解答編

 すべてのシーンを観終わった後、重楠は、「犯人を当てる」というボタンを選んでみた。「犯人を選んでください」と上部に書かれた画面に移る。ジョーン・ウィルマ・アイリーンの顔の画像があり、それぞれの左上にチェックボックスがあった。下部には「解答する」というボタンがある。

 試しに、ジョーンのボックスにチェックを入れてから、ウィルマのそれにチェックを入れると、ジョーンのチェックが外れた。一人しか選べなくなっているようだ。

「あ、俺、問題編プレイし終わったぜ」

 重楠は顔をディスプレイから上げ、そう言った。すでに他の二人は、プレイし終えていた。

「じゃ、シンキングタイムに移るね。えーっと……」恵理は壁の時計を見上げた。午後四時四十一分を差している。「いつもは小説だけど、今回はゲームだから、自由に読み返せるわけじゃないしね……四十分にしよう」

「四十分ね。わかったわ」

「じゃあ、よーい、スタート!」恵理はスマートホンの画面をタップした。


 ピリリリリ、とアラームが鳴った。「はい皆、シンキングタイム終わりー。これから推理の発表タイムに移るよ」と、恵理が言う。「最初は、誰から発表する?」

「では、私から」浪穂がそう言って手を挙げた。

「浪穂君ね。それじゃあ、お願い」


   浪穂の発表


「犯人候補は、三人います。ジョーン・キャヴェンディッシュ、ウィルマ・キャヴェンディッシュ、アイリーン・マッカートニー。でも、私の推理では、犯人は──この中にはいません」

「この中にはいない?」衣瑠が声を上げた。「どういうことよ?」

「まず、どんな条件にあてはまる淫魔が犯人なのか、から考えていきましょうか。

 ユリシーズの爪には、赤い塗料が付着していました。そしてその塗料には、対視覚の魅惑魔法がかけられていました。淫魔の国では、淫魔が十五歳を迎えた時、成年式において、対視覚の魅惑魔法がかけられた塗料の指輪を授ける、とゲーム内で書いてあります。つまり犯人は、赤い成年式の指輪を持つ淫魔です。

 まず、アイリーンが除外されます。彼女が右手の中指に嵌めていた成年式の指輪は、灰色です、赤くありません。

 次に、ウィルマも除外されます。彼女が右手の中指に嵌めていた指輪は、赤かったです。しかし、それは少年式で貰った指輪です、対視覚の魅惑魔法がかけられた塗料は付着していません。成長速度は人間と同じらしいですから、ああ見えて十五歳以上、ということはないでしょうしね。

 最後に、ジョーンも除外されます。彼女が右手の中指に嵌めていた指輪は、赤かったですし、成年式で貰った指輪には違いありません。でも、寝起きのシーンの最後でこう書いてあります。『彼女の指輪は綺麗で、傷一つなかった』と。

 ユリシーズの爪に塗料が挟まっていた、ということは、彼は指輪を、引っ掻いたんです。ということは、指輪には引っ掻き傷があるはずじゃありませんか。つまり、『傷一つない』指輪を持っているジョーンは、犯人ではありません。

 よって、答えは『この中にはいない』です。以上で、私の発表はおしまいです」

 浪穂はそう言って、他の三人を見回した。恵理は「何か、彼女に訊きたいことはある?」と言い、重楠と衣瑠の顔を交互に見た。

 重楠が手を挙げた。「『三人の中に犯人はいない』ということを、どうやって解答するんだ? 犯人当てのコーナーには、『この中に犯人はいない』というような選択肢は、なかったぜ?」

「簡単ですよ。誰にもチェックをつけず、『解答する』のボタンを押せばいいんです」

「なるほどな」


   重楠の発表


「基本的な推理は、浪穂と同じだ。犯人は、赤い成年式の指輪を持つ淫魔。で、アイリーンは灰色の指輪だから違うし、ウィルマも少年式の指輪だから違う。

 それで、最後にジョーンだ。たしかに彼女の嵌めていた赤い指輪には、『傷一つなかった』と描写されている。だが──その指輪に、傷があろうがなかろうが、まったく問題じゃねえんだ」

「まったく問題じゃない?」浪穂は首を傾げた。「どういうことですか?」

「なぜなら──その指輪は、成年式の時に貰ったものじゃなく、少年式の時に貰ったものでもなく──ただの、アクセサリーだからだ」

 浪穂は、ぽかん、と口を開けた。再び、「どういうことですか?」と言う。

「晩酌をするシーンでの、ジョーンの立ち絵をよく見てみろ。指輪は、右手の中指ではなく──薬指にある」

 浪穂は、ノートパソコンを操作した。たんたんたんたん、とエンターキーをしばらく連打した後、「たしかに……」と呟く。

「よって、ジョーンが犯人かどうかは、彼女一人だけでは、わからない。しかし、アイリーンとウィルマが犯人でないのだから、消去法で、彼女が犯人だ」重楠は恵理のほうを見た。「どうだ、恵理、大当たりだろ?」

 彼女はにこにこと笑っていた。笑みを絶やさずに、「さあ、それはどうかな?」と言う。

「またまたあー……勿体ぶりやがって」

「それで、重楠君の発表で訊きたいことは? ……ない? ないなら、衣瑠君の発表に移ってもらうよ」


   衣瑠の発表


「単刀直入に言うわ。ウィルマが犯人よ」

 衣瑠は、自分の発表の番になるなり、そう言った。「おいおい」と、重楠は呟く。「なんでそうなるんだよ?」

「基本的な推理は、浪穂さんと重楠君と一緒よ。犯人は、赤い成年式の指輪を持つ淫魔。で、アイリーンは灰色の指輪だから違う。ジョーンの赤い指輪は、ただのアクセサリー。

 それで、ウィルマだけど。彼女の嵌めている指輪が、少年式ではなく──成年式で貰ったものだとしたらどう? そうしたら、ウィルマが犯人になるでしょ?」

「たしかにそうだが──どう考えたって、ウィルマの指輪は、少年式のものだろ?」重楠は肩を竦めた。「淫魔と人間の成長速度や年齢は同じなんだ。幼い見た目で、年老いているという心配はない、ってゲーム中でも言っている」

 でもそれって、ただの印象じゃない。衣瑠はそう言った。「ウィルマが幼いというのは──正確には、ウィルマが十五歳未満というのは……ただの、立ち絵から受けた、あなたの印象でしょ?」

「まあ、そりゃそうだが……」重楠は頭をぼりぼりと書いた。「ウィルマの年齢なんて、どこにも書いてないんだ、見た目で判断するしかないだろ。あんな幼い見た目で、年齢の描写もないくせに、実は十五歳以上でした、なんて──」なにか、自分の台詞に引っかかるものを感じた。いったい何なのか、わからないまま、言葉を続ける。「──いう展開だったら、怒るぞ」

「いいえ──ちゃんと書いてあったわよ。ウィルマの年齢は」

「なんだって?」重楠は眉を顰めた。「どこだ? どこに書いているんだ?」

 ここよ、と言って衣瑠はノートパソコンを回転させ、ディスプレイを外側に向けた。重楠と浪穂は、身を乗り出して、それを覗き込んだ。

 それは、ゲームの起動画面だった。恵理の兄が所属しているらしいサークルのロゴが、真っ暗な中に浮かんでいる。

 衣瑠はエンターキーを押した。ロゴが消え、次の画面が浮かんできた。

 重楠と浪穂は、同時に、あっ、と叫んだ。

 その画面には、こう書かれていたからだ。


「注意!


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


また、この物語の登場人物はすべて、18歳以上です」


「ほら、ここに書いてあるでしょう、『この物語の登場人物はすべて、18歳以上です』って。よってウィルマも十八歳以上で、成年式を迎えているわ。

 すなわち、ウィルマの嵌めている指輪は成年式のもの。ユリシーズを殺したのは、ウィルマ・キャヴェンディッシュよ」

 重楠は、しばらくの間、食い入るように画面をみつめていた。やがて、乗り出していた身を元に戻すと、はあ、と溜め息を吐いた。「そんなところに、大ヒントがあったなんて……ゲームの起動時の画面なんて、飛ばすに決まっているじゃねえか……」

「仮に飛ばしたとしても、これが商業展開するアダルトゲームで、ロリキャラが出演することをきちんと思い出せば、当然、『この物語の登場人物はすべて十八歳以上です』という注意書きがあるであろうことに、考えが至ったはずだよ。……いやあ、それにしても、今回も素晴らしい推理だったね、衣瑠君」

「このくらい、どうってことないわ」衣瑠は、ふふん、と笑い、胸を張った。

 重楠はふと、壁の時計を見た。午後五時二十四分になっていた。

「……あっ、そうだ!」重楠は衣瑠のほうを見た。「衣瑠、学食を奢る代わりに頼んだ、数学の課題はどうなった?」

「あっ」彼女は口を半開きにした。「ごめんなさい。忘れていたわ」

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