第13話


「渡辺さん。中野くんが呼んでるよ」


 放課後。クラスメイトの女の子が私の席にやってきて、扉の向こうに立っている男子を指差した。用事があるなら直接教室に入って来ればいいのに、と思いながら、女の子に向かって頷いて立ち上がる。

 ひょろひょろと背が高くぼんやりと個性のない顔がすすきを思わせる風貌の男子は、私と目が合うと軽く会釈をした。何処かで見たことがあるような気がしてぼんやりとしていると、男子は呆れたように苦笑して、「先日あなたに告白した中野陸です」と言った。告白されたことなんてすっかり失念していた。


「ごめんなさい。私あまり、ひとの名前や顔を覚えるのが得意じゃなくて」

「いいんです。忘れたら何度でも、自己紹介したら良いだけですから。僕、中野陸っていいます。隣のクラスで、写真部所属です。渡辺さんのことは、去年の体育祭の頃から気になっていて・・・本当に綺麗な走りだったから」

「あの」


 熱に浮かされたように話をつづけようとする中野くんの言葉を遮るように、私は大きな声をあげた。廊下を歩いていた女の子ふたりが、話すのをやめて一瞬こっちを見る。


「思い出したので、もういいです」

「そうですか、良かったです」

「それで、要件っていうのは。私、その。好きな人がいるって、言いました」

「はい。でも僕と付き合えば、きっとあなたは幸せになることができます」

 

 ずいぶん不思議な言い回しをするのだなと思いながら、もう一度断りの文句を告げようと口を開いたところで、中野くんは私の眼前に一枚の写真を突きつけた。反射的に彼の手から、その写真を奪い取る。誰にも見せるわけにはいかなかった。誰にも触れさせるわけにはいかなかった。私の本能が、人の良さそうな男の子に対して、黄色い点滅信号を知らせている。

 ビリビリに破いて、解析不可能な状態にしてから、写真だった紙切れを窓の外へ放り投げた。旋回しながら落ちていく紙片を見つめて、中野くんは「写真なんていくらでも、現像できるんですよ」と呆れたような口調で言った。目線を落とすと、私の指の先が小刻みに震えていた。今すぐこの場から逃げ出してかつひこの腕の中に飛び込みたいのに、そうしてしまえば今後一生、かつひこに会えなくなるかもしれないことが私には良く分かっていた。だってもう子供じゃないから。無邪気に「大人になったら、かつひこと結婚する」とはしゃいでいた頃とは違うのだ。

 だから中野くんに向かって私は言った。


「・・・私はどうしたらいいの」

「物分りがいい女の子はすきです。僕と、付き合ってくれますよね」


 貼り付けたような笑顔を向けられて、私は少しだけ言いよどんで小さく頷いた。私はかつひこと過ごすおだやかな日常を守りたかった。私たちだけの立ち入り禁止区域に、誰一人入れさせたくなかったのだ。


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