銕(くろがね)のサンチョ・パンサ

結城藍人

第1話 天才美少女探偵登場!

 さてさて、物語は限りなく続く荒れ果てた大地からスタートいたします。生きる恵みをもたらさぬ見捨てられた土地。それでも、そこで生きようとする者がいるのが人間のごうというものなのでしょうか。


 その荒野を疾駆する一台の荒地走行車バギー。普通、バギーというと二座席シータ―以下の小型車が多いのですが、これは後部座席もある少し大型のタイプでございます。運転するのは、前のつばが長い帽子を被り、ゴーグルで目元を、スカーフで口周りを守っている小柄な人影。顔立ちこそ分からないものの、半袖短ズボンのサファリスーツから伸びる華奢な手足は、年端のいかない少年か少女のように見受けられます。


 そのバギーの進路に、突然現れましたるは人の姿! みすぼらしい服を着た、まだ五~六歳くらいの幼い女の子でございます。よろめきながらも、必死で走ってから逃げようとしております。


 それを追っていた、も姿を現しました。大柄な男が三人。筋骨隆々とした体に、鋲を打った革ジャンパーやジーンズをまとっておりますが、いずれもボロボロの有様。頭はそれぞれスキンヘッド、モヒカン刈り、逆モヒカン刈りで、顔にはペイント。そして、手には釘の刺さったバットや有刺鉄線を巻いた棍棒、鉄パイプなどの粗末な武器を携えているという、典型的な『ヒャッハー』さんたちでございます。


「逃げるんじゃねェ!」


 そう粗暴に叫びながら鉄パイプを投げるモヒカン男!


「きゃあっ!」


 何たる非道! 鉄パイプは狙いにたがわず逃げる女の子の足を刈り、転倒させてしまいました!!


「う、うう……足が……」


 必死に逃げようとする女の子でしたが、嗚呼ああ、何という哀れ、足を怪我してしまい思うように動けません。


 そんな女の子を取り囲むようにした大男たち。一番体格のよいスキンヘッドが、女の子を軽々とつまみ上げます。


「いや、放して!」


 必死に抵抗する女の子でしたが、ああ女子供の非力さの何と悲しいことか。もがき、暴れたところでスキンヘッドには蚊ほどにも効いておりません。


「暴れるな、ゴルァ!」


「おい、兄貴、殺すなよ! 大事な人質なんだからな」


「殺さなきゃ、腕の一本や二本かまわねえだろ? そしたら大人しくなるぜ」


「今度はピィピィ泣いてうるせえじゃねえか!」


 情け容赦のかけらもない男たちの会話を聞いて、女の子の顔が真っ青になります。それでも、はかない抵抗を止めようとはしないとは、何と勇敢なことでしょうか!


「チィ、こいつ本当に腕へし折ってやろうか?」


 業を煮やしたスキンヘッドが忌々しげにつぶやいたとき、けたたましいブレーキ音と共に先ほどのバギーが男達の目の前で砂煙を上げて急停車いたしました。


「何だ!?」


 誰にともなく叫んだスキンヘッドでしたが、本人だって返事が来るとは思っておりません。ところがどっこい、返ってきてしまったので逆に本人の方が驚きました。


狼藉ろうぜきはやめるのです! 大の男が三人も寄ってたかって、いたいけな女の子に無体むたいを働くなど、恥を知るのです!!」


 その声と共に、バギーのボンネットに飛び乗ったのは、運転していた小柄な人影。むんずとスカーフとゴーグルを掴んで、帽子ごと引き抜くと、バギーの座席に放り投げて素顔を強烈な太陽光にさらしました


 そこに現れたのは、金髪碧眼で、顔立ちの整った少女でございます。ショートカットにしているのでボーイッシュに見えますが、『美少女』と言っても過言ではございません。いやいや、それどころか『人形のような』という形容が似合いそうな可愛らしい容姿は、あと数年たてば押しも押されもせぬ『絶世の美少女』になるのではないか、と思わせる風貌でございます。


 しかしながら、幼い。スキンヘッドの男に囚われている女の子ほどではございませんが、まだようやく年齢が二桁に乗ったか乗らないか程度。第二次性徴に伴う身体的変化は、まだ彼女には訪れていないように見受けられます。


 そんな少女が、半袖短ズボンのサファリスーツ姿で腕組みをしてバギーのボンネットに仁王立ちしているのでございます。


「何だ、テメエは?」


 スキンヘッドが思わず尋ねたのも、無理からぬこと。それに対して、少女はまるで歌い上げるかのように朗々と名乗りを上げました。


「わたくしの名はジャスティナ・ゴールドフィールド! 知的・衝撃的・破壊的天才少女探偵ですわ!!」


「破壊的?」


 思わずスキンヘッドが問い返してしまったのも当然でございましょう。『知的』や『衝撃的』はまだしも、普通は自ら『破壊的』と称することはございません。しかし、ジャスティナと名乗った少女は腰に手をあてて平らな胸を張ると誇らしげに言い放ったのでございます。


「わたくしは天才! そして、天才というのは常識や固定観念を破壊するものなのです!!」


 『この小娘って色々な意味でヤバいんじゃね?』と思ったスキンヘッドたちの気持ちは、読者の皆々様にもご共感いただけてしまうのではないかと思ったりもするのですが、そこはそれ、暴力で世の中を押し渡っているようなスキンヘッドどもは、ここで逃げ腰になることは許されません。自分たちの邪魔をする小生意気な娘を許しておいては沽券こけんに関わるので、まずは脅しにかかります。


「何だテメエ!? 天才だか探偵だか何だか知らねえが、俺たちに逆らってタダで済むと思うなよ! こいつみたいな目にあいたくなかったら、とっとと失せやがれ!!」


 そう言いながら、抱えている女の子の腕を捻り上げるスキンヘッド。嗚呼ああ、何たる無道!


「嫌ぁ、痛い、あぁぁぁぁぁぁっ!」


 悲鳴を上げる女の子。それを見たジャスティナは、その美しい瞳でスキンヘッドをキッと睨みつけると叫びます。


「おやめなさい! やめないというのなら、わたくしにも考えがありますよ。二八郎にはちろう、おいでなさい!!」

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