第24話


 私のことを、父親に性的虐待を受けたかわいそうな少女だと思っているらしいお母さん。どうして止められなかったのだろうと自分を責めているはずのお母さんは、椅子に座ったまま唇を震わせた。かつての幼馴染だった男の子も、お母さんと全く同じ目をして私を見ていた。この子はおかしい。この子は狂ってる。壊されたいくらい、壊したいくらい、父親のことを愛しているなんて。


 私が口をつけなかったカレーライスをゴミ箱に捨てる音を聞きながら、廊下の突き当たりにあるトイレに向かった。トイレの小さな個室の中には小さな窓がついていた。頑張って体をねじ込めば、通り抜けられないこともない大きさだと思った。便座のふちに裸足をついて、窓の冊子を全開にする。空には灰色の雲が立ち込めていて、雷交じりの土砂降りの雨が降っていたけれど、最後になるのかもしれないと思ったら、躊躇をしている暇は私にはなかった。


 窓枠から頭を突き出して、伸びをするように身体を外へ出す。足で壁を蹴った瞬間、引っかかっていた腰が窓枠から外れた。通りかかった見知らぬ子どもに驚いたような顔をされる。あっという間にぐしょぐしょに濡れた制服のスカートが膝に張り付き、白いハイソックスは、泥を跳ねて茶色く変色した。


 私は無我夢中でコンクリートの道路を駆けた。すりむいて血がにじむ膝こぞうが痛かった。20分ほど走った頃だろうか。家の近くでかつひこを見つけた時、私は心から安心して、もう大丈夫だと思うと、いつの間にかその場に崩れ落ちるようにしてへたり込んでいた。目を閉じると、側にかつひこのタバコの匂いがした。生まれたときからずっと、私の大好きな匂いだった。ずぶ濡れになって冷えた私の身体を、着ているYシャツが濡れるのにも構わず、かつひこは抱きしめてくれた。


「ねえ、かつひこ。みんなにばれちゃった。地獄の底まで一緒に来てくれる?」


 私がそう言うと、かつひこは困ったような顔をして笑った。返事を待つ私の心臓はどきどきと高鳴っていた。かつひこは濡れた髪の毛を撫で、頷いた。


「最初からそのつもりだから。君がこの世界に生まれたときからずっと」




 かつひこはその日、私を手放してくれなかった。私とかつひこは何度も激しく交じり合い、肌と肌の輪郭を溶かし合った挙句、それから同一の個体になった。かつひこの精液は、私の秘部から垂れる液体と同じ色をしていた。

 かつひこの指からは私の匂いが、私の髪の毛からはかつひこの匂いがした。私たちは一日中ベッドの上で過ごしていたので、真っ白なシーツはどちらのものか分からない汗や体液でぐしょぐしょに濡れていた。部屋の中にはしとしと続く雨音と、粘膜が擦れる水音が混じり合って聞こえた。


 体は熱くてたまらないのに、悲しいくらいに頭が冴えていた。


 私の上に覆い被さり、狂ったように前後運動を繰り返すかつひこは、ひどく切なそうな瞳で私を見つめていた。せっかく二人一緒にいられるようになったのに、どうしてそんな悲しい顔をするのかと私はかつひこに尋ねたかったけれど、私の唇からは絶えず喘ぎ声だけが漏れつづけていたのでそれはできなかった。片時も私から離れようとしないかつひこを安心させてあげたくて、何度もカサついた唇をぺろぺろと舐める。これから私たち、ずっと一緒にいるから。私はかつひこの中に、かつひこは私の中に、永遠に存在し続けるから。だからもう、そんな顔しなくていいよ。数え切れないほどの絶頂を重ねた瞬間、かつひこの放った精液が、私のお腹を白く染めた。


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