011 2028年7月22日 野上悠斗

 午前2時21分。仙台市青葉区に住む野上悠斗(18)は、これで何十回目になるのか分からない、『現在メンテナンス中です。ログインできません』のダイアログを消して、ベッドの上にコントローラーを放り投げた。


 視界に浮かぶアニマ・ムンディのログイン画面を横へ追いやって、未読のソーシャルログを広げる。野上が登録しているすべてのSNSから寄せ集められた最新のコメントが一覧となって現れた。

 そこにあるのは、アニマ・ムンディの運営に対するプレイヤーたちの苦言や恨み言である。深夜になっていくらか落ち着いてきてはいるものの、それでも週末ということもあって、その勢いはかなりのものだった。


 昨日7月21日の朝8時から、アニマ・ムンディで最も盛り上がる、最終フェーズにして最後の8日間、最終戦争が始まるはずだったのだ。それが、朝6時のメンテナンスを直前にしてサーバーダウンし、以降ずっと終了時間不明の臨時メンテナンスが続いている。

 さらに、昼ごろに開発者を自称するアカウントが、「ユーザーのデータがバックアップ含めて全部消えた」などと発言したことが、騒ぎに火をつけた。

 しかし、野上はその発言を信じてはいなかった。そもそも、発言をおこなったアカウントが本当に開発者かすら疑わしいのだ。騒ぎに便乗して炎上を狙った、ただの目立ちたがり屋に違いないと、野上は踏んでいた。本当にそんな状況だったとして、大本営からアナウンスが行われないはずがないし、そんな重大なことを個人的なアカウントから漏らすなんて考えられない。

 それにしても、想像力に欠ける情弱たちがその発言に群がって、「どうにかしてくれ」と懇願したり、「訴えてやるからな」と憤っている姿は、とても笑えるものだった。


「ただいま」

 夜食を買いに行っていたK10%ジッパーが戻ってきた。野上はマイクのミュートを解除して応答した。

「おかえり。なに買ってきたの」

「牛丼」

 答えと同時に、咀嚼音が聞こえてきて、野上はスピーカーの音量を若干下げた。

 K10%は、数年前にプレイしていた別のゲームで知り合った友人だった。ゲーム以外でも趣味があうので、普段からこうして雑談をしたりするような仲なのだ。去年まで専門学校に通っていたが、今年からクラウドPCの契約代理店に就職したらしい。野上がいま使っているゲーミングクラウドPCも、K10%を通してネットで契約したものだった。


 K10%が牛丼を食べている間、野上は再びゲームへのログインを試みたが、やはり無駄だった。駄目と知りつつも、公式からアナウンスされるよりも早くサーバーが開放されるかもしれないと思うと、試さずにはいられない野上だった。


 しばらくして、すべて平らげ終えたK10%が「そういえばさ」と話し始めた。

「ナムイ・ラーの奴らが死んだって知ってる?」

「なんだよそれ」

 野上はそう答えつつ、そういえばそんなような話が何度か視界の片隅を流れていったのを思い出した。くだらないと思って、まったく確認していなかった。

「なんかよくわかんないけど、みんな頭が爆発して死んだんだってよ」

 タイムラインを遡ると、たしかにそんなようなことを言っている人間が何人もいた。情報の元を辿っていくと、今朝方各地で発生した爆発事故のニュースに行き着いた。その事故で死亡した人物の名前と、本名を明かしているナムイ・ラーの所属メンバーの名前が一致するというのだ。


「同姓同名の別人だろ、こんなの」

 野上は、タイムライン上で「ほんとうだ! みんな爆発して死んだってこと?! こえええ!!」だとか、「あいつら節操なかったから罰があたったんだな」などと、簡単に情報を信じ込んでいる発言を眺めながら、鼻で笑った。どうしてこんなにすぐ本気になれるのか、野上には理解できない。

「アカ・マナフ以外の本名分かってるやつ全員だぜ? 偶然でありえるか?」

「同じゲームの同じギルドだったってだけで、日本中で同じ時間に死ぬなんて偶然のほうが有り得ないだろ」

「そもそも、日本中で同じ時間に同じように死ぬってどういうことなんだろうな」

「俺が知るかよ」

「ゲームが関係なかったとしてだよ、時限爆弾みたいなものがあって、それが同時に爆発したとか、そういう話なのかね」

「爆弾で死んだんなら、そういう風に書かれるだろ」

 ニュースには、いずれも原因不明の爆発が起こったとしか書かれていない。

「じゃあなんで爆発したんだろ」

「だからさ、知らないって」

 野上はイライラしながら答えた。K10%の、こういった答えの出ない疑問をいちいち口にだす癖が嫌いだった。自分で勝手に考えて悩んでほしいものだ。


「だけどさ、万が一だよ、本当にナムイ・ラーの奴らがこの事故で死んだとしたら、すごいよな」

 野上はこの話題にもう飽きていたので、なにも答えなかった。そもそもナムイ・ラーは野上たちがプレイしているサーバーのギルドではなく、まったく関係のない他所のサーバーのギルドなのだ。ゲームの中で一切干渉することのない人間たちなのである。

 たしかにあのギルドはアニマ・ムンディの歴代最長連続MVP数を叩き出す凄腕ギルドかもしれないが、自分たちに影響のない話にはまったく興味がわかなかった。過去に自分のプレイの参考になるかもしれないと、あいつらのプレイ動画を観たこともあったが、どれもこれもあまりにも人間離れしすぎていて、なんの参考にもならなかったのだ。

「だって、5時半から6時の間ってさ、アリルゲダ決戦の勝敗がついた直後だろ? もしかして、負けたほうの誰かが、今日こそは殺してやる! って、爆発させたんじゃない」

 とても自分より年上の人間が言っているとは思えない荒唐無稽な発言に、野上はあきれて返す言葉もなかった。

「あ、でもリーダーのアカ・マナフは死ななかったのか」

 K10%はその後も、ああでもない、こうでもない、としょうもない想像をしていた。野上はなんどかログインを試みたが、結局キャラクター選択画面に到達することはできなかった。


 時刻が3時半を回ったころ、しばらく前からゲホゲホと咳をしていたK10%が、そろそろ寝ようかな、と言ってオフラインになった。野上もこれ以上粘ってもログインできそうもないので、諦めて眠ることにした。

 コンタクト上に展開しているアプリケーションを片っ端から閉じていくと、最後に残ったニュースアプリの最新ニュースが目に入った。

 見出しはごく短いもので、

『政府 すべての空港の閉鎖を決定』

 と書かれている。

 しかし、生まれてからこのかた、一度も海外に行ったこともなければ、飛行機を使わなければならないほど遠い国内に行くこともなかった野上には全く関係のない話だったので、とくに気にすることなくウィンドウを閉じた。

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