第16話


「君って僕といるとき、随分つまらなそうな顔をするんですね」


 クラシックが流れる古めかしい喫茶店の中で、中野陸は頬づえをついてクリームソーダをすする私を見つめた。不服そうな表情を見て、肌が粟立つような感じがする。瞬間的に思い出すのは私とかつひこが映っているあの写真だった。

 手のひらに爪を立てながら「そんなことないですよ」と言い、鏡で見なくても下手くそだとわかるぎこちない微笑みを浮かべると、胃のあたりがしくしくと痛んだ。私は昔から、嘘をついたり、ごまかしたりすることが決して得意ではないのだった。


 中野陸と過ごす日曜日はもう何度目になるか分からなかったけれど、心が休まる瞬間など一度も訪れない。つまり私は目の前の何を考えているか分からない男の挙動に完全に疲れ切っていた。

 中野陸はソーサーにカップを置くと、ストローから頑なに唇を離そうとしない私のおさげにした三つ編みを手にとった。思わず漏れたうめき声が聞こえていないような素振りをして、まるで子どもがおもちゃで遊ぶような手つきで、私の髪を強く引っ張っている。頭皮のあたりが強くきしむ感触に寒気がする。


「綺麗な三つ編み。これ、自分で結っているんですか」

「そうです」

「お父さんはしてくれないんですか。子どもの頃みたいに」


 目の前の柔和な笑みに、底知れない恐怖を感じながら、私はゆっくり首を振った。かつひことはあれきり会話をしていない。こんなに長い間口をきかないのは生まれてから初めてのことだった。かつひこの匂いを上手く思い出せなくなった私は、心のいちばん大切な部分が音を立ててがらがらと壊れていくのを感じていた。コップを握りしめる私の手が震える音に気付いた中野陸は、ほんの少し眉毛をあげて不愉快そうな目で私を見た。


「気持ち悪い。本当にあなたとお父さんの関係は、気持ち悪いですね」


 気持ち悪い。その言葉で私とかつひこを侮辱されるのは二度目のことだった。小学生のときは胸が張り裂けるほど動揺したはずなのに。ひどく心が凪いでいて、ひとつの波も立たないのはなぜだろう。

 何も言わないでいると、中野陸は苛立った様子を隠そうともせず、テーブルをどんと叩いた。喫茶店にいる客が皆、こっちに顔を向けたのを感じながら、できるだけ刺激しないように、「そろそろ出ましょうか」と声をかけるも、中野陸は暫く顔を上げず俯いたままだった。


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