わたしと夕陽と喫茶店
@K_MaTsusaKa
第1話 予感
「志織ちゃん、急で申し訳ないんだけど、今日はもう上がってもらってもいいかな」
その内容が思いもよらないものだったからだろうか、唐突に告げられたその言葉がわたしに向けられたものだと気づくのに、少し時間がかかった。
今いるのは、私がバイトをしている学習塾の一室。この塾にで働いているアルバイトの控室として使われている、もう見慣れた部屋だ。
今日の夜にする授業のために、教科書とにらめっこしながら問題を考えている最中のできごとだった。
今この塾では、一日四教科の授業のほとんどをバイトが受け持っている。基本的に二人ずつのシフトで分担して、各二教科の計算だ。
目の前で広げている教科書の通り、今日は数学と日本史、二つの授業をするはずだったのだ。
社員の片岡さんは事情を説明するように、生徒に向けるような調子で言葉を続けた。
「実は真理ちゃんが体調不良で急に来れなくなっちゃってね。代わりを立ててはくれたんだけど、それが環君なのよ……」
「あ、そういうことですか」
なるほど、とわたしにも事態が呑みこめてきた。
真理ちゃんというのは、英語と物理を担当するはずだったもう一人のアルバイトだ。ちなみに、同じ大学に通っていて、いくつか同じ講義も取っている。
あまり仲が良いというわけではないけれど、一年間同じ塾で働いているので見かければ挨拶をするくらいの間柄にはなった。
そして、代わりに来てくれる環君が担当しているのは物理と化学、そして数学の三教科だ。英語は、本人の希望で受け持っていないはずだ。
そしてもう一方のわたしも、英語は苦手だ。正直なところ、成績もあまり良くはなかった。担当からも外してしてもらっている。
つまり、今日の英語の担当がいない、ということらしい。
理屈は通っているような気もするが、授業のために来たのにこれでは来た意味がない。もやもやと、納得がいかない何かが広がっていくのを胸の奥の方に感じたけれど、言葉にうまくできない。
納得しました、という意図を伝えるしかなかった。
「英語と日本史なら、片岡さんがやった方がいいですもんね」
それに、言葉にしても仕方がない。生徒に話しかけるような優しい口調には、逆らえない感じがした。そういう雰囲気が、あるように感じた。
「ごめんね、じゃあまた月曜日、お願いね」
「じゃあ、おつかれさまです。お先に失礼します」
わたしはそう言い、手早く荷物をまとめてその場をあとにした。
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