#1 幻影復讐 -3- 心残り
「「「十代女子の理想ぅ?」」」
見知った人物のこちらを馬鹿にするような素っ頓狂な声ほど苛立つものはない。千里は齢24にしてそれを知る。
千里が茉季の身体に宿った結以と会った翌日。いつも通りに閑の碧を訪れた千里は、石橋・霧ヶ峰・雛子に十代女子の心情について理想というかたちで聞いてみたのだった。それぞれ、自分よりは十代女子というものに近かろうと考えた上での質問だったのだが、返ってきたのはさきほどの半ば嘲笑混じりの声なのだった。
「……笑うな。というか霧ヶ峰。どうせお前は事情を知ってるんだろう」
「えぇ~、なんのことですかぁ?」
隣で尚もわざとらしくとぼけたふりをする霧ヶ峰の言葉は無視することにした千里は、カウンターの奥の雛子と石橋の方を見る。二人共霧ヶ峰ほどではないにせよ、口元が歪んでしまっている。
(だめだこりゃ)
「あーおかしい。千里の口から"十代女子"って言葉が出るのが完全に想定外だったわ」
「ですね。むしろ対極っていうか、逆方向っていうか……」
なおも肩を震わせている二人に、千里は落胆の目で言う。
「お前ら、ちょっとはお前らを頼ろうっていう俺のこの心情を汲んでやろうとは思わんのか。十代の女の子の考えることなんて、俺にはさっぱり分からん。そこで、せっかく一応女の雛子と霧ヶ峰。あとは十代女子の彼女がいる石橋。お前らに白羽の矢を立てたっていうのに……」
「え。なにそれ。喧嘩売ってんの?」
「まあ黎さんやヒナさんはそうかもだけど、あの子もたいがい変わってるからなあ」
石橋?おぉん?などと唸る雛子をよそに、石橋も肩をすくめる。確かに、石橋の彼女は独特な印象ではあった。千里自身もほぼほぼ会話したことはなく、名前すらもうろ覚えなぐらいだ。何故か互いに入れ違いで店を訪れることが多いようで、奇妙な話ではあるがそういう偶然もあるものだと千里は妙な納得をしていた。
「千里くんは本当、こういうところはダメダメですね。だから彼女とかいないんです」
今日も酒が入っているせいか、若干テンション高めでふてくされた風な霧ヶ峰が言う。事実ではあると自身も自覚してはいるものの、他人に言われると(しかも平日昼間から飲んだくれてる奴)、無性に腹が立つ。
「ま、たしかに。あんたにこの類のデリカシーが無いのは自明の理だわ」
「うるさいな。自覚してるからお前らに聞いてるんだよ。ほら、何かないのか」
「あんたね……。ま、この程度も分からないあたり、あんたの限界よね」
呆れながらも、雛子が自信あり気な言葉を放つ。一同は「おぉ!」とその顔を揃って覗き込んだ。
「十代女子の心残りなんてねぇ、そんなの恋愛関係しかありえないでしょ」
ズバリ断言した雛子とは対照的に、彼女以外の全員は微妙な表情で首を傾げる。
「そうかな?」
「そうか?」
「そうでしょうか?」
「決まってるじゃない!まともな恋愛もせずに死んだってんなら、心残りはそれしか考えられないわ!十代女子なんてねえ、実際問題、同い年の男子より恋愛脳なの。発情してんの」
「そうかな?」
「そうか?」
「そうでしょうか?」
というか、そんなことばかり言ってたら誰にとは言いませんけど、いつか怒られますよ?そう言った石橋はあははと乾いた笑い声を上げ、雛子の発言を流してしまう。
「おい流すな!その年頃の時にガツガツいけなかったらその後は超悲惨なんだからね。むしろ発情してんのが正常なの。わかる?あんたも結局、その時期に変にかっこつけてたせいで、出遅れちゃったクチでしょ、千里?」
「いや、俺は単に思骸のいざこざでそれどころじゃなかったっていうか……」
というか、"あんたも"ってことは、お前も……。
千里は口から出かけた言葉を慌てて飲み込んだ。
「……まあ、そんな感じで禄に参考にはならない話しか出なかったわけだが」
所変わって、茉季の家からほど近い場所にある公園。茉季の身体を借りている伊東結以と、千里の二人がベンチに腰掛けて話をしていた。
「人選を間違えた感は……まぁ、ある。あるが、恋愛って線はどうなんだ?」
「恋愛、ね。確かに、私に特定の誰かとそういう意味で付き合った経験はないわね」
「そうなのか。随分受け答えが大人びているように感じてるんだけど」
「素直にマセてる、って言ったらどう?大人ぶってそれらしい言葉を選んでるだけ」
結以が自嘲気味に笑う。その言葉に対し、大人なのに大人らしいことをしている大人が身近にいるせいかな、と千里は心中で答えた。具体的には霧ヶ峰とか、霧ヶ峰とか。
「ま、それでもこの子よりは大人っぽいとは思うけれど」
そう言って結以はすらりと、胸元からお腹の辺りまでを両手で沿わせてみせる。何がとは言わないまでも、凹凸の少ない身体である。加えて150cmにも届くか曖昧な低身長。確かにこの身体ではお世辞にも大人っぽいという言葉は無縁であろう。しかし、その身体を今もって占有している結以の精神性の所業か、目つきや立ち居振る舞いの雰囲気から何気なく"色気"を感じさせていた。
しかし、千里は動じない。
「……つまらないわね、あなた」
「一応、こっちは仕事で来ているんだよ。それに、君がいくらそういうのを振りまいたところで、その身体じゃあな」
そんな千里の様子が期待はずれだったのか、結以はベンチに座ったままそっぽを向いて両足をブラブラと揺らし始めた。
「話を戻そう。それで、恋愛関係って線はなくはないってことでいいのか?」
「そう、ね。ありえなくはないわ」
はっと、何かを思い出したように結以が顔を上げる。
「あなた『くじらの歌』という映画、知ってる?」
「『くじらの歌』……?入澤良零支の本なら読んだことがあるが……悪い。映画はあまり詳しくない」
「そう、その『くじらの歌』で合っているわ」
結以が言う『くじらの歌』もその入澤良零士の作品の一つであり、ジャンルは一応恋愛ものという括りにされている作品だった。
「私、『くじらの歌』で出てくる水族館でのデートの場面が好きなの」
「へえ」
「私が恋愛関係で憧れるとしたら、そこかしら」
「へえ……」
千里が気付くと、結以が目の前に迫ってきていた。その双眸を千里の目にまっすぐに向けている。必然、身長差から上目遣いとなっており、誰がどう見ても何かを乞うているようにしか見えない。それに気付いているのかいないのか、千里は決して目を合わせようとしない。
「仕事で来ているのよね。仕事なら、できることは何でもやらなきゃいけないと思わない?」
「そうだな」
「じゃあ、行きましょう。水族館。水族館デート」
言い直すな。千里が唸る。
「……分かったよ。だから、そのわざとらしい素振りをやめろ」
「恥ずかしいの?」
「違う。うっとうしいんだ」
それまでくりっと見開いて見つめてきていた目が一気に半目のジトっとしたものに変わる。ただ、デートの了承を取り付けたせいか、揺らしている両足のリズムがそれまでの退屈気なものから若干上機嫌なものへと変調しているのを千里は見逃さなかった。
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