えてしまいます。ですので、さすがの千の十字架サウザンドクロッシーズ一家ファミリーも農家にケシ栽培を強要しようとはしていません。しかし、わたくしたちの孤児院なら、ハーブ畑もジャガイモ畑も、幼いながら人手もあります」


「それで、この孤児院にケシ栽培を強要しようと?」


「はい。そうすれば、食料は充分与えると……それは嘘ではないでしょう。今も貧しく、子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげられないことから考えれば、受けた方が食事を豊かにすることはできるかとは思います。しかし、麻薬の原料を作るような真似まねを子供たちにさせたくはなかったのです。それで、昨日が返答の期限だったので、はっきりとお断りいたしました」


 それを聞いてジャスティナは大きくうなずいて言いました。


「正しいご判断だと思いますの。それで、先ほどのブラックドッグ三兄弟はカリンちゃんを人質にとって言うことをきかせようとしていたのですね」


「恐らく、そうではないかと……」


 言いかけたジュリアを遮るように、カリンが横から口を挟みました。


「それだけじゃないよ! サウザンは、ジュリア先生にも『愛人になれ』って言って来たの!!」


「まあ、何ということですの!?」


 ジャスティナの形のよい眉がキリリとつり上がります。それに対してジュリアは、その美しい顔に一層暗い表情を浮かべながら、半ばあきらめたような口調で話を続けます。


「私のことはよいのです。サウザンにこの身を任せて子供たちの暮らしがよくなるなら、それも神の与えられた試練と甘受いたしましょう。ですが、子供たちに犯罪の片棒をかつがせるようなことだけはしたくなかったのです……しかし、カリンが狙われたとなると、この先も同じようなことは起きるでしょう。子供たちをずっと孤児院の中に閉じ込めておくことなどできません。それに、私には暴力から子供たちを守る力もありません。今日は幸いにもニハチロー様にお助けいただけましたが、この先どうすればよいのか……」


「警察は……アテにはできませんわね」


「はい。汚職がはびこり乱脈を極め、マフィアに骨抜きにされています。この国では、どこに行っても同じですから他所よそに逃げることもできません」


 諦めたように溜息をつく麗しきジュリア。嗚呼ああ、その憂い顔を取り払うことができる者はいないのでしょうか?


 いや、ここに決然と立ち上がる者がいました!


「わかりました。わたくしたちが何とかしなければいけないようですわね! 二八郎、。千の十字架サウザンドクロッシーズ一家ファミリーを消毒いたしますわよ!!」


「リョウカイ」


 椅子を蹴立てて、すっくと立ち上がり宣言した我らが少女探偵ジャスティナ・ゴールドフィールド!


 二八郎も顔色ひとつ変えずに、その宣言に従います。


 しかし、それを聞いてジュリアの方が顔色を変えました。


「お待ちください! 確かに二八郎様は頼もしいお方ですが、ブラックドッグ三兄弟などは千の十字架サウザンドクロッシーズ一家ファミリーの中でも使い走りにすぎません。拳銃どころか機関銃で武装している者も大勢いるのです!! あんな恐ろしい人たちと戦うなんて……」


 そう止めようとするジュリアに対して、にっこりと笑ってジャスティナは答えたのであります。


「ご安心なさって、では二八郎もわたくしも止めることはできませんわ」


「え?」


 思わず絶句するジュリア。そのとき、部屋の扉が勢いよく開けられ、ジャスティナと同年代と思われる少年が飛び込んできて叫びました。


「大変だ、千の十字架サウザンドクロッシーズ一家ファミリーが大勢でやってきたよ!」


「な、何ですって?」


 動揺するジュリアに、ジャスティナは悠然と声をかけたのであります。


「ちょうどよいタイミングですの。ここで後顧の憂いを断つことにいたしましょう」

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