トンネル

 

 日本には、心霊スポットにされているトンネルがいくつか存在する。


 確かにトンネルに入ると急に周りが暗くなるので怖いとは思うのだが、その中から事故が起きやすいトンネルや雰囲気のあるトンネルが、選ばれし心霊スポットとして紹介されるのだ。

 一生懸命怖そうなトンネルを探してトンネルを渡り歩いている心霊ルポライターを想像すると、まったく頭が下がる思いだ。


「あはははは! 怖え、超怖えよこのトンネル!」


 それに比べて俺の隣にいる国谷の、何と怠惰な事か。

 国谷は『自称』心霊トンネルマニアだが、自分で新たなトンネルを探すわけでもなく、既に雑誌やネットで紹介されたトンネルを訪れてはブログに乗せる為の写真を撮っていく。

 おまけにこいつは車を持っていないので、駅やバスでは行けないトンネルに行くときは、俺に車を出してくれと頼んでくるのだ。

 渋々車を出してしまう俺も俺だが。


 今日俺達が訪れたのは、山間部にある車の通りのほとんどないトンネルだった。


「おい、騒いでないでさっさと写真撮ってこいよ」

「おっと、そうだった。この前みたいに置いて帰らないでくれよ?」

「それはお前次第だ」


 国谷はちぇっと口を尖らせて俺の車を降り、外観の写真をパシャパシャと取り始める。

 俺は車を脇にとめ、運転席の背もたれを半分倒して奴が戻るのを待った。


 奴は外観の写真は撮り終わったらしく、トンネルの中へと突入していく。


 ――そしてものすごい形相で戻ってきた。


「くそ、出た、本当に出た!」

「漏らしたなら入って来るな」

「ち、違う! 出た、出たんだよ、ほらあそこ!」


 そう言って指さす先を見る。


 そこには血みどろの女がトンネルの壁にもたれかかり、こちらに向かって手を伸ばしていた。


「あ、ああああああ!?」

「に、逃げろ、早く!」


 俺は背もたれを元の位置に戻すことも忘れ、車のエンジンをかけて反転し、来た道をアクセル全開で疾走する。



 バックミラーを見る余裕もなかったが、女は追ってはこなかったらしい。

 気づけば地元に戻って来ていた俺達は、ファミレスで夜通し過ごす事にした。



 *   *   *   *   *



 次の日、流石に眠くなってきたのでファミレスを出たが、一人になるのが怖かったので国谷の家に泊まる事にした。

 車は近くのコインパーキングに停めてある。


 その頃にはだいぶ恐怖が薄れてきて、あれはただの見間違いだったのかもしれないと思うようになってきた。

 それでも音のしない家の中というのは気味が悪いので、俺はテレビを勝手につけさせてもらう。


『次のニュースです。山間部のトンネル内で、痛ましいひき逃げ事件が発生しました』


 そして、俺と国谷はテレビに釘付けになった。


 テレビに映される事故現場は、昨日訪れたトンネルだった。

 現場はトンネルの5メートルほど奥で、撥ねられた女性は助けを求めてトンネルの入り口まで自力で歩いたが、そこで力尽きて倒れたとみられている、らしい。

 トンネルの壁には女の血がべっとりと付いていたそうだ。


 ――あの時。

 あの時に国谷が幽霊だなんて言わずに病院に運んでやれば、彼女は助かったのだろうか?

 全力で走り去る俺達の車を、どんな気持ちで見ていたのだろうか?


 俺は頭を掻きむしり、そして下唇を噛んだ。


「なあ、国谷」

「気にすんなよ。俺達が撥ねたわけじゃない。それにあの傷じゃあ手遅れだって」


 本当に手遅れだったのだろうか?

 彼女は壁にもたれかかっていたとは言え、自力で立っていたのに?


「考えるな。もうどうにもならないんだ、寝ようぜ」

「あ、ああ。そうだな」


 これ以上考えるのは止そう。

 そう考え、テレビを消そうとして俺はリモコンを手に取った。


 せめて犯人が捕まる事を祈ろう。

 彼女が安らかに眠れるように。




『なお、付近の住人が現場からかなりのスピードで走り去る白いワゴン車を見かけています。更にそのワゴン車のバックドアには赤い血のようなもので「行かないで」と書かれていたそうで、警察では何らかの事情を知っているとみて行方を追っています』


 ――そういえば昨日から、自分の白いワゴン車のバックドアを一度も確認していない。

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