中編

「おい欠皿かけざら、お客が驚いてるじゃあねえか」

 げ煙草盆を手元に引き寄せ、寝転がって煙管きせるを吸い始めた紅皿べにざら

 まずは見物けんぶつ洒落しゃれこむ腹か。

姉様あねさま、作り物の手は重いのでござりいすよ。妙な話、腕もないのに肩がこるとは」

 器用にあごと口を使って与七の帯をく。

「……主様ぬしさま、下帯は脱ぎなんせ」

「あ、ああ」

 与七の一物は天を突いていた。欠皿がそれをくわえる。

「ところで、なにか聞きたくてわざわざここまで来たんじゃないのかい」

 紅皿が、意地悪く問う。欠皿は竿を横に舐め縦に吸い、と口淫にいそがしい。

「井崎屋で下女として働いていたおそのが、ごろつきに刺されて……うっ」

「欠皿、おやめ」

「あい」

 白液を口で受けた欠皿は気が済んだのか、素直に離れる。

 流し目で、ふ、と笑う。

 与七は思わず身震いした。


 与七の話をまとめると――。

 伊崎屋で働いていた、おそのという下女が死んだ。どこで見染めたのか知らないが、ごろつきの梅吉という男が岡惚おかぼれしたのである。勝手にのぼせ上がって、勝手に胸を突いたのだ。まったくいい迷惑だったろう。

 白昼堂々の凶行であり、梅吉もおそのの後を追った。

 以来、おそのの幽霊が出る。

 恨むなら梅吉のそばに出ればいいものを、店の若旦那である与七の方に出る。

 べつだん恨まれるようなことをした覚えはなし、さかしまにひそかにれられていたのかもしれぬ。

 わからぬままでは落ち着いて遊べもせぬ――そうした時に、闇の方に詳しい、美しい化生けしょうの話を聞いた。

 修験者に金を払って祈祷きとうしてもらうとなれば大事おおごとだ。店の評判も落ちよう。そうなるよりはと吉原へ足を運んだのだった。


「今度はわっちの番」

 紅皿が着物を脱ぎ捨てるとこちらは紅染べにぞめ長襦袢ながじゅばん。豊満な乳房がこぼれそうである。

 ぴたりと与七に密着すると、指先を両手で撫でまわす。濃厚な香りがこぼれ、再び一物が勃起。

 そのまま床に押し倒し、紅皿は与七の上にまたがって、手拭いを首の後ろに回す。

 四十八手でいえば流鏑馬やぶさめ

 淫らな腰づかいに襦袢がはだけて、むっちりとした太腿がのぞく。

 数分ともたずに射精した。


「手前はこっちが目的ではないのだが」

 与七がつぶやくと、紅皿が再び煙管きせるに火をつける。

「さて、どうして幽霊がお客の方へ出るのか。そいつは簡単だ」

「簡単……? ならば話してみろ」

「幽霊が出るのは恨んだ相手。だから、おそのを殺したのはお客、ということになる」

「ちょっと待った」

 暗闇に控えていた辰次が、異議を唱える。

「殺したのは梅吉とかいうごろつきだろう。井崎屋と言えば大店、若旦那がおそのを殺すわけがない」

「本当にお客が殺したかったのは梅吉の方なのさ。おそのは巻き込まれただけ。かわいそうにね」

 二人を殺した、と言われた与七が言葉を返す。

「白昼の往来だ。誰かが見ているはずじゃあないのかい」

と大店の若旦那。どちらの言う事を信用するね? 往来の出来事を一から十まで見続ける人などいなかろう、おおかた悲鳴が聞こえて振り向いたら胸を押さえて倒れるおその。隣のごろつきが逃げ出したらそっちだろうと思い込む」

「おそのは――」

「二人でいて、ひとりが刺されて死んだら怪しいのはもう一人のほう。そんなのは誰にも分る。だから、誤魔化しのためにおそのが使われた――心中というもっともらしい理由をつけてね。梅吉の死に方を不審がられても困るのかい。ほじくり返されては火の粉がかかるというわけだ」

 紅皿が吸いさしを灰吹きに落とした。新たな刻み煙草を詰め直す。

「さて――お客。お客は、んだろう? いったい全体、どこのどなただい?」










 

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