動画投稿の相談に乗ります

 


 動画投稿の相談に乗ります!


 ニ◯生主やユー◯ューバーの活躍の目覚ましい昨今、「私も動画投稿者になりたいけれど、わからないことがいっぱいで……」なんて方はいませんか?


 ニ◯ニコ動画、ユー◯ューブ、プ◯レク、R◯2? 私の動画はどこに投稿すればいいの?

 機材とか動画ツールとか、いっぱいありすぎでよくわからない。

 これって著作権とか大丈夫? 炎上しない? ◯ASRAKにお金請求されない?


 そんな色々な不安のせいで、才能があるのに諦めた人も多いのではないでしょうか?



 ですがもう諦める必要はありません。


 私達『動画投稿相談社』が、あなたのお悩みを解決します!



 私達は皆様からの相談料で運営している企業です。

 動画制作の指導から投稿サイトの選び方、身バレしないための注意点、あるいは人気の出る投稿方法まで、徹底研究した私達が皆さんの相談に応じます。アダルト動画関係の相談も可能。

 短時間相談コースから、動画の制作を手取り足取りおこなう重点指導コースまであります。まずはお気軽にメールでご相談ください。


 個人情報保護法に基づき、業務上知りえた秘密は厳守します。



 * 



 と、俺がこんな仕事を始めてからそろそろ二年になる。

 俺一人でやってる個人企業ではあるものの、依頼件数はそれなりに多い。動画投稿者に夢見る人間がいる限り、食いっぱぐれることはないだろう。


 相談内容の大半は、若者からの「一から全部教えて」という相談だ。

 予算に合わせて機材を整えてやり、著作権フリー素材の使い方などを説明して、ツ◯ッターなどのコツを教えてやる。報酬次第で一緒に最初の動画制作をするところまで手伝ってやる。若者の作りたい動画なんて、大抵は流行りのゲーム実況だ。手慣れた俺なら、動画一本作ってやるくらいはそんなに大変なことでもない。


 あとは実績が欲しいので、教え子の中から有名実況者でも輩出したいところなのだが……これがなかなか出てこない。

 全員に一番大事だと教えている「とにかく続けろ。辛くても続けろ。飽きても続けろ」を、実践できる人間が少ないのだ。

 こればっかりはどうしようもないので、気長に待つことにしている。



 *   * 



 某カラオケ店の前で、俺は左腕の腕時計を確認した。そろそろ約束の時間だ。

 今回の仕事は、アダルト動画の投稿についての短時間相談だ。相談内容が内容なので、人目につかないカラオケ店で相談することにした。


 アダルト動画はハードルは高いが、うまくやれば普通の動画よりずっと稼げる。なので珍しい相談というわけでもない。

 相談者向けに、アダルトサイトのデータベースなんかも作っている。


 約束の時間を少し過ぎると、一人の男がキョロキョロしながらこちらに近づいて来た。

 小太りで目力が強く、短パンをはいている。ちょっと近寄り難い印象を受けるが、俺はあれが今日のクライアントだろうと直感した。


「小島さんですね、初めまして。私、動画投稿相談社の今泉康介と申します」

「う、うん、よろしくお願いします」


 やっぱり依頼人だったようで、彼は俺が差し出した名刺を片手でつまむようにして取ると、さっとポケットにしまった。

 それから二人でカラオケ店の中に入る。受付を済ませてから部屋に入るまで、小島さんはカラオケ店の内装を物珍しそうに眺めていた。


「それでは早速ですが、今回の相談内容について教えて頂けますでしょうか?」

「えっと、あの……この動画を、どこのアダルトサイトに投稿したらいいか聞きたくて」


 小島さんはそう言うと、鞄からスマホを取り出して弄り始めた。あらかじめ動画をスマホに入れてきたのだろう。相談内容が具体的なのは非常に助かる。


 ただ、どんな動画を見せられるのかは、覚悟をしておいたほうがいいな。

 中高生との援助交際動画や銭湯の盗撮動画のような犯罪のものでも、俺は依頼人を警察に突き出したりはしない。会社の信用を損ねるだけで、なんのメリットもないからだ。

 まあ、予想ではCG系あたりだと思うが……もしも小島さんの裸の動画だったとしても、顔には出さないようにしよう。


「そ、それで、この動画だけど、どこに投稿したら大丈夫?」


 俺がひと通りの覚悟を決めたところで、小島さんは俺にスマホの画面を見せた。






 映っていたのは、手足を鉄の鎖に繋がれて、腹部に青痣のできた裸の少女。


 そこにお面で顔を隠した小島さんらしき人物が現れて、怯えて暴れる少女に近づいていき――






 すうっと、何かが俺の首筋から背中の下へと抜けていく。

 その感覚を「ああ、血の気が引くってこういうことか」と、どこか冷静に分析していた。


 恐る恐る小島の顔を見ると、彼はギラつく目で俺のことを見つめている。

 目の前には狂人。突きつけられたのは限度を超えた犯罪の証拠。

 口の中に、どろりとした苦い唾が溜まる。


 落ち着け。

 冷静になれ。


 さっき確認したはずだ。

 明らかな犯罪動画でも、相談者を警察に突き出したりはしない。


 それが会社のメリットに――

 ――ではなく、俺の身の安全につながる。


「こ、この動画は、その…………た、ただの合成動画や特殊メイクであるとはいえ、普通のアダルトサイトでは規約違反として消されてしまう可能性が、あります」


 まさか本物の映像だとは思わなかった……という態度を見せると、小島は表情を崩し、目を細めた。


「やっぱり、そうだよね。じゃあ、どこか投稿しても大丈夫なサイト、ない?」


 ……なくはない。

 俺は残虐動画を専門に掲載しているアングラサイトの情報も持っている。

 通常の相談者には「このサイトは危険だから関わらないように」と伝えているサイトだ。


「えっと、少し危ないサイトでよければ……」


 俺はそのアングラサイトがいかに危険かを説明したが、彼の目の輝きを見た限り、動画は必ずアップされると確信した。


 別れ際に小島から渡された相談料は、当初の請求額よりもずっと多かった。



 *   *   * 



 それから三ヶ月ほど経ったある日。

 テレビをつけると、猟奇殺人鬼が捕まったとニュースが報じていた。

 俺が通報したわけではない。彼の投稿した数多くの動画から身元が特定された、わけでもない。

 小島が逮捕されたのは、異臭騒ぎをおこして近所の人に通報されたのが原因だ。


 警察に連行される映像の中で、小島はずっと「◯◯、お前もぶっ殺してやる!」と叫んでいた。◯◯の部分はピー音で消されているが、おそらく通報したという近所の人の名前だろう。


 その光景を見て、俺はひどく安心してしまった。


 あの時、もしも俺が通報していたら、あの少女は命は助かっただろう。

 カラオケ店を出た直後なら、少女はまだ指一本失ってはいなかったはずだ。


 しかしだ、それは同時に小島の罪が軽くなることを意味する。

 小島は猟奇殺人鬼としてではなく、ただのわいせつ目的誘拐で罪に問われることになる。その場合、おそらく死刑や無期懲役になることはなく、いつかは釈放されてくる。

 そして釈放された小島が裏切り者の俺を殺しに来る可能性は、あの様子を見た限りでは低くはない。


 自分の身を守るために、俺は小島を通報しなくて正解だったのだ。



 一方で、今回通報した◯◯さんは、別に怖がる必要はない。


 ネットに本物の殺人動画スナッフフィルムを撒き散らした人間が、釈放されることはないのだから。



 *   *   *   * 



 その日の夜、寝付けずにいた俺は、ベッドの上である重大な問題に気づいた。

 もしも小島が警察に俺とのやりとりを喋ったら、俺が警察に事情聴取される可能性があるのだ。


『どうして通報しなかったんだ。お前が最初に通報していれば、あの娘の命は助かったんだ!』


 そんなことを急に言われたら、テンパって余計なことを言ってしまうかもしれない。

 今のうちに、返答を考えておいた方がいい。


 一番まずいのは、犯罪をわかってて見逃したと告白してしまうことだ。

 最初に見せられた動画はそんなに酷いものではなかったし、よくあるAVだと思ったことにしよう。その後小島が投稿していた動画は見なかったことにすればいい。

 まあ疑われはするだろうが……俺がやったわけじゃないし、犯罪そのものには一切協力していない。警察だって、俺に罪をきせるために深く追求するようなこともしないはずだ。



 ああ、変なことを考えたら喉が渇いたな。


 俺は冷蔵庫に向かうために、ベッドから起き上がろうとして――



 ――しかし、身体が動かなかった。

 呼吸はできるし、眼球は動くが、首から下は全く動かない。


 ふと、誰かいるような気配を感じ、目だけ動かして部屋の入り口の方を見る。





 あの少女が、立っていた。


 まだ青痣があるだけの、初めて小島の動画を見せられた頃のあの少女が。





 ――どうして。


 どうして、俺のところに来るんだ。

 俺は何も、何もしてないじゃないか。

 どうして!


『どうして』


 少女は徐々に、こちらへと迫って来る。

 近づいて来れば来るほど、少女の見た目が変わっていく。


 三ヶ月間。

 小島は俺のアドバイス通りに、毎日ちょっとずつ動画をあげていて。

 動画を投稿すればするほど、少女の見た目は酷くなっていった。


 ――その時の投稿動画の順に、少女の姿がズタズタになっていく。


 目を瞑ることができない。

 目を背けることもできない。


 彼女が俺の枕元に立った時には、小島の投稿した最後の動画の、惨憺さんたんたる姿へと変わっていた。

 本来なら歩くことはおろか、立つことも儘ならないはずの姿の少女が、俺を無表情に見下ろしている。


『どうして、通報しなかったの?』


 少女が俺の上に、ゆっくりと覆い被さってくる。


 声は出ない。

 体は動かない。

 呼吸は荒くなる。

 殺される。

 殺される。

 殺される。




 少女は鼻と鼻がくっつきそうな距離まで顔を近づけると、ゆっくりと唇を動かし――



『あなたが通報していれば、私の命は助かったのに』



 ――そうささやいて、涙を流した。

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ホラー短編集 芍薬甘草 @syakkan

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