第20話
「かつひこ。測定しないの」
「もうしない」
「どうして」
「お母さんと約束したんだ。まこを大切にするって」
「大切にするって、一体どういうこと。私とお母さん、どっちが好きなの」
かつひこは言いよどんだけれど、かつひこの気持ちは尋ねる前からわかっていることだった。教室の隅で男子生徒が興奮しながらページをめくっていた雑誌のグラビア写真を思い起こして、決心した。かつひこが見ている前で、両足を開く。粒子の粗いページに写っている女性は、私と同じポーズでにこやかに笑みを見せていたのを思い出して、ぎこちなく唇の両端を持ち上げて反応を見やるけれど、かつひこは無表情のまま目を伏せて、「やめろ」と低い声で言ったきり、私の方を見ようとしなかった。
ひどくみじめな気持ちになりながらも、必死で追いすがった。
「ねえ、見てよ。私のこと、ちゃんと見てよ。こんなに大きくなったよ。私、もう、子どもじゃないよ。生理も性欲もあるんだよ」
かつひこは顔を歪めて「いい加減にしろ」と言い、私の腕をとった。強い力だった。かつひこがこんな風に、まるでお父さんのように私を怒ることはあまりなかった。記憶にあるのは一度きり。小学生の頃、川遊びをしていて、禁止区域まで歩いてしまったことがある。その後、私はかつひこに暫く口をきいてもらえなかった。
「・・・変なの。こんなの、ふつうの親子みたいだね」
「それでいいんだ。今までが間違っていたんだ」
「嘘つき。嘘つき。かつひこの、嘘つき。私たちは間違ってない。間違ってるのは、お母さん。間違ってるのは、世界のほうだよ。わかってるくせに、どうしてそんな嘘つくの?」
半泣きになって叫ぶと、狭い浴室の中に私の声が反響した。
感情が高ぶって、止められない。もしかしたら、止める気すらなかったのかもしれない。水を張った浴槽の中にかつひこを押し倒し、力ずくでズボンのジッパーを下げる。片手でそれを掴み、口の中に含んだ。夢中だった。かつひこが日がな吸っているタバコの匂いが広がって、思わずむせそうになる。
「まこ。やめろっ」
慌てて制止する声が上から降ってきたとき、咥内にとろりとした液体が広がった。思わず吐き出しそうになるけれど、必死に押しとどめる。ぴりぴりと苦い、この温度が、かつひこの正体なのだ。喉を鳴らして白い液体を飲み込むと、一足跳びで大人になれたような、かつひこの隣を歩く綺麗な女性として成長できたような、不思議な高揚感が私を包み込んだ。
「ねえ、精液って、血液からできてるんでしょう」
何も答えず、かつひこは怯えたような表情で俯いている。構わずに、私は続けた。身体の中心が燃えるように熱い。何をすればこの疼きを止められるのか、分からないほど、もう子どもでもなかった。
「知ってる?近親交配して生まれた猫って、すごく血が濃いの。近づくとむっとする匂いがするから分かるの」
「・・・へえ」
「猫は、いいよね。法律とか、常識とか、世間体とか関係なく、好きな人を好きになれる。羨ましい。あのね、私、生まれ変わったら猫になって、かつひこと近親交配するの。こどももぽんぽん産むの。そうしたらね。そうしたら、かつひこが居なくなっても、いつまでもずっと、かつひことつながっていられるでしょう」
しんとした浴室の中に、私の髪の毛から落ちた雫がぷつぷつと水面に落ちる音が響いている。表情の失せたかつひこの能面のような顔を見ながら半分以上、諦めていた。かつひこの心は私の手に入らない。私たちふたりがひとつの個体だったというのは、ただの子どもじみた妄想だったのかもしれないと。
最後に、もう一度だけ。うなだれたかつひこの顎を指で掴み、荒れた唇に口付けると、微かなうめき声がその隙間から漏れたような気がした。かつひこは膨らみかけた私の胸に顔を埋めた。
「まこ」
「・・・かつひこ?」
「ごめん。ごめんな、まこ。ごめん」
かつひこは泣きじゃぐりながら、何度となくごめんを繰り返して、いやいやをするように首を左右に振った。子どものような仕草に少しだけ笑って、黒々とした固めの髪の毛を撫でてあげる。かつひこは私の体を軽々と持ち上げて、寝室に運んだ。
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