第27話
永遠のように続くトンネルを抜けて降り立ったのはラブホテルが立ち並ぶ風俗街だった。ホテルの窓を開けると発情した猫のような女の嬌声が聞こえてくるので、私とかつひこは息を潜めて日々を過ごすようになった。
日なしに減っていく銀行口座の預金額を見ないようにして、生きるのに最低限必要な食料をコンビニに買いにいくのは私の役目だった。半径2メートルしかない白い箱に閉じ込められたような息苦しさに、首を絞められているような日常が何日も続いた。
昆布入りのおにぎりとカップラーメンを二人で分け合って食べた後、かつひこは膨らみかけた私の胸にむしゃぶりついた。かつひこのざらりとした舌は局部を何度も往復し、私を高みに連れて行こうとした。セックスの回数が日に日に増えていくのは、私たちが離れてしまう未来を想像したくないからだと分かっていたから、私はかつひこに言われるがままに股を開き、ラブホテルの女が上げているのと同じ類の甘ったるい声を発し続けた。
一緒にいる時間が長くなるほど、私たちは寂しかった。かつひこはどうして私を殺してくれないのだろうと、不思議に思うくらいだった。
あの夜、かつひこはコンドームをつけずに私の中に精液を放出した。薄く生えそろった私の陰毛は乾燥してバリバリになった。膝の上で目を閉じているかつひこの頭を撫でながら、私はかつひこに尋ねた。
「ねえかつひこ。あのね、私ね」
その後に続ける言葉を言いよどんで、私が口をつぐむと、かつひこは不思議そうな顔をして上目遣いで私を見た。
ねえかつひこ。あのね、私ね、明日からお仕事始めようと思っているの。ネットで探していたんだけれど、私くらいの女の子に高いお金を払って、セックスをしようとする男の人って、沢山いるみたいなの。コンドームもつけてくれるみたいだから、病気になる心配とか、ないし。大丈夫だよ、二、三時間すれば、すぐに帰ってくられるから。私がいっぱい頑張れば、かつひこの負担も減るし、私たち、離れ離れになることなく、ずっと一緒にいられるでしょう。
だって、私の幸せは、知ってるでしょう。かつひことずうっと一緒にいることだからね。
絶句したままの私をベッドの中に引きずりこんで、かつひこは骨が軋むほど強く、強く私を抱きしめた。かつひこの身体はあまりにも冷え切っていて、血が通っていないみたいだった。かつひこの腕を何度もさすると、ようやくそこだけ熱を持って、私は少しだけ安心した。すると頭の上からかつひこの声が降ってきて、私は息を止めてじっとした。
「まこ。明日、警察に行ってくる。だからもう、何も心配しなくていい」
知ってたの。
どうして、何も言ってくれなかったの。
これから、私はどうやって生きていけばいいの。
一人きりで。
かつひこのいなくなった世界で。
かつひこは私と一緒にいなくても平気なの。
たった数秒の間に、言いたくなった言葉が頭の中を巡ったけれど、私は結局、そのどれもを口にすることができなかった。その代わりにかつひこの逆剥けた唇にそっと口づけをしたのをきっかけに、私たちはその日最後のセックスをした。
かつひこの上で腰を振りながら、目を閉じると、真っ赤な血の濁流に、硬く抱き合った私たちが飲み込まれていく幻想が見えた。私たちは溶け合いながら、血の海にふたり沈んで見えなくなった。それは本当に幸福な夢のように感じて、いつまでも目が覚めなければいいのにと、私は気まぐれで残酷な神様に本気で祈った。
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