第2話 出会い
手持ち無沙汰になってしまったわたしは、駅に向かって歩いていた。家に帰ってもまだ誰も戻っていないだろうけれど、夜ご飯にするにはまだ早い。どうしたものか、と思っている内に、いつも使う蓮戸駅まで着いてしまった。夕暮れ時の街は初春の寒さも過ぎ去って、頬をなでる風が心地良い。
蓮戸駅は、この辺りでは比較的栄えている。駅前にファストフード店、カラオケ、コーヒーショップなどを構えたビルが数多く立ち並ぶのは、この一帯では蓮戸くらいだろう。ここなら時間を潰すには困らない。少し離れた所には商店街もあるらしいが、残念ながらわたしは足を運んだことはない。
そして今日はファストフードも、カラオケも、コーヒーショップも、気分ではなかった。そしてなんとなく、この近くを早く離れたかった。
「歩いてみようかな」
蓮戸駅から自宅最寄りの田上駅まで見取駅を挟んで二駅、時間にして十分と少し。教科書の入ったトートの重さは気になるが、歩いても一時間と掛からない筈だ。自宅近くはともかく、この辺りの地理には疎いが線路沿いに歩いていけば迷うこともないだろう。
決めるが早いか、取り出しかけた定期入れを鞄に戻す。弾かれたように私の足は駅の入り口から離れて、ビルと線路に挟まれ夕陽の差し込むアスファルトの方へ向かっていた。
一度進み始めれば、歩調は軽い。ゆるくカーブした線路に沿って、どんどん歩き進めていく。何か良いものと出会えるという、予感めいたものがあった。ただ単に、今日のもやもやとした何かを晴らしてくれるものを求める願望だったのかもしれない。
わたしは、歩き続ける。
「スニーカーで良かった」
歩みに淀みはなく、進めば進むほど周囲の景色は移り変わり、行き交う人々は姿を潜めていく。全く知らない道を進んでいるのに、不思議と不安はなかった。
朱色に染まった街の中で、陽がわたしの影を更にのばす。同じように照らされた建物が、線路が、街路樹が、朱色に染まって視界を埋め尽くし、わたし自身が街に溶けていくような錯覚を感じる。このまま永遠に、歩き続けても良いとさえ思えた。
その感覚から覚めたのは、二十分ばかり歩いたころだった。立ち入り禁止の赤い文字がわたしの行く先を塞いでいた。順調だった歩みがはじめて止まる。
線路沿いの道を行けば良いだろうという当初の目論見からは外れるが、多少道を逸れた所で帰れなくということも無い。歩いてきた通りから離れるように再び歩き始める。
線路沿いを行く間は気が付かなかったが、何本か向こうの通りが商店街だったことに気づいた。工事を避けるという目的を忘れ、商店街を目指して進む。
わたしの歩みは止まらない。ランドセルを背負って駆けていく子供たち。買い物袋を提げて自転車を漕ぐ主婦の姿。夕食であろうお惣菜を手に並んで歩く老夫婦。周囲は住宅街になっているらしく、再び人の姿が見えてきた。
周囲に見える建物は殆どがアパートや一戸建ての住宅であったが、その中の一つが、わたしの視線を強く惹き付ける。
それは、喫茶店に見えた。
アパートの一階、道路に面した部分に不自然に木目の壁が拵えてある。その壁には居住者用の出入り口とは別に、存在感のあるウォールナット色の開き戸が取り付けられ、準備中とのプレートが掛けられていた。
戸と壁のそれぞれには大きな窓が備わっているが、スモークガラスのそれ越しでは中の様子を窺い知ることはできない。
明らかに周囲の景色と釣り合わないその喫茶店から目が離せずにいると、午後五時を知らせる、聴き馴染みのある鐘の音がどこからか聞こえてくる。
ガチャリ、と扉の開く音が聞こえた。
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