第四話 彼女も俺も語らない

プロローグ・問題編 前編

 八角柱の上に八角錐を載せたような見た目のテントが四つ、東西南北に建てられていた。そのテントとテントの間、南東付近に、「その人物」はいた。

 それぞれのテントには、名前が書かれていた。「その人物」は、「ミチツグ」と書かれたテントに、自分の寝床から最短距離で到達した。入り口の幕を、ちらり、と捲り、中を覗く。

 男の一人部屋にありがちな、物の散らかった室内だった。奥のほうにはベッドがあり、その上で少年が仰向けで眠っている。

「その人物」は、緊張しながら、彼に近づいた。途中で、武器がたくさん挿し込んである木箱にぶつかり、倒してしまったが、気にしていられない。顔を確認する。だらしのない寝顔。間違いない、ターゲットの勇者だ。

 ごくり、と唾を呑み込むと、懐からナイフを取り出した。魔王軍の紋章の意匠が施されたものだ。そして振りかざすと、少年の胸に、深々と突き刺した。

 彼は目を見開いた。それだけだった。「その人物」は手首を握ったが、すでに脈はなかった。

「その人物」は、長い溜め息を吐いた。そして、少年の下を離れると、テントから出た。

 遠くの町のシンボルである巨塔が、月を突き刺しているように見えた。


「そう言えば、重楠君と浪穂さん、昨日の日曜日、駅前のデパートに二人して入っていくのを見かけたんだけれど、何か買ったの?」

 フーダニット部の部室である、多目的室Aで、家豆衣瑠は、浦有重楠と明智浪穂に、そう尋ねた。

「えっ……えっ、えっ、どうしたんですか? なんで、そんなこと訊くんですか?」

 浪穂は両手を広げ、そう質問を返した。机の南西の席に座っている。

「なんでって……ちょっと、気になっただけだけれど」

 そうかい、と浪穂は返事をして、机上に置いてあった小さい牛乳パックを取り上げ、ストローに口をつけた。

「おっ、おいおい、浪穂お」重楠は引きつった笑みを浮かべながら彼女に声をかけた。「何、牛乳なんか飲んでんだよ、すでに身長は百八十センチを超えているというのに……これ以上成長するつもりかあ?」

 浪穂はストローから口を離した。「い、いいじゃないですか、背は高くて損することはないですよ……胸も大きくなるでしょうし。衣瑠さんもほら、もっと牛乳飲んだほうがいいですよ、小学生レベルの身長じゃないですか。なんでしたら、身長アップに繋がる明智家秘伝のレシピを──」

「いえ、別に要らないわよ。胸が大きくなるなら、恵理さんにでも教えなさいよ。彼女、身長は、重楠君と同じくらいだから、今以上に伸びたら困るかもしれないけれど……っていうか、何で二人して話を逸らしたがるの? そんなにまずいこと、私、訊いたかしら?」

 まずいんだよなあ。重楠はそう心の中で呟いた。まさか、デパートに入るところを見られていたとは。しかし、肝心の、何を買ったか、まで見られていなかったのは、幸いだった。「あのこと」を、衣瑠と恵理に知られるわけにはいかない。あとは、浪穂と自分が、「あのこと」について語らなければ、ばれることはないはずだ。

 必死に話題を捜していると、がらがら、と音がした。見ると、部室の扉を開いて、連恵理が入ってくるところだった。

「やあ、今日はボクが最後みたいだね」

「や、やっと来たか、恵理」重楠は声を上擦らせながらそう言った。「今日の小説のテーマはなんだ? 密室か、それともアリバイか?」

「アリバイと言えば、前の時刻表トリックは凄かったですよねえ。まさか、マシュマロと耐火金庫とロードローラーを、あんな使い方するなんて」

「なんだい、なんだい」恵理は明らかに動揺しているようだった。「今日はやけに、がっつくじゃないか。フーダニット部の部長としては、嬉しいけれど」机の真北の席に座った。

 衣瑠は呆れたような顔で、浪穂と重楠を交互に見ていた。「いや、別に、訊かれたくないなら、それでいいんだけれど」

「それじゃあ、さっそくだけど」恵理は鞄からA4用紙の束を三つ取り出した。「本日の犯人当て小説の問題編を渡すよ」

 重楠は彼女から、原稿を受け取った。表紙には、「巨塔の町の殺人」と印字されている。

 ぺら、と捲り、一ページ目の、明朝体で印刷された活字を追った。冒頭は、「その人物」なる人物が、「ミチツグ」のテント内にいる、勇者の少年を殺す、という内容だった。

 重楠は続けて、問題編を読み始めた。


「そう言えば、知っているっすか?」先頭を行く弐双(にのふた)路次(みちつぐ)は、すっかり暗くなった道をともに歩く他の三人に、そう問いかけた。「最近、自分たち、『薄情勇者』って呼ばれているらしいっすよ」彼は灰色のTシャツに、茶色のチノパンを穿いていた。

「薄情──やって?」ノーマ・フランクランドは首を傾げた。「いったいなんで……」

 上は灰色のキャミソール、下は黒いミニスカート。銀髪を、胸までのツインドリルにしていた。胸には起伏がまったくなく、完全な平面になっている。

「もしかしたら、この間のスペンサー・アダムス戦が……」アメジスト・フリージアは欠伸をした。「原因かもしれんのう」

 彼女は、赤紫のタンクトップを着、青紫のホットパンツを穿いている。短い薄紫の髪をボブカットにしていた。胸は、なかなか大きかった。

「あの、涙を流し、尿を漏らして命乞いをする魔術師の、首を刎ねた件ですの?」フランセス・ブールは、少し怒ったような口調で言った。「仕方ないでしょう、彼は魔王軍に寝返り、実際にわたくしたちと──失礼、路次様たちと、戦ったのですから」

 彼女は、ベアトップで、深いスリットの入ったメイド服を着用している。水色の髪はショートで、猫耳が生えていた。路次が元いた世界での、メロンやスイカなどという比喩ではとうてい及ばない、巨大な胸を持っている。

「別に謝る必要はないっすよ、フランセスも大切なパーティメンバーっす。君がいないと、日々の食事の用意や洗濯を、自分らでやらないといけないようになるっすから」

 路次はそう言って、彼女の頭を撫でた。フランセスは顔を赤くして、「あ、ありがとうございますの」と言い、俯いた。心の中で、まったくもう、思わせぶりなんだから、と呟く。少し顔を上げ、辺りを見ると、ノーマとアメジストが、じとっ、とした目で路次を睨んでいた。

「……うちの頭は滅多に撫でへんのに、フランセスの頭はよく撫でるんやな」

「そうじゃ、そうじゃ」

「し、仕方ないっしょ、ちょうど撫でやすい位置にあるんだから……ノーマは自分より身長高いし、アメジストは自分と同じくらいの背だし……っていうか、頭、撫でられたいんすか?」

 そっ、そんなわけないやろ。ノーマはそう言って、そっぽを向いた。

 気まずさを察したのか。路次はしばらくの間、黒目を忙しなく動かした後、話題を変えた。「スペンサーは、特殊な薬を飲んで成長を止めたせいで、見た目だけはまだ幼いうえ、寝返ったばかりで悪事もまだ何も働いてなかったっす。それが、あの時戦いを見物していた民衆の同情を買ったんすかねえ」

 アメジストは鼻を鳴らした。「誰であろうと、魔王軍のメンバーは皆殺し。それが妾らのポリシーじゃ。それに……」欠伸をした。目を擦る。「悪事を働く前に倒せて、よかったというのに」

「あと五分ほど歩いたところに、小さな休憩所がありますの。公衆便所もですわ」フランセスは地図を見ながら言った。「そこでテントを設置し、泊まるというのは、いかがでしょう」

 他の三人は、それに賛同した。休憩所には、彼女の言ったとおり、五分ほどで着いた。木製の机一つと長椅子二つを持つ東屋と公衆便所、大木があるだけの、簡素な場所だ。

「ふうう……疲れたなあ……」ノーマは長椅子に座ると、脚を大きく開いて、机上に左側頭部を載せた。彼女らしくもない。「宿屋に泊まれればええのに……」

「仕方ないっすよ、いつ魔王軍の手の者に襲われるかわからないんすから……町に迷惑をかけるわけにはいかないっす」

 路次はそう言って、今まで歩いてきた道を振り返った。その先に、「巨塔の町」が見えた。中央に聳え立つ巨塔は、ここからでも十分目にすることができる。

「路次の言うとおりじゃ。それに、テント暮らしもなかなか快適ではないか。のう、フランセス、こやつのために、さっそくテントを出してくれ」

 かしこまりましたわ。彼女はそう答えると、懐から毛ばたきを取り出した。その先端、毛の部分を、大木近くに向けると、ぶつぶつと、呪文を唱える。

 しばらくすると、平原に四か所、淡い光が発生した。それが止んだ後には、テントが四つ、光っていた箇所に鎮座していた。東にアメジストのもの、西にノーマのもの、南にフランセスのもの、北に路次のものがある。

「いつも思うっすけど、便利なもんっすねえ、その魔術」路次は感心したような声を上げた。「物を亜空間にしまっておけるなんて……」

 フランセスは笑った。「魔術ではなく、家術(かじゅつ)ですの。炊事・洗濯・掃除など、いわば『家事に特化した術』でしょうか」

 その後、フランセスは家術を使い、夕飯の支度を行った。食材や調理器具が宙を動き、美味しさが数値化して視認され、食器が亜空間から机上に瞬間移動する。やがて、夕食が完成した。

 四人は、東屋の机についた。手を合わせ、「いただきます」と言ってから、食べ始める。元々は、路次の元いた世界での習慣で、真似してみよう、ということになったのだ。

「スペンサー戦といえば、ノーマの読心魔法が、大活躍だったっすねえ」路次がパンを齧ってから言った。「スペンサーの心を読み、行動を予測する。あの戦術、これからも、視認可能な知的生命体相手なら、通用しそうっすね」

「おっと、妾の睡魔眠法を忘れてもらっちゃ困る」アメジストは野菜炒めの中からピーマンを見つけては、皿の端に寄せていた。「あれでスペンサーを常時眠たくすることにより、思考速度を鈍らせ、読心魔法で読めるほどのスピードに落としたのじゃからな」

「眠術師として国一番の腕前を誇るアメジストだからこそ、スペンサーに睡魔眠法が通用したんやね」

 ノーマはそう言って、アメジストの野菜炒めの皿を傾けた。ピーマンが滑って、炒めものの中に戻り、彼女の努力が無駄になる。

「あっ。何をするお主」

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