問題編 前編

「それにしても、本当に美味いっすね、この紅茶は」

 掟探(おきてさがし)天一(てんいち)は、ティーカップの中身を喉に流し込んでから、呟いた。ベージュのTシャツを着、白い半ズボンを履いている。

「そうじゃろう。そうじゃろう。そなたの元いた世界でも、これほどまでに美味しい紅茶は存在しまい?」

 サイーダ・カンファーマンは、満足そうに頷き、鼻息を、ふん、と鳴らした。銀髪を、胸までのツインドリルにしている。純白である、ベアトップの、地面に掠りそうなほどに裾の長が長く、腰までの深いスリットが入ったドレスに身を包んでいた。

「ええ。まったく、そのとおりっす」

 彼らは、真上から見るとおおよそ正方形をした王城の、南辺中央にある八階バルコニーにいた。丸いテーブルにつき、サイーダ姫が用意した、この王国の名産品である紅茶の中でも、最高級のものを堪能している。手すりの向こうは、見事な首都の眺望が味わえた。

「なんか、あんたの元いた世界を代表して言っとるみたいに聞こえるわ。あんたの元いた世界の、全部の紅茶を飲んでみたんかいな?」

 パトリス・ブラックガルはそう言って笑うと、ティーカップの中身を、がぶり、と飲んだ。赤紫のキャミソールを着、青紫のミニスカートを穿いている。薄紫の髪をショートのボブカットにしていた。

「まさか。そんなわけないっしょ。例えっすよ例え。それほどまでに美味しい、ってことっす」

「たしかに、とても美味しいでありますからな、この紅茶は。吾輩、今まで紅茶の類いは、甘ったるくてとても飲めたもんじゃないと思っていましたが、これは甘さ控えめで、飲みやすいであります」

 シャンタル・ゼクは、うんうん、と頷くと、近くに立つメイドに、「申し訳ない、お代わりを」と言った。上は群青色のタンクトップ、下は紺色のホットパンツ。水色の髪は短く、猫耳が生えている。

 メイドは、「かしこまりましたわ」と答えると、ティーポットから紅茶を注いだ。彼女の名前は、シャロン・レトラス。腰まで届くピンクの髪を、三つ編みにしている。

「そうじゃろうそうじゃろう」サイーダはさらに気をよくしたらしく、胸を張った。天一の元いた世界における、バスケットボールやサッカーボールという比喩でもとうてい及ばない、ただでさえ超大な乳房が、さらに強調される形となった。

「いててててて」彼女の胸に目を奪われていた天一が、パトリスに頬を抓られて叫んだ。

「何を見惚れとるんやっ」しばらくして彼女は手を離した。「まったくもう……たしか、このお茶会の前、うちが着替えとる時、誤って部屋に入ってきた時も、胸を凝視しとったな」

「やっぱり、大きいほうが魅力的なのでありますかなあ……」シャンタルは己の胸を見て、溜め息を吐いた。「かような、俎板のごとき絶壁では……身長も、幼子のごとく低いでありますし。吾輩もこのお茶会の前、着替え中、天一殿に部屋に入ってこられましたが、まるで銭湯の異性の幼児を見るがごとき反応。シャロン殿、わけてはいただけませんかな」

「あら。わたくしなんて、ちょっとあるくらいですわ。背は、高いかもしれませんけれど」シャロンはそう言って、笑った。「お茶会の前、掟探様に着替え中、入ってこられた時も、胸は大して見られませんでしたしね」

 パトリスは天一を、じろ、と睨んだ。「それにしてもあんた、着替え中に入って来すぎとちゃうか?」

「いやはや、ホントにその件は申し訳ないっす。でもホント、偶然っすよ、偶然。わざとじゃないっす。トイレ行った後、自分の部屋に戻る時に、迷っちまって……」

「まあ、気をつけることじゃな。妾じゃったらその場で処刑しておる」

 処刑される自分の姿を想像したらしい。天一はしばらくの間、ぼうっ、とした後、突然、背筋をピンと伸ばし、ぶんぶん、と首を振った。

「あれっ」

「ん? どうしたのじゃ、シャンタル」

「いや、その、天一殿が背筋を伸ばした時、姫様の右手の指輪が一瞬、赤く光ったような気がしたのでありますが……」

「ああ、これか。ほれ」

 サイーダはそう言うと、右手の指輪を、シャンタルの服の胸についている、「勇者の紋章」の前に翳した。たちまちのうちに、指輪は赤く光った。

「この指輪は勇者の紋章と連動していての。紋章の正面に位置すると、赤く光るのじゃ。偽物の魔王討伐隊が現れた場合は、これで見分けがつく」

「なるほどな」紋章は、天一とパトリスの服にも、同じく胸の位置についている。

「そうじゃ」サイーダは、ぽん、と両手を叩いた。胸が揺れ、天一が見惚れ、パトリスが頬を抓る、という一連の流れが繰り返される。「お主ら三人に、渡したいものがあったのじゃ」

「渡したいもの、でありますか?」

「そうじゃ。案ずるでない、これからお主らが行く魔王討伐の旅にとって、きっと役立つであろうぞ。この茶会を開いたのも、それを渡すためでな」サイーダは立ち上がった。「部屋に戻って、取ってくる。少し待て」

「お付き添いいたしましょうか?」

「要らぬ。前から何度も言っておろう。妾は束縛が嫌い、独りのほうが好きじゃ」

 サイーダはそう言って、バルコニーを出て行った。談笑は、残された三人のみでとなった。

「そう言えば、まだ詳しく聞いてなかったっすね。シャンタルは念術師って言っていたっすけど、魔術師とどう違うっすか?」

「大違いであります。天一殿」シャンタルはわずかに語気を強めた。「魔術は魔法の発動に、仰々しい詠唱が必要でありますし、杖も恰好つけたポーズで掲げなければなりません。時間がかかるうえ、無防備であります。

 対して念術は、頭の中で念じるだけで念法を発動できますし、両手が空きますので、盾や武器を持てます。まあ、基本的に魔法と比べ、威力が弱いのが欠点ですが。とにかく、サイーダ嘴帽子とは違うのでありますよ」

 徐々に口が早くなっていき、最後のほうは呼吸すらも忘れているらしかった。喋り終わった後に、ぜえ、ぜえ、と息を整えた。

 どうも地雷だったみたいっすね。天一は小さくそう呟いた。「その、紅茶の飲み方も、念法っすか?」

「はい。力動念法と言うであります」シャンタルは手を使わず、ティーカップを空中でふわふわと動かしていた。「念術の中でも、初歩の初歩でありますよ。戦闘だけでなく、今みたいな日常生活の中でもよく使うであります。物体に力を加え、自由自在に動かすのであります。魔術にはこのような魔法はなく──」

「あの。皆様、早急にお伝えしたいことがありますの」

 やばいまた地雷や、そんな表情をしていたパトリスは、シャロンのその話に飛びついた。「どないしたんや?」

「皆様、お茶会の後、王城に研究の月間報告でいらっしゃっている、ニック・オールドフィールド様に、お会いになられますわよね?」

「ええ。装備品に軽化魔法をかけてもらうっす。自分は鎧、シャンタルは腕輪、パトリスは数珠。この国で一番効果の強い軽化魔法が使えるのは、オールドフィールドさんらしいっすからね。もっとも、術力に限りがあって、今の時期は三回しか魔法をかけられないみたいっすけど」

「そのオールドフィールド様なんですが、先ほど別のメイドから伝え聞いたところによると、一時間後にお帰りになるそうですの。なんでも、急用ができたとかで」

 なんやて、とパトリスは呟いた。「予定では、帰られるまではあと二時間ほど余裕があったはずやのに。お茶会が終わるまで、あと、ちょうど一時間……このままじゃ、とうてい間に合わんわ」

「じゃあ、姫様に断って、今から三人で向かうっすか? いったんそれぞれの自室に寄って、装備品を持って……」

「いや、それはまずいでありませんか。姫様が帰ってこられたら、彼女は独りぼっちになってしまうであります。一国の姫に、そのような仕打ちをするのは……」

「では、こうされたらいかがでしょうか?」シャロンは、びっ、と右手の拳から人差し指を立てた。「一人ずつ、お茶会を抜けて、オールドフィール様の下へ行く、と言うのは。これなら、姫様は独りになりませんし、軽化魔法もかけてもらうことができますの。抜けた理由も、急に帰ることになったオールドフィールド様に軽化魔法をかけてもらうため、と説明すれば、納得していただけるでしょうし」

「それ、ええな」パトリスは、うんうん、と頷いた。「それにしよ」

「じゃ、最初は誰から行くでありますか?」

「別に誰でも……ま、自分から行くっす。で、シャンタル、パトリスの順で。なに、ただの席順時計回りっすよ」

「オールドフィールド様は、一階南にある応接室にいらっしゃいますの。このバルコニーの、ちょうど真下ですね。お付き添いいたしましょうか?」

「大丈夫、迷わないっすよ。たぶん、三人とも要らないと思うっす。全員、自分の部屋へは、ここからほとんど一直線で行けるっすし」天一はそう言うと、立ち上がり、バルコニーを出て行った。

「……パトリス殿は、霊術師でありましたな」二人だけになり、気まずさに耐えられず必死に話題を捜していたらしいシャンタルは、しばらくしてからそう言った。「どうであります? やはり、幽霊とは怖いものでありますか?」

「召喚霊法や命令霊法などで、呼び出したり使役したりする幽霊は、あまり怖くはないな。生きとるか死んどるか、違いはそれだけやから。

 敵として現れる、悪霊や物の怪の類いはやはり、怖いけど、しょせんモンスターと相対した時の怖さと同じや」

「なるほどであります」

 その後も、シャンタルとパトリスは、途切れ途切れながらも談笑し続けた。天一が帰ってきたのは、彼が出て行ってから二十分強過ぎた後だった。

「戻ったっすよー」

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